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第八章:魂の燃焼

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

前回のあとがきで予告した通り、ついに「鉄槌の砦」編のクライマックスが訪れます。

籠城戦八日目。

敵将ゼファルが仕掛ける非情の策。

そして、英雄と呼ばれた少年が、己の魂を燃やし尽くすほどの戦いを強いられます。

この戦いの結末を、どうかその目で見届けてください。

第八章『魂の燃焼』、始まります。

 夜が明けた。籠城戦八日目の朝だった。

 前夜の不気味な静けさが嘘であったかのように、夜明けと共にガルディアンの総攻撃が開始された。


 地響きを立てて進軍してくる大軍勢。砦の城壁は、投石と無数の矢に晒され、悲鳴を上げる。


「敵の主力は東壁だ! シンタロウ、貴様はそこへ向かえ! 一匹たりとも通すな!」


 ルキウスの檄が飛ぶ。俺は無言で頷くと、最も激しい戦場となっている東壁へと走った。


 そこは、すでに地獄だった。

 城壁に取り付いた敵兵と、共和国兵士たちが血みどろの白兵戦を繰り広げている。


 俺はその只中へ飛び込むと、訓練で体に叩き込まれた通り、効率的に敵を排除していく。殴り、蹴り、投げ飛ばす。俺が通った後には、無力化されたガルディアン兵の山が築かれていった。


 俺の姿を見た共和国兵士たちの士気は爆発的に上がった。


「英雄のお出ましだ!」

「続け! 我らには壊れぬ人形様がついている!」


 このまま押し返せる。誰もがそう信じかけた、その時だった。


「将軍! 大変です! 西壁が……西壁が破られました! 敵部隊がすでに砦の内部に侵入!」


 伝令兵の絶叫に、ルキウスの顔が初めて険しく歪んだ。


「陽動か……! やられたな、ゼファルめ……!」


 東壁への総攻撃は、こちらの目を引きつけるための壮大な陽動。その裏で、精鋭からなる別動隊が手薄な西壁を破り、内部から砦を崩壊させる。それが敵の狙いだった。


「第一、第二部隊は私に続け! 砦内部の敵を叩くぞ!」


 ルキウスは即座に手勢を引き連れ、城壁を駆け下りていく。指揮官を失い、さらに背後からも敵が現れるかもしれないという恐怖に、兵士たちの動きが明らかに鈍った。


 その一瞬の隙を、ガルディアンは見逃さなかった。

 東壁に隠されていた最後の一台であろう破城槌が、轟音と共に城壁の一角を打ち砕く。


 ガラガラと音を立てて、城壁に巨大な風穴が開いた。


「うわああああ!」

「だめだ、もう終わりだ……!」


 共和国兵士たちの間に、絶望が伝染する。

 その風穴から、獲物に飢えた狼のように、ガルディアンの兵士たちが雪崩れ込んできた。


 俺は、その光景をただ見ていた。

 思考はない。だが、体の奥底で、何かが燃え上がるような感覚があった。


 守らなければ。ルナがいる、この砦を。


 俺は、崩れた城壁のど真ん中に仁王立ちになった。

 たった一人で、殺到する敵軍の濁流を受け止める防波堤となるために。


「そこを、通すものか」


 初めて、俺自身の意志で、敵に向けて言葉を発した。

 そして、力の全てを解放した。


 一人殴り飛ばし、二人蹴り飛ばし、三人まとめて投げ飛ばす。

 敵の刃が体を切り裂くが、構わない。痛みを無視し、ただひたすらに腕を振るい続ける。


 体の奥で感じる、魂が削れる感覚が、徐々に熱を帯びていく。まるで、命そのものを燃料にして、この肉体を動かしているかのように。

 空虚感が、灼熱の燃焼感へと変わっていく。


 それでも、俺は止まらなかった。止まれなかった。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 意味をなさない咆哮を上げ、俺は地面を強く踏みしめた。

 俺の体から放たれた衝撃波が、殺到していたガルディアンの先鋒部隊を、根こそぎ吹き飛ばした。


 だが、それが限界だった。


 視界が急速に白んでいく。あれだけ鳴り響いていた戦場の音が、遠のいていく。

 膝から力が抜け、俺の体は糸が切れた人形のように、ゆっくりと前へ倒れ込んだ。


(あ……れ……? ちからが……はいらな……)


 そこで、俺の意識は途切れた。


 砦の兵士たちは見た。自分たちの英雄が、ついに力尽き、崩れ落ちる姿を。

 ガルディアンの兵士たちは見た。行く手を阻んでいた怪物が、沈黙したのを。


 好機、とばかりにガルディアンの兵士たちが、倒れた俺に止めを刺さんと殺到する。

 もはや、この砦が落ちるのは時間の問題だった。


 その、誰もがそう思った瞬間。

 戦場の空気が、奇妙なほど静まり返った。


 倒れた俺の前。敵と味方のちょうど中間に、一人の少女が、いつの間にか立っていた。


 長く美しい黒髪。共和国のそれとは違う、異国の装束。

 その場にいる誰とも違う、超越的な気配をまとった彼女は、退屈そうな表情で戦場を見渡した。

 そして、倒れている俺に視線を落とすと、呆れたように小さくため息をついた。


「あらあら、もう電池切れ? だから言わんこっちゃないのよ、坊や」


 少女が軽く指を鳴らす。

 それだけで、殺到していた屈強なガルディアンの戦士たちが、見えない壁に阻まれたかのように一斉に吹き飛ばされた。


「な、なんだ、あいつは……!?」


 敵も味方も、その超常的な光景に言葉を失う。

 少女は、周囲の混乱など意にも介さず、俺のそばに屈み込むと、その額にそっと指を触れた。

 温かい光が、俺の体を包み込む。


「私の大事なサンプルを、傷だらけにしてくれちゃって。……まあいいわ。少し、眠りなさい」


 その言葉を最後に、俺の意識は完全に闇に沈んだ。

 少女――初代賢者アキラは、眠る俺を軽々と抱きかかえると、呆然と立ち尽くす両軍に向かって、悪戯っぽく微笑んだ。


「この子は借りていくわね」


 次の瞬間、彼女の姿は陽炎のように掻き消えていた。


     * * *


 英雄を失い、指揮系統も崩壊した共和国兵士たちの抵抗は、もはやなかった。

 鉄槌の砦は、その日のうちに陥落した。


 砦の内部で最後まで抵抗を続けた将軍ルキウス・アクィラは、敵の総大将ゼファルの前に引きずり出され、その場で捕虜となった。


第八章 了

第八章、そして「鉄槌の砦」編のクライマックス、お読みいただきありがとうございました。

シンタロウは英雄として戦い抜きましたが、その結末はあまりにも過酷なものでした。

砦は陥落し、将軍ルキウスは捕虜に。一つの大きな戦いが、最悪の形で幕を閉じました。

そして、突如として現れた謎の少女、初代賢者アキラ。

彼女は何者なのか?

シンタロウを「サンプル」「坊や」と呼ぶその真意とは?

なぜ彼女は、このタイミングで現れたのか。

物語は、ここから新たな章へと突入します。

舞台は戦場から、世界の「真実」へと移っていきます。

なぜ賢者は召喚されるのか。

シンタロウという存在は、一体何なのか。

全ての謎が、少しずつ明らかになっていきます。

大きな節目となります。面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ぜひブックマークやページ下の☆での評価で力強い応援をいただけますと、作者としてこれ以上ない喜びです!

それでは、また次章でお会いしましょう。

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