彼女
「「はじめまして、隣に引っ越して来たものです」そう言った大人の後ろに彼女は居た。それが僕らの初対面だった。 殆ど記憶に残らないような出会いだった。数日経てば忘れているような。 だがそうはならなかった。
「どうしたの?」
家の前に座って虚空を見つめる彼女に声をかけた。
「鍵を忘れたの」 「どこに?」 「家の中」
彼女はゆっくりと家の二階を指さす。
「入れないんだ。それなら僕の家で遊ぼうぜ?」
丁度その頃最大4人で遊べる破茶滅茶バトルゲームを買って貰って誰とでもいいから遊びたかったんだ。兄弟はおらず小学校が家から遠くて家まで遊びに来る友達も少なかった僕には丁度良い人材だった。 それに、自信もあった。 友達同士だと結構勝っていた。今思い返せば8割はあっただろうか。勿論親には負けたことがない。 結果は散々だった。 コテンパンだ。一撃すら入れられないときもあった。友達は誰も使わない守るで防がれて、当たってもダメージにならない。 悔しくて、誰も勝てなかったNPCProを入れての戦いでも勝ち続けていた。 ハンデモードも提案されたが、なんだか年下の女の子にハンデを貰うのは嫌で断った。 その日の夜は悔しくて、布団の端を濡らし、「もう絶対誘ってやるもんか」と「次は絶対勝ってやる」そんな2つの気持ちを握りしめて眠った。 次の日からは親のパソコンで攻略動画を見て練習した。 上溜、上強、空上、空上、空横溜、取り敢えず1つ強そうな技を覚えてNPCに試した。 1週間ぐらい経った頃、又彼女が鍵を忘れたらしい。 意気揚々と誘ったさ、「うちに来いよ、次は勝つ」なんてね。 結果?惨敗だよ。 ちょっと動画を観たからこそ気づく。 彼女のキャラが動画と同じ動きをしてるってことに。いつの間にか自分用のコントローラーまで接続してやがった。 ゲームを続けるのが馬鹿らしくなって、聞いてみたんだ。
「何でそんな強いの?」 「いっつも転校してるから、友達がいないの。だから、1人でずっと遊んでたの」 「ふ~ん。直ぐにまた転校するの?」 「ううん、これからはゆっくり出来るんだって。だからこれからも遊んでくれる?」 「良いよ」
悔しかった筈なのに、この言葉はスッと出てきた。
「やった。最初の友達。ずっと一緒だからね」 「僕なんて友達20人はいるぜ」 「私はあなただけ、大事にしてね。泣いちゃうから」 「泣くなんてやめろよな」
満面の笑みで握手されて悪い気はしなかった。 何だかこっちまで楽しくなって来て、ゲームのコツを教えてもらいながら遊んでいた。 すっかり暗くなって夕飯も一緒に食べていた頃、彼女のお母さんが「すいません。すいません」と謝りながらやってきた。 何だかんだで、夕飯を一緒に食べてお母さんと何か話していた。 多分、彼女を親が帰って来るまでこちらで預かるみたいな話だったと思う。 その日は、「娘と一緒に遊んであげて」と言われて「うん。もう友達だから」って答えて2人を見送った。 その日から彼女は、毎日のように放課後は僕の家で遊んでいた。 彼女がゲームが上手い事が広がって、僕の家まで人が来ることも増えた。 これは後で知ったことだが、彼女が僕の家以外で遊ぶのを嫌がっていたらしい。 それでも段々と色々な人と遊ぶうちに楽しい気持ちと嫌な気持ちが大きくなってくるのを感じていた。 小さな嫉妬心。 でも、その頃の僕はわからなくて、理由もなく怒ったりして、彼女を泣かすことだってあった。 そんな日は寝る前に、「何であんなこと言ったんだろ。悪いのは僕なのに」とか思って、さらに嫌になって。 だから僕は決心したんだ。
「今までごめん。僕が変だから、しばらく会わないでおこう。そしてよかったら卒業式の日に君の家に行っていいかな?伝えたい事があるんだ」
そう告げると、彼女は泣いたような怒ったようなでも、笑みを浮かべて「わかった」って短く告げて走って帰っていった。
卒業式の日、僕は彼女に告白した。
時間が止まったような気さえした。 音が聞こえなくなって、彼女が大粒の涙を流すのもはっきり見えた。 彼女は泣きながら「嬉しい」なんて言ってくれて、僕らは付き合い始めた。 親から卒業祝いにどこに食べに行きたいって聞かれた時に「彼女も一緒に行きたい」なんて答えて困らせたりもした。 最高に楽しい日々だった。 彼女が卒業するまではまだまだ家でゲームが中心だったけど、中学に入ってからは外に出かけたりもした。 近くの公園に桜を見に行って、小遣いを貯めて話題の映画を観たりした。「内緒ですよ」って人差し指を唇に当てられながら、裸を見せ合ったこともあった。 当然まともに見れなくて、あとから悶々と日々を送ったよ。 2人だと何をするのも楽しかった。 中学なんて直ぐに噂が広まって、彼女が放課後待ってってくれた時なんて、お調子者の男子達がキスコールとかし始めて、彼女も目を閉じて待ってるんだよ。しないわけにもいかなくて、でも恥ずかしくて、おでこに軽い口づけをして、走って逃げたなんてこともあった。 家に戻ったら彼女から口づけをされて「何で口にしてくれなかったんですか?」って。 可愛くて、でも恥ずかしくて、口から出任せを言ったと思う。 でも、楽しい日々はずっとは続かないもんなんだよ。 高校に入って、今までとは時間が合わなくなって、彼女は賢い所を目指してるようで忙しそうで、そんな時に地元の夏祭りに誘われたんだ。 1年前に戻ったようだった。 彼女の着物姿も可愛く楽しかった。 珍しく彼女が露店の小物を欲しがったんだ。 小さな花のクリップ。 花の名前は何だっただろう。淡い赤紫色の花だった。 彼女の可愛さの中で育つ美しさを少し前に出して、それでも背伸びしているような可愛さも見せる綺麗なアクセサリーだった。 大きなものではないものの花火を2人で見た帰り道。
「私、また引っ越しすることになったの」 「えっ、直ぐに引っ越すの?」 「ううん。年内はこっちにいる。高校からは別の場所」 「だから受験勉強頑張ってたんだ。元々僕より頭いいのに続けてるから、飛び級でも目指してるのかと思ってたよ」 「私がいなくなるの、寂しくないの?悲しくないの?」 「もちろん悲しいけど。笑顔で送り出すのがかっこいい男だと最近映画を観たから」 「私は引き止めてくれるぐらいの方が嬉しいんだけど」 「引き留めても僕に出来ることなんて限られているからね。でも、そうだな。最近出来てなかったし、2人でゲームでもしない?」 「当たり前ですよ。高校に落ちたらあなたのせいなんだから」 「それは困るなぁ。やっぱり勉強してください」 「ふふ、一緒に寝てくれたら勉強も頑張れる気がするんだけどな」
彼女の願いは通り、家が隣で親がいるとは言え殆同棲のような生活を短い期間だったが送った。 彼女の親は申し訳なさそうにしてたけど、僕の両親は可愛い娘が出来たなんて喜んでいた。 僕は最初こそドキドキしていたものの、1ヶ月もすれば慣れて、ゲームと勉強を一緒に楽しくするようになっていた。いや、ごめん嘘。全然慣れなかった。慣れさせてくれなかった。 布団の中で抱きついてくるのは序の口として、緩めの服を着ているのも刺激が強かったし、風呂場に入って来た時なんて飛び上がって驚いた。 終わりを意識したからこそこの期間が大切で、楽しくて、変え替えのないものになった。 彼女は当然が如く高校の合格表をいつのまにか持っていたりもした。 卒業式も迎えぬまま彼女は引っ越して行った。 お互いに泣いて、「引き止めないんですか?」って最後まで聞かれて、無理だよって断って、まだ携帯を一人一台持てるような時代じゃなかったから、手紙送り合おうねって約束したりもした。 彼女が入った高校は全寮制、外出は帰省や里帰りしか許されないようで会いにくることは出来ないらしい。 手紙を書いて、そわそわと返事を待ち、読む。 最初はそれでも十分楽しかった。会えなくても好きでいられるんだって。 段々と書くのも待つのも面倒になって来てしまった。 決定的になったのは大学受験勉強が始まった頃だ。 一通の手紙の返事を書かなかった。 来ないことに気づいた彼女は手紙をもう一通、送り来た。 「最近忙しくて気づかなかった」言い訳をしてみたが、見透かされているだろう。 自己嫌悪に陥ると更に書きたくなくなるもので、段々と返信しなくなっていく。 反対に相手から送られてくる頻度は上がって、そうなると更に返す気がなくなってくる。 大学に入れば一人暮らしを始めて、手紙も読まなくなって、彼女とのつながりは消えた。」 「その話何回目ですか?先輩。簡単なご飯も出来ましたよ」 「何回目だろうな?なんかお前といると昔話をしたくなるんだよ」 「始めてあった時に言ってた、昔あったことないですかってそういう意味だったんですか?」 「そんなこと言ってたっけ?」 「言ってましたよ。初対面で会社に入ったばかりの新人を口説いて回る先輩なのかと思いましたもん。横にいる課長が驚いていたから違うって判りましたけど」 「そうだったかな?」
昔の話をあんなにハキハキ話していたのに、つい1年前のことは覚えていないみたい。
「結構ショックだったんですよ」 「ごめんごめんって、言われたら思い出してきたかも。そうそう、なんか見たことあるなって気分になったんだよ。何時もは人の顔だって見てないんだけど」 「私も結構可愛く成りましたからね。でも先輩、全然褒めてくれないじゃないですか。昔の話ばっかり」 「褒めてるつもりだぜ。仕事なんてもうお前の方が早くて、先輩としての威厳なんてなくなったよ」 「仕事じゃなくて私を褒めて欲しいんです。もっとアルコール入れたら良くなりますか?」 「俺酔うより、水で一杯になる方が早いぞ」 「知ってますよ、度数高いのは不味いって言うくせに低いと酔えないんだから」
先輩は缶チューハイ片手に笑っている。 隣に座って日本酒を近づけてみる。
「どうしたら褒めてくれるんですか?」 「やっぱり、ただのジュースの方が上手いし、安いな」 「ちゃんと答えてくださいよ。今度はウヰスキー持ってきますよ」 「止めて、鉛筆食ってるみたいで苦手なんだよ。褒めない理由ね。やっぱり、気恥ずかしいからかな」 「恥ずかしくなくなったら良んですか?」
先輩の手に重ねてみても反応がない。 そのまま顔を見つめても「何?」みたいな顔をされるだけ。
「そうだけど、恥ずかしさが消えることはないんじゃないかなぁ」 「ずっと一緒に居たらどうですか?」 「どうだろうな?0から1は大きく変わるけど1から2、50から60とかの変化は緩やかだからな」 「その例えは謎ですけど、一旦話すようになってからの態度あんまり変わらないですもんね」 「お前が直ぐに距離を詰めてきたからだろう?趣味というか、なんか妙に気が合うんだよな」 「勿論ですよ。そういう風にしたんですから」
先輩の顔に深く困惑が表れる。
「どういうこと?本当に昔会ってた?」 「今日は出会って1年記念ってことでおしゃれしてるんです。このテッセンの花飾りとか綺麗じゃないですか?」
先輩の胸に顔を埋めて、髪飾りを近づける。
「昔の話も良んですけど、今の私も見て欲しいです。結構頑張ったんですよ」
一旦離れて、くるりと回って見せる。
「一生一緒にいるって約束したのに、どっか行っちゃうし。私、すっごく寂しかったんですよ。私のことも忘れてるみたいだし」 「どういうこと?なんで?」 「これからは時間もたっぷりありますから、なんでも聞いてくださいね。これからはこのアパートを自由に使って良いですから、外には出ないでくださいね。どの部屋を使いたいですか?私のこの部屋で一緒に暮らすのが一番いいですけど、先輩もプライベートが必要でしょ?向かいの部屋が直ぐに会いに来れて良いと思います」 「仕事が」 「仕事はもう辞めましょ。私が養ってあげます。贅沢な暮らしは難しいけど、満足するする生活を送れるように頑張りますから。このアパートも買ったんです。頑張って勉強して、株と外貨で一日中パソコンに向かい合いながら増やしたんですよ。時間はかかちゃいましたけど」
抱きついて、口付けをする。
「先輩のことは直ぐに見つけられたんですけど、何があったのか知りたくて。変な女の人にでも引っかかってるんじゃないかって。ただ面倒くさくなっただけだって知って、私のことも忘れてて、悲しかったんですけど。また仲良くなれて良かったです。思い出しては貰えませんでしたけど、これからは忘れさせませんし飽きさせませんから、ずっと一緒に暮らしましょうね」




