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異文明比較論

作者: Ashihito
掲載日:2025/11/29

前作からしばらく空いてしまいましたが、2本目です。

SF短編なので気軽に読んでみてください。

「異なる文明同士を比較する際、単純に上下を判断すべきではありません。むしろそういったことは不可能であるということです。


 例えばマヤ文明では文字や車輪、鉄器などが存在していませんが、それが他の文明に劣っている証拠にはなりません。彼らには文字以外の情報記録手段がありましたし、非常に高低差の大きい山岳地帯では車輪よりも家畜による運搬の方が効率が良かった。地質的に鉄が産出しない地域ではそもそも製鉄技術は生まれません。そして、それらが無くても十分に広大な帝国の維持が可能でした。


 このように、一つの文明の尺度で他の文明を測ることは不適切であるともいえます。これからの多様化する社会においては諸君らも……」


 高橋教授は講義を続けながら教室内を見回した。真面目に聞いている生徒はほとんどいない。居眠りする者、スマホをいじる者、おしゃべりに夢中になる者。生徒のやる気のなさなど例年のことだが、仕方ないことのようにも感じる。


 インターネットの普及によって世界中がシームレスにつながる時代だ。あらゆる文明、文化は即座に伝達し、短期のうちに爛熟していく。そんな時代に高橋の専門である「比較文明学」の必要性は下がっていくのかもしれない。大航海時代のように全く未知の文明と出会うことなど今後二度とないのだろうから。


 高橋自身、文明の比較研究を志して30年、今ではこの分野の第一人者と評されるほどの研究成果を残してきたが、それらはすべて過去の史料を漁ってのものだ。既知の文明との類似項の少ない異文明との初接触など彼にとっても夢想の世界でしかないのだ。


 それでも、一度はそういう体験をしてみたいものだ。


 講義を終えた後の高橋がそんなことを考えながら研究室に戻ると、黒いスーツの男が待ち構えていた。年齢は30代といったところか。面識のない男だったが、彼の纏う深刻な雰囲気から軽い用件の来客ではないことが察せられた。


 男は名刺を差し出しながら、その内容通りに「外務省の山根」と名乗った。


「本日は火急の用件で参りました。文明研究の第一人者であられる高橋教授にはまったく未知の異文明とのコミュニケーションを取っていただきたいのです」


 前置き無しで出された提案はまさに寝耳に水だった。


「未知の文明?どういうことです?」


 思わず問い返した高橋の言葉にさらに突拍子もない言葉が返ってくる。


「……すなわち、宇宙人です」


           * * * * *


 翌日、高橋は車中の人となっていた。外務省の用意した車で高速道路を移動しながら山根から説明を受ける。


「5日前N県の国有林に隕石が墜落した事件はご存じですか?」


 山根の問いにうなずく。その事件についてはテレビや新聞で何度も報じられ、巷では大騒ぎになっていた。おそらく日本でその件を知らぬ者はいないだろう。


 高橋もその隕石には関心を寄せていたし、森をえぐるような巨大なクレーターとその中心に座した巨大な石の塊の映像を目にしていた。


「実はあの映像はフェイクです。AIによって加工されたものでして……こちらが実際の映像です」


 そう言って山根が差し出してきたタブレットを受け取ると、そこにはクレーターの中心に埋まった巨大な銀色の球体が映し出されていた。明らかに自然物ではない。この銀球を隕石に差し替えた映像を一般には公開した、ということか。


 しかし、そこまでして隠すほどの物だろうか。そんな高橋の疑問は一瞬で吹き飛んだ。モニターの中の金属球が開き、中から一人の、といっていいものだろうか、ある存在が歩き出してきたのである。


 それは実に奇妙な形状をしていた。幾十もの直方体をランダムに重ね合わせ、胴体や頭、手足の形を成している。体表面の輝きを見るに素材は金属であろう。もちろん地球上にそんな姿形の生物などいない。


 あるいは着ぐるみの可能性を疑うことも出来たが、それは体型から明確に否定できた。腕が非常に長く大きく、足はかなり短めだ。胴の一部も異常にくびれており、これを着ることができる人間などいないだろう。


 すなわち、間違いなくこの存在は、


「宇宙人だ……」


 思わず高橋は言葉を漏らした。


 山根の説明によれば、墜落直後に現場に駆け付けた陸上自衛隊がこれを発見したらしい。彼らはすぐに記録映像の撮影を行い、政府各省庁に連絡、協議の末に現場の封鎖と情報の隠蔽が行われた、ということだ。この金属製の宇宙人も保護しているらしい。


「どこの部署で担当するか大分揉めたのですが、国の外からやってきた存在だから、ということで我々外務省にお鉢が回ってきたわけです。正直、かなりの厄介ごとですね」


 毒づく山根の言葉には険があったが、お役所の縄張り争いなど高橋には興味がない。学術的好奇心が彼の心を支配し始めていた。


 気づけば車がだいぶガタガタと揺れている。いつの間にか車は市街地を離れて山道に入っていたらしい。窓の外を眺めても、もう木以外の何も見えなくなっていた。


 さらにそのまま10分も進むと急に前方が開け、フェンスと鋼板で仕切られた広い区画が現れた。広さは50m四方は超えているだろう。入り口は自衛官が歩哨として立つゲートになっており、事前に許可を得た者しか入れないようだった。


 当然高橋たちはそのゲートを超えて敷地内に入ることができた。フェンス内は先ほどの動画の宇宙船を中心にして、複数のプレハブやテント、大型の通信アンテナなどが設置され、さながら前線基地のようであった。


 その宇宙船には専門家や技術者らしき男たちが複数張り付き、様々な計測器などを用いて調査を行っていた。


 そちらにも興味を惹かれたが、自然科学の分野においては高橋は門外漢である。ヤジウマなどしても邪魔になるだけだろう。高橋の目的はその宇宙船の中身だ。


 あの映像のあと、現れた宇宙人は暴れる様子もなくたたずんでいたのだという。試しに自衛官の一人が身振りで誘導してみたら素直に従ったため、運び込んだプレハブの中に入ってもらったそうだ。


 だが問題はそれからで、宇宙人はプレハブ内のコンテナをイス代わりに座り込んで以来何の反応も示さなくなったのだという。


 もちろん日本政府もただ手をこまねいていたわけではない。航空宇宙工学、生物学、言語学、心理学、果ては暗号解読の専門家から手話通訳士まであらゆるジャンルの専門家を招聘しコミュニケーションを試みた末での結果である。


 それでも何の成果も得られなかったためついには高橋にお鉢が回ってきた、という寸法だ。


 そこまで説明を受けた高橋は基地の指令室にあたるプレハブに案内された。そこには外務省をはじめとした各省庁の高級官僚や、先述の各分野の専門家たちが詰めていた。


 彼らとあいさつを交わし握手をすると、早速宇宙人と対面することを求められた。彼らも手をこまねくしまない現状にかなり焦れているのだろう。


 高橋は山根とその上司、そして宇宙工学、生物学、言語学の博士たちに先導されて、敷地内の一番奥にあるプレハブの前まで移動した。それはかなり頑丈そうな建物だった。大きさも他のプレハブとは一回りも違う。政府が所有している大量破壊兵器対策シェルターを転用したものだという。放射線や細菌、毒ガスを防ぐ機能を備えているため、逆に中にいるものがそれらに汚染されていても流出を防げるというわけだ。


 もちろん件の宇宙人に対しては早いうちに放射線やガス等の検査を済ませて安全を確認しているが、万全を期すための対策なのだろう。山根が開けた扉の厚さは50センチもあった。


 中に通された高橋は、室外との明るさの差に一瞬だけ目をこらしたが、すぐにそこにいた者に気が付いた。いや、注目せざるを得ない。あれを無視できるものなど地球上には一人もいないだろう。それだけ異質な存在だった。


 身長は立ち上がったなら3mほどはあるだろう。コンテナに腰掛けたその姿は直方体を無数に組み上げて作った歪な人形だ。幼児にブロック玩具を与えて「人を作れ」と指示したなら似たような形になるかもしれない。


 だが、それ以上に特筆すべきはその表面の模様だ。彼の体をなしている各立方体は皆、複雑な幾何学模様の段差が無数に走っており、それらが水たまりに浮かぶ油のように虹色に輝いている。その特徴はビスマスの結晶が作り出す骸晶と完全に一致していた。そして、それは衣服や鎧の類であるようには見えない。つまり、肉体が金属でできているとしか考えられないのだ。


 思わず息をのんだ高橋に、山根がコミュニケーションを試みるよう促した。同行した彼らは立ち合いのみで、基本はすべて高橋に任せるという。


 これは腹をくくるしかない。そう決断した高橋は目の前の宇宙人に声をかけた。


「初めまして。私は高橋です。あなたの名前を教えてください」


 出来るだけ平易な表現を心掛けて話してみたが返事はない。それどころか身じろぎ一つしないので聞こえているかすら高橋には判断できなかった。眼球に当たる部位の有無すら確認できないので、高橋が向き合った面は背中側の可能性すらある。しかし、そんなことを考えていてもしかたがない。高橋がやむなくもう一度話しかけようとすると、唐突に反応が訪れた。


『あー、これでよろしいでしょうか。認識できていますか?』


 突如聞こえた声は、男のものとも女の物ともつかない、高くも低くもなく、おまけに抑揚もほとんどないしゃべり方だった。単語間のつながりも悪い。合成音声の類だろうか。

 

 高橋がそう訝しんで宇宙人の胸元を見ると、そこには半球型の金属装置のようなものが張り付いており、いくつかのランプと思わしき部位が点滅を繰り返している。

 

 高橋の背後で立ち会っていた専門家たちからも声が漏れた。これまで無言を貫いてきた宇宙人が初めてしゃべったのだ。しかも予想外に日本語である。彼らの驚きも一入であろう。


『すみません。あなたたちは空気の振動でコミュニケーションを取っているんですよね?私にはそれを感知する器官がないため気づくのが遅れました。今はこの胸元の万能翻訳装置を使用しています。正しくあなたたちの言語になっていますか?』


「はい、問題ありません。正しく会話できています。改めまして、高橋です。

 よろしくお願いします。あなたのお名前は?」


『名前、ですか?あなた方は個体の識別を重視する価値観を持っているのですね。私たちは個体の識別を重視しません。だから名前と言われても困るのですが、私の識別信号をあなたたちに発声可能な空気振動に変換するとガドガルとなります。ガドガルと呼んでください』


 名前がないとはだいぶ驚きだ。高橋は地球上の多くの文化の知識を持っていたがそんな文化圏は思い当たらない。名前なしでどうやって社会生活を営むのか興味は尽きないが、その前に確認しておくべきことがある。


「あなたはどこからこの星に来たのですか?」


『私はこの星から銀河の中心方向に光の速さで、ええと……』


「私たちの時間単位ではこの星が自転するのを一日、公転するのを一年と呼んでいます」


『でしたら五千年ですね。光の速さで五千年離れたところにある惑星、ワイオンからやってきました』


 宇宙人が距離の単位に光速を使用していたことに高橋は少し安堵を覚えた。どれだけお互いの価値基準が異なっても、科学的事実は変わらない。それを基準にして話し合えば、コミニュケーションの足掛かりになるはずだという希望が持てた。

 

 まずはコミニュケーションの基礎を確認する必要があるだろう。


「あなたは今五千と仰いましたがそれは何進数での話しでしょうか。我々地球人は通常十進数を使います。このように指を折って数えるためです」


 高橋はガドガルの前で、わかりやすく数を数えるしぐさをして見せた。それは彼の興味を大きく引いたようだ。


『10進数!私たちの価値観では奇妙に思えます。御覧の通り私たちの指は25本ありますが、指でものを数えたりはしません』


 そう言ってガドガルが高橋に示してみせた両手には、右手に15本、左手に10本という、地球では考えられない本数の指が生えていた。もちろんそれらの指は皆ビスマス製である。

 

 人間の祖先は手で道具を扱うことによって脳が刺激され、知能が上昇するように進化したのではないかという説があるが、それならば地球人より複雑な構造の手を使いこなすガドガルは、地球人よりはるかに知能が高いのかもしれない。


『私たちは16進数を使います。二の倍数で計算しやすいですからね。でも、会話の際にはそれを気にする必要はないはずです。この翻訳機は、数の表し方も相手の文化に合わせて翻訳してくれているはずです」


「すごい機械ですね。どうやって日本語を学んだんでしょう?」


『この星に来てから電波を無作為にキャッチしてそれらをもとに学習させました。先ほど学習が終了してやっと話せるようになったわけです』


 地球上にはテレビ放送や携帯電話、インターネットなどの電波が所狭しと飛び交っている。言語の学習素材としては申し分ないだろう。ひょっとすると、この基地に建てられた大型の無線アンテナもだいぶ役に立ったのかもしれない。


『あなたたちは直接のコミュニケーションは空気の振動で行うのに、通信は電波で行うのですね。最初はそれに気づかず、ずっと電波で話しかけていました』


 ガドガルは自分の失敗談を開示して緊張の緩和を試みているのだろうか?彼が地球人と似た感情や思考を持つのなら、対話も円滑に行えるはずだ。


「では五千年もかかるほどの遠くからいらっしゃった目的は何でしょうか?」


 高橋はズバリ切り込んだ質問をしてみた。彼の来訪の目的が平和的なものでないのならこの場で戦争になるかもしれない。しかし、それを確認しないわけにはいかないのだ。


『もちろん、友好と技術交流のためです。我々の星にはない技術や知識を教えていただきたい。私もあなたたちが知りたいことはすべてお教えしましょう。

 ただし、「ブラックホールエンジン」や「強い力キャンセラー」などの技術を軍事利用しないことが条件ですが』


 ガドガルの回答は高橋を安堵させた。侵略の意図が無いというならば、大きな懸念を一つ払拭できたことになる。

 

 もちろん彼の言葉を手放しで信用できるかはまだ疑問だが、問答無用の侵略よりは遥かにマシなはずだ。

 

 それよりも気になるのは彼の言葉に出てきた技術の名である。『ブラックホールエンジン』とはその名の通りブラックホールから推力を得るものなのだろうか?原理の推察すらできない。地球人はまだブラックホールの技術的利用のアプローチすらできていない段階なのだ。

 

『強い力キャンセラー』が指し示しているのは世界の根本である四つの力のうちの一つ、あの「強い力」なのだろうか?強い力は電磁力を超える強さで原子核内の陽子たちを結合させている力だったはずだ。それをキャンセル?どうやって?キャンセルされた原子は核崩壊するのか?仕組みも動作も全く想像すらできまい。

 

 高橋が素直にそう告げると、ガドガルは少し嬉しそうに言った。


『後で全て教えて差し上げますよ。実は私の船もブラックホールエンジンを積んでいます。あれを下手にいじらないでくださいね。一応安全装置はついていますが、無理にハッチを開けると中からブラックホールが出てきてあたり一帯全て吸い込まれてしまいますから』


 冗談めいた言いぶりだったが、青ざめたのは高橋についてきた学者たちの一人だ。彼は慌てて走り出すと、プレハブのドアを勢いよく開けて外へ飛び出していった。


 たしか彼は宇宙工学の専門家として紹介されたはずだ。外の宇宙船を分解してでも調べるように指示をしていたのだろう。ギリギリのところで助かったということか。


 高橋は宇宙工学博士の帰りを待って、ガドガルとの会話を続けた。


「あなたの持っている技術は私たち地球人のはるか上を行くもののようです。我々があなたに教えられることなどないでしょう」


『いえ、そんなことはありません。現に私はそれの材質も製法も皆目検討がつきません』


 そう言ってガドガルは高橋の胸元を指し示してみせた。正確には彼の胸ポケットに挿された安物のボールペンだ。


「これはただのプラスチック……」


 言いかけて高橋はある事に思い至った。プラスチックの原料は石油、化石燃料である。当然その原料は古生物の死骸であるが、ガドガルのような炭素をほとんど含まない金属の体の生物は化石にはならないだろう。


 となればガドガルの星の住人たちは化石燃料を用いた内燃機関やプラスチック樹脂の製法などの技術や知識を一切持っていないという事になる。


 高橋がその事を確認してしてみると、ガドガルの回答はまさに彼の予想通りだった。


 彼らの体は金属と珪素からできており、肉体の腐敗や変質などはほとんどないという。珪素は半導体の主原料である。地球ではICにも多く使われている物質だ。ガドガルはコンピュータと類似した仕組みの思考回路を持っているらしかった。


 さらに、彼らの星は気温が100℃を超えることが多いという。それでは液体の水は存在できない。大気中の酸素濃度も3%未満なのだそうだ。とても地球人が生きられる環境ではない。他のどの動物でも無理だろう。


 ガドガルの話では、彼らは水銀溶液の海で発生し、そして進化していったとのことだ。全く信じがたい生態である。これには高橋はもちろんのこと、同行した生物学博士も強く興味を示した。ガドガルの星の生物は食事の代わりに自然界から電気を直接取り込み、エネルギー源にしているのだそうだ。それを蓄積するために、彼らの体内には高機能なバッテリーに似た器官があるとのことだ。彼らは脳がコンピュータであるのみならず、筋肉は電磁気で稼働する金属繊維なのだという。それならば電気だけで生きられるというのもうなずける。


 そのうえ彼らは、先述の通り言語ではなく電波で交信をしているため、言語化されていない思考を直接共有しているそうだ。ガドガルたちが名前を持たず、個体識別の意識が弱いのはそれが理由だろう。シロアリなどに近いような社会組織を持っているのかもしれない。さらに、電波は音声よりも伝達範囲が広いため、より広域でのコミュニケーションが可能であり、彼らの星は地球より広いが文化圏は大別して3つしかないのだという。


 それに比して地球では100以上の言語と文化があり、多くの国々に分かれている。そのことをガドガルに伝えると大いに驚いていた。彼らの星では信じがたいことなのだろう。戦争はある種の技術や文化を発展させることもある。それらの分野でも地球人の方が彼らより優れている可能性もあると高橋は考えた。あまり褒められたことではないかもしれないが。


 いくつかの話題ですがやり取りを繰り返すうちに、高橋はガドガルとの対話が楽しくなってきていた。全く未知の文明、異なるパラダイム、そういったものへの知的好奇心こそが学問の本質とも言えるだろう。そして、彼と同じような事をガドガルも感じているらしかった。


『この星で最も進んでいると言える技術は何ですか?』


「いくつかありますが、遺伝子組み換え技術はその一つですね」


 ガドガルの質問にそう答えると、彼は強く興味を持ったようだった。高橋は生物学者の知恵を借りながら遺伝子についての概説を行った。


 遺伝子は細胞内にある人体の設計図であること、四つの塩基の組み合わせで構成されていること、二重螺旋構造であること。


 それらの説明を受けたガドガルの理解は恐ろしく速かった。


『なるほど。二重螺旋ということは互いがスペアになっているんですね。それに、4種類の塩基で構成されるなら2つで16種類、3つで64種類の物質を表せることになる』


 彼は即座にそう応答してみせた。地球人とは本質的に知能のレベルが違うのかもしれない。自分にも同じ程度の洞察力があるだろうか?


 ふと疑問に駆られ高橋はガドガルの身体について尋ねてみた。


『私たちにとっての遺伝情報に当たるデータは、体の中心部に一括で保存されています。金属分子を繋いだ線を円盤型に丸めた構造になっています。

 

 金属ごとの電波反射特性の違いで情報を読み取る仕組みです』


 高橋はガドガルの説明からCDのような光学ディスクを連想した。情報の記録や読み出しの方法を効率化していくと、生物でも機械でも同じところにたどり着くのかもしれない。


「あなたたちと我々の身体構造の違いはおおむね把握しました。そしてそれによって科学技術の発展の仕方が全く異なっていることも。


 私たちが互いを尊重し、学びあうことが出来ればお互いに大きな利益をもたらすことができるでしょう」


『まさにその通りです。私の星は金属ばかりであり、有機物がほとんどない。しかし他の惑星はそうではない。我々は現在、他の無人惑星の有機物資源を利用しようと考えています。


 しかしそのノウハウがないため、ここまで学びに来たのです。もちろん我々の技術も惜しみなくお教えするつもりです』


「よろしくお願いします。……しかし、一つ新たな疑問がわいたのですが、あなたたちは有機物を燃料とせずにどうやって電力を得ているのですか?あなたたちも食事以外にエネルギーとして電力を必要としているでしょう?


 地球では火力発電以上に効率的に電力を得る方法がありません」


『ああ、それはもちろん原子力ですよ。数万年前の祖先は天然原子炉を利用していましたが原子力の仕組みが解明されてからは技術開発が進み、今では手のひらサイズの使い捨て原子力発電充電器などもありますよ。


 この自動通訳装置もそれで充電できる仕組みになっています』


 そう言ってガドガルは胸元の装置を指し示してみせた。よく見てみればその翻訳機には小さな穴が開いていた。充電器を接続するためのコネクターなのだろう。


『そしてこれが充電器です』


 ガドガルは試験管より一回りほど大きい透明なシリンダーを、自身の太もものあたりから取り出してみせた。金属でできた彼の体には引き出しのような収納スペースまであるらしい。地球にも有袋類がいるのだから珍しいことではないのかもしれないが。


 彼が見せてくれたシリンダーの中には緑色透明な液体が詰まっていた。ガドガルによれば、簡単な操作で内部の薬液に刺激を与えれば核融合反応を始めるのだという。しかも、人間が手で携行できるサイズだというのに、その発電量はタンクローリー10台分の石油に匹敵するのだという。


 その言葉には高橋のみならず、居合わせた科学者たち、そして外務省の役人たちも色めき立った。当然である。それはエネルギー問題に悩む地球人たちにとっての福音に他ならないのだから。


 ブラックホールの技術利用など遠い話すぎて、地球人である高橋たちにはイメージしづらかったが、核エネルギーならば手が届きそうに思えた。それを教えてもらえるというのだから、この機を逃すわけにはいかない。高橋たちは会話はおろか目配せすらしなかったが、全員が同じことを考えているのは確信が持てた。


 しかし、まずはその装置が本当に動くものなのか確認せねばなるまい。


「ガドガルさん、その装置を使って見せていただくことはできますか?」


『では早速やってみましょうか。とてもきれいなんですよ』


 高橋の求めに快諾すると、ガドガルはシリンダーの端を折って翻訳機に突き刺した。途端にシリンダーからは青白く強い光が放たれる。おそらく端を折る操作が臨界反応を引き起こすトリガーになっているのだろう。

 だが、生み出された青い光はあまりにも強すぎる。チェレンコフ光だ!


「すみません、ガドガルさん!これ、放射線防御はどうなってるんです?」


 高橋は強烈な閃光から顔を手で庇いつつ尋ねた。だが、

 

『放射線防御?……なんですかそれ?』


 ガドガルの返答は素っ頓狂なものだった。彼には全く耳なじみのない単語だったのだろう。

 直後に高橋の全身に激痛と激しい不快感が押し寄せてきた。とても意識を保っていられる状態ではない。

 薄れゆく意識の中で高橋はあることに思い至った。


(ああ、ビスマス……)


 ビスマスは鉛と似たような性質を持つ元素であり、時には鉛の代わりに放射線遮蔽体に使われることもある物質だ。


 ガドガルの体表はほとんどがビスマスで覆われている。さらに彼らの遺伝情報は金属分子に記録されているという。つまり彼らはほとんど放射線の影響を受けない生物であるということだ。


 「放射線による健康被害」という概念が無ければ放射線防御なんてものを考えず、いくらでも小さな原子炉を作ることができるだろう。我々地球人が内燃機関から排出される二酸化炭素から身を守る必要が無いのと同様だ。


 そして、原子力を無制限に利用して電力を生み出せるうえに、地球人なら被曝の恐れがある科学実験もやり放題なら、原子物理学分野の発展もすさまじいものになるだろう。


 そうだ。彼らの科学力が地球よりはるかに優れていることがわかった段階でその背景に気づくべきだったのだ。


 異文明との接触がこれほど難しいとは思わなかった。完全な失敗だ。


 その思考を最後に高橋はこと切れた。


   * * * * *


(まいったな、寝てしまったのだろうか?)


 ガドガルは目の前で突然倒れてしまった高橋に困惑していた。いや、高橋だけでなく、建屋内にいた全ての地球人が同様の反応を示している。


 彼の星では会話中に寝るなど失礼の極みとされている。それこそ戦争のきっかけとなるほどの行為だ。


 だが、この星ではそうではないのかもしれない。相手の知識や技術への敬服を示すしぐさなのかもしれない。あるいは思考の限界を超えたときの反射的、本能的な行動である可能性もある。


 もしも前者なのならば少し嬉しい。だが、この手の中の青い輝きを共に見てもらえないのは残念だ。こんなに美しく暖かなものはないというのに。


 仕方がない。もう少しだけ待ってみて、それでも高橋が反応を示さなければ声をかけてみよう。


 なあに、待つのはほんのわずかな時間。地球の単位で言えばほんの五年ほど。五千年の旅路に比べればあっという間だ。


                               (了)

最後まで読んでいただきありがとうございました。


もし読後に1秒以上暇があるのでしたら評価ボタンをよろしくお願いします。

3秒以上暇な方はコメントもお待ちしております(3文字程度で構いません)


一秒の暇もない方、時間がない中でこの作品を読んでいただきありがとうございます。

(でも、時間の使い方を考え直された方がよいかと存じます)


次はいつになるかわかりませんが、次回作でお会いしましょう。ではまた。

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