第七章:城壁の英雄
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
たった一人で戦況を覆したシンタロウ。
彼の登場は、絶望に沈む砦に一条の光を灯しました。
しかし、戦いは一日では終わりません。
伝説が生まれる裏で、戦場の日常は続いていきます。
シンタロウという「英雄」の存在が、兵士たちに、そして敵であるガルディアンに何をもたらすのか。
第七章『城壁の英雄』、お楽しみください。
俺が戦場に降り立ってから、一時間が過ぎていた。
ルキウスの命令通り、俺は次々とガルディアンの攻城兵器を破壊して回る。
二台目の投石機を瓦礫に変え、三台目の攻城櫓をへし折った頃には、敵陣の混乱は頂点に達していた。
彼らの指揮系統は、完全に麻痺していた。
兵士を差し向ければ、人間離れした怪力で蹴散らされる。距離を取って矢を放っても、分厚い筋肉と骨がそれを弾き返す。
常識が一切通用しない「怪物」の出現に、屈強なガルディアンの戦士たちは恐怖し、後退を始めた。
やがて、敵陣から撤退を告げる角笛の音が響き渡る。
あれだけ城壁に張り付いていたガルディアンの大軍が、まるで潮が引くように砦から距離を取っていく。
「……敵軍、撤退していきます!」
城壁の上から、歓喜に満ちた声が上がった。
それを合図に、死の淵から生還した兵士たちが、堰を切ったように雄叫びを上げた。
砦全体が、勝利の喜びに揺れている。
その歓声の中心に、俺は一人、敵の血と脂にまみれて立っていた。
共和国の兵士たちが門を開き、俺を迎え入れる。
彼らは、モーセの前の海のように左右に分かれ、俺のために道を開けた。
その目に宿るのは、もはや侮りや好奇心ではない。畏怖と、そして熱狂的なまでの崇拝の色だった。
「シンタロウ様、万歳!」
誰かが叫んだ。
「我らが英雄だ!」
また誰かが叫んだ。
俺は、そんな彼らに何の反応も返すことなく、ただ黙って城壁の上へと戻った。
そこでは、ルキウスが腕を組み、静かに俺を待っていた。
「見事な働きだ。初陣としては上出来すぎる」
彼の声には、やはり何の感情もこもっていなかった。
「だが、これで終わりではない。敵は一度引いただけだ。本当の戦いはこれからだ」
ルキウスの言う通りだった。
翌日から、ガルディアンは戦術を完全に切り替えてきた。
大規模な正面攻撃は避け、散発的な陽動を繰り返しながら、こちらの消耗を誘ってくる。だが、砦の守りが少しでも手薄になった箇所を見つけると、すかさず精鋭部隊を突撃させてきた。
そして、そのたびに俺が投入された。
東壁に敵が殺到すれば、俺がそこへ向かい、敵を蹴散らす。
南門が破られそうになれば、俺がそこへ赴き、敵を殴り飛ばす。
俺は、砦を守るための万能の駒として、昼夜を問わず戦い続けた。
【疲労を知らない肉体】は、眠りも食事も必要としない。俺はまさに、この籠城戦のためにあつらえられたかのような存在だった。
一日が過ぎ、三日が過ぎ、五日が過ぎた。
兵士たちは、そんな俺に新たな呼び名をつけた。
ある者は俺を「城壁の巨人」と呼んだ。
ある者は、かつての蔑称を反転させ、敬意を込めて「壊れぬ人形」と呼んだ。
俺自身は、そんな呼び名を気に留めることもなかった。
ただ、命令に従い、敵を排除する。
その合間に、後方で無事を祈るルナのことを、ほんの少しだけ思い出す。
それだけが、俺のすべてだった。
そして、籠城戦が始まってから七日目の夜。
砦は、つかの間の静けさに包まれていた。
兵士たちの士気は、俺の存在によって異様なほど高揚していた。「壊れぬ人形様さえいれば、我々は負けない」と。
だが、指揮官であるルキウスの表情だけは、日に日に険しさを増していた。
「……奴ら、静かすぎる」
城壁の上で、ルキウスが敵陣の無数の篝火を見つめながら呟いた。
「この七日間、奴らはまるでこちらの力量を測るかのように、様々な角度から攻撃を仕掛けてきた。そして、その全てを『シンタロウ』という駒で防がれることを学習したはずだ」
「では、諦めて撤退するのでは?」
隣に立つ守備隊長の言葉に、ルキウスは首を横に振った。
「奴らの総大将、ゼファル・クロムウェルはそんな甘い男ではない。奴は必ず、こちらの『切り札』の、さらに裏をかく手を打ってくる。……嵐の前の静けさでなければいいがな」
俺は、そんな彼らの会話を遠くに聞きながら、一人、城壁の最も高い場所で夜空を見上げていた。
疲労はない。痛みも、とうに慣れた。
だが、体の奥底、魂の芯とでも言うべき場所が、かすかに軋むような感覚があった。
力を振るうたびに、自分という存在が、少しずつ削れていくような、奇妙な空虚感。
それは、この世界の誰にも理解できない、偽りの体に与えられた賢者だけの、孤独な感覚だった。
俺は、胸に広がる冷たい虚無感を振り払うように、強く拳を握りしめた。
第七章 了
第七章、お読みいただきありがとうございました。
シンタロウの活躍により、砦はつかの間の平穏を得ました。
兵士たちの間では、彼はすでに伝説の英雄です。
しかし、ルキウスの懸念、そしてシンタロウ自身が感じ始めた魂の軋み……。
嵐の前の静けさは、長くは続きません。
ついに、籠城戦八日目。
東方の雄ゼファルが仕掛ける、砦の全てを覆すための最大の策略。
そして、シンタロウは己の限界を超える戦いを強いられます。
魂を燃やし尽くしたその先に、彼を待つものは――。
次回、鉄槌の砦編、クライマックスです。
ぜひ、ブックマークやページ下の☆での評価で、シンタロウの運命を見届けてください!
それでは、また次回の更新でお会いしましょう!




