第六章:鉄槌の砦
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
一ヶ月にわたる地獄の訓練を終えたシンタロウ。
彼は感情を殺し、ただ主の命令を待つ『人形』へと変貌しました。
そして、ついにその力が試される時が来ます。
舞台は、敵の大軍に包囲された最前線の砦。
シンタロウの初陣です。
彼が「兵器」として、初めて戦場で咆哮を上げます。
第六章『鉄槌の砦』、お楽しみください。
俺たちが「鉄槌の砦」に到着したのは、訓練が終わった翌日の夕刻だった。
半日にわたる強行軍だったが、【疲労を知らない肉体】を持つ俺には何でもなかった。道中、俺は一言も発さず、ただ黙々と馬上で揺られていただけだった。
ルナは後方の安全な補給部隊に預けられている。
砦に近づくにつれ、戦場の匂いが濃くなっていく。
血と、汗と、鉄と、そして肉の焼ける異臭。絶え間なく響く怒号と悲鳴。
俺の心は、不思議なほど静かだった。一ヶ月にわたる地獄が、俺から恐怖という感情すら奪い去っていた。
「状況は最悪、か」
砦の城壁の上で、ルキウスが眼下に広がる敵陣を見下ろしながら呟いた。
眼下には、数万はいるであろう東方部族連合「ガルディアン」の大軍勢が、蟻のようにひしめいている。彼らが掲げる部族旗が、不気味な獣のように風に揺れていた。
「将軍! お待ちしておりました!」
砦の守備隊長が、血と泥に汚れた顔で駆け寄ってくる。その顔には、深い疲労と絶望が刻まれていた。
「もはや限界です! 西側の城壁が破城槌の攻撃で崩壊寸前に!」
「状況は把握している」
ルキウスは冷静に答えると、俺に視線を向けた。
「シンタロウ」
「……ああ」
「貴様の初陣だ。だが、やることは訓練と変わらん。思考を捨てろ。感情を殺せ。ただ、私の命令に従え」
ルキウスは敵陣の一点、巨大な破城槌が城壁に打ち付けられている箇所を指さした。
「貴様の目標は、兵士ではない。あの破城槌だ。何があっても、まずあれを破壊しろ。いいな?」
「了解した」
俺の短い返事を聞くと、ルキウスは守備隊長に命じた。
「弓兵隊、賢者の進路を援護せよ!」
守備隊長は「はっ」と返事をしながらも、その目は疑念に満ちていた。
こんな少年一人に、一体何ができるというのか。その場の誰もが、そう思っていた。
俺は、そんな視線を気にも留めず、城壁の縁に立った。
そして、眼下に広がる敵の只中へ、躊躇なくその身を躍らせた。
「なっ!?」
兵士たちの驚愕の声が、風に乗って聞こえた気がした。
高さ二十メートルはあろうかという城壁からの跳躍。
だが、俺の体は一切のダメージを受けることなく、大地に突き刺さるように着地した。
ドゴォォォッ!
着地の衝撃で地面が陥没し、周囲にいた敵兵が数人吹き飛ぶ。
ガルディアンの兵士たちは、突如として空から降ってきた俺を見て、一瞬動きを止めた。
だが、すぐに我に返り、雄叫びを上げながら殺到してくる。
思考はない。感情もない。
俺はただ、ルキウスに命じられた通り、目標である破城槌に向かって一直線に走り出した。
襲いかかってくる刃を、俺は避けることすらしなかった。
鎧袖一触。
俺の腕に叩きつけられた剣は甲高い音を立てて折れ、兵士は逆にその衝撃で吹き飛ぶ。
槍が突き込まれれば、その穂先を素手で掴み、槍ごと相手を投げ飛ばす。
俺は、人間というより、暴走する攻城兵器そのものだった。
ガルディアンの兵士たちの顔が、勇猛な戦士のそれから、理解不能な怪物を見る恐怖の表情へと変わっていく。
そして、ついに俺は巨大な破城槌の前へとたどり着いた。
十数人がかりで操作する、大木をそのままぶつけるような凶悪な兵器。
俺は、その先端に取り付けられた鉄の塊を、真正面から殴りつけた。
メキメキッ!
という嫌な音と共に、巨大な丸太に巨大な亀裂が走る。
だが、俺はそれだけでは終わらなかった。
破城槌を支えていた台座を蹴り砕き、巨大な丸太そのものを片手で持ち上げたのだ。
「う、おおおおおおっ!」
俺の口から、自分のものではないような咆哮が漏れた。
全長十メートルを超える大木を、俺は軽々と振り回し、巨大な棍棒のように周囲の敵兵をなぎ払った。
兵士たちは、鎧を着けていようがいまいが関係ない。まるで木の葉のように宙を舞い、肉塊となって地面に叩きつけられていく。
その光景は、まさしく神話の巨人。あるいは、破壊の化身。
城壁の上でその光景を見ていた共和国の兵士たちは、言葉を失っていた。
先ほどまで死の淵にいた彼らの目に、俺の姿は救いの神のように映っただろう。
やがて、一人が叫んだ。
「すげえ……」
その声が伝播するように、城壁のあちこちから歓声が上がり始めた。それはやがて、砦全体を揺るがすほどの雄叫びへと変わっていった。
敵陣の只中で、俺は破壊の限りを尽くしていた。
敵の攻撃は、もはや俺に届かない。
俺の周囲には、恐怖に駆られて近づくことしかできない、空白の地帯が生まれていた。
城壁の上で、守備隊長が呆然とルキウスに問いかける。
「将軍……あれは、一体……」
ルキウスは、その狂乱の光景を、表情一つ変えずに見下ろしていた。
彼は、歓声に沸く兵士たちにも、眼下の俺にも目もくれず、ただ静かに次の命令を下した。
「シンタロウ。聞こえるか」
その声は、不思議と俺の耳にだけはっきりと届いた。
「次の目標は、あそこの投石機だ。続けろ」
俺は、血と肉片に塗れた顔を上げ、無機質な瞳で、主の指し示した次の獲物を見つめた。
第六章 了
第六章、お読みいただきありがとうございました!
シンタロウの初陣、いかがでしたでしょうか。
共和国の兵士たちの目には、彼は救国の英雄、あるいは神の使いと映ったかもしれません。
しかし、その瞳に光はなく、ただ主の命令に従うだけの人形……。
彼の圧倒的な力が、この戦局をどう変えていくのか。
一人の『怪物』の登場で、戦場の流れは大きく変わりました。
しかし、戦いはまだ始まったばかりです。
シンタロウはたった一人で、この絶望的な状況を覆すことができるのか。
そして、未知の脅威を目の当たりにした東方の雄、ガルディアンはどう動くのか。
砦の攻防は、さらに激化していきます。
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それでは、また次回の更新でお会いしましょう!




