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あれからも真壁は毎日のように僕に付きまとっていた。
相変わらずロクに返事もしない僕に、彼女は一方的に話しかけてくる。
だけど僕はもう、彼女を避けようとは思わなかった。
利益がなくても、不利益があろうと、真壁はボクダケノモ――。
「ねぇ、屋上にいかない?」
「……何で? 友達と行ってこいよ」
何だろう……? 真壁と話していると言葉が上手く出てこない。
気持ちと逆の言葉が出たり、何も言葉が出てこなかったり。
理由は自分でもわからない。こんなことは初めてだ。ひょっとすると、僕の心はどこかが壊れてしまったのかもしれない。
きっとこれは良くないことだ。
AIが支配するこの社会で、理性と理屈を失えば生きていけない。感情を制御して、合理的に考えなければ……。
「キミと話したいことがあるんだけど……ダメ、かな?」
「……わかった、行こう」
そう言って、僕は席を立った。
これでいいはずだ。用事を先延ばしにすることに意味はない。場所が屋上というのも問題はないはずだ。時間的にも問題はない。
よし、僕は理性的に考えられている。
無意識にそんな言い訳じみたことを考えながら、僕たちは屋上への階段を上っていった。
学生にも開放された屋上には、今は僕たちしかいない。
どんよりした雲に湿った風。そういえば午後から雨が降るって予報だったな。
真壁は僕の手を取り、屋上入り口の建物の陰へと連れていく。
「雨が降りそうだから、用があるなら手短に頼む」
「雨、嫌い? 私は好きだな~。だって、世の中でAIが支配できないものの1つじゃない?」
「その発言は、少し危険だぞ」
人によって多少の差はあれど、AIを是とするのが常識の世の中だ。
法的にAIを否定することは禁じられているし、≪AI救済世界≫みたいな過激なカルト教団が容認されている。
現在は人を1人殺すより、AIを否定する方が重罪なのだ。
そして街の至るところに監視カメラが設置されている。
もし今の真壁の発言を収めた映像を誰かに見られたら、それだけで逮捕されてもおかしくない。
「大丈夫だよ。ここ、カメラの死角だから」
そういうことか。
ここに来るまでのカメラで「僕たちが屋上にいる」ということは誤魔化せないだろうけど、「何を話したか」は知られないというわけだ。
ボイスレコーダーなんかを使わない限り……だけど。
「ねぇ、この街……ううん。世の中、変わっちゃったよね……」
状況、そして雰囲気から、真壁の「話したいこと」というのはAIの批判か。
確かに、内心でAIに不満を持つ人間もいるのだろう。
AIは人類全体の利益を考えて政策を行っているけど、個人で見れば不利益を被る人間だって出てくる。
それに自分に不利益がなくても「生理的に受け付けない」なんていった非論理的な思考の人間だっている。……人間は愚かだからな。
「AIが世界を統一したのが20年前って言っても、子供の頃は今と違ったよね。昔はこんなにカメラだらけじゃなかったし、人も……なんていうか、自由だった。何より街中や学校で平然と暴力を振るう人なんていなかった」
人間は機械じゃないから、急な変化には対応できない。
確かに真壁の言う通り、昔に比べてずいぶんと変わった。≪AI救済世界≫なんてのが急に勢力を増したのも、2年ほど前だったはずだ。
そもそもAIを否定すると罰せられる法律……『社会適格性維持法』が施行されたのだって3、4年前だ。
これに違反すれば人としての権利を全て失う。殴られても……殺されても、誰も咎めない。当然、それをした人間は罪に問われない。
少しずつ、気付かないうちに社会は大きく変わった。変わってしまった。
「わたし……こんな世界、嫌だよ……。キミは、どう?」
いつの間にこうなってしまったんだろう? なぜ誰も疑問に思わないのだろう?
いや、疑問に感じている人間もいると思う。真壁のように。でも、それを口に出せない社会がすでに完成してしまっているんだ。
「キミは他人と深くかかわるのを拒絶してる。でもそれは親しい人が傷つくのを見るのが嫌だからじゃないの?」
「か……っ、勝手のことばっかり。何で、僕がそんな……」
意識に反して、言葉が震える。
僕が他人を思いやるだって? そんなことあるわけがない。僕は他人に興味なんてないんだ。知らない奴が殴られようと蹴られようと、殺されようと関係ない。
……知らない、や、つ?
思考が、勝手に真壁の言葉を肯定していた。
「か、仮に真壁の言う通りだったとして、どうしようもないだろ? AIを否定する人間に人権はない。これが社会の、世界のルールなんだ」
ただの学生に社会を変えるなんて不可能だ。
大人になってから世界を変える? バカバカしい。今でも政治なんてAIが全部決めているし、数十年先はもっと強固になってるに決まってる。
ちっぽけな人間は、AIに従って生きるしかないんだよ!
「だからね、わたし……。社会から抜けようと思うんだ。キミにも一緒に来て欲しいんだけど……どう、かな?」
「……は」
思わず息が漏れた。
僕に手を差し出しながら言った真壁の誘惑はとても甘く、魅力的だった。
まさしく「子供の絵空事」のように……。
雨粒が、僕の頬を叩いた――。




