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第四章:地獄の始まり

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

「一度は本気で殺してやる」――。

冷徹な将軍ルキウスは、そう言い放ちました。

しかし、相手は【疲労を知らない肉体】を持つシンタロウ。

そんな彼を追い詰める「地獄の訓練」とは、一体どのようなものなのか。

その答えが、今回明らかになります。

今回の舞台は、血と汗が染み込んだ練兵場。

シンタロウの理不尽な日常が、ここから始まります。

それでは、第四章『地獄の始まり』、ご覧ください。


 翌朝、俺が連れてこられたのは、だだっ広い土埃の舞う練兵場だった。


 昨日までの研究施設とは打って変わって、聞こえるのは兵士たちの怒声と、剣戟の音だけ。

 むせ返るような汗と鉄の匂いが、ここが死と隣り合わせの場所であることを物語っていた。


 練兵場の隅には、青ざめた顔のルナが、ルキウスの兵士に監視される形で立っている。

 彼女の不安げな視線が、俺の胸に突き刺さる。

 俺は、彼女のために、この理不尽を受け入れるしかない。


 俺たちの前に立ったルキウスは、鞘に収めたままの剣を肩に担ぎ、冷たく言い放った。


「貴様に時間は残されていない。東方の蛮族どもが、国境の『鉄槌の砦』に向けて進軍を開始した。貴様が使い物になる前に砦が落ちれば、共和国の東部防衛線は崩壊する」

「……」

「貴様を鍛える目的はただ一つ。戦場で、敵を最も効率よく、最も多く殺戮する『剣』にすることだ。感傷も、恐怖も、余計な思考も、すべて捨てろ。ただの道具になれ」


 ルキウスはそう言うと、俺に向かって顎をしゃくった。


「まずは貴様の力を見極める。――かかってこい。本気で殺すつもりでな」


 その挑発に、俺の怒りが再び頭をもたげる。

 ルナを人質に取るような卑劣な男。こいつにだけは、一発殴りつけなければ気が済まない。


 俺は全力で地を蹴った。

 地面が抉れ、俺の体は砲弾のようにルキウスへ向かって飛ぶ。

 昨日とは違う。今度は絶対に当てる。


 だが、結果は同じだった。


 俺の拳は、ことごとく空を切る。

 ルキウスは最小限の動きで俺の攻撃をいなし、時には柳のように受け流す。俺が力を込めれば込めるほど、体勢を崩され、隙を晒すのは俺の方だった。


 数十合、いや百合は打ち込んだだろうか。

 息一つ切らしていないルキウスに対し、俺は精神的な疲労で肩を上下させていた。


【疲労を知らない肉体】のはずなのに、心が先に悲鳴を上げている。


「なぜ、当たらねえんだ……!」

「分からんのか」


 ルキウスは、初めて憐れむような目で俺を見た。


「貴様の力は、ただの暴力だ。技術も、思考も、目的もない。ただ感情に任せて振り回すだけの鉄塊など、熟練の兵士にとっては赤子の手をひねるより容易い。その程度のことも理解できずに、戦場で何が守れる?」


 ルキウスの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。


「では、どうすればいい」

「簡単なことだ。貴様のその無駄な力を、一度完全にへし折ってやる」


 ルキウスが合図をすると、練兵場を取り囲んでいた兵士の中から、歴戦の猛者といった風情の十人が進み出てきた。それぞれが剣や槍を手に、俺を取り囲む。


「彼らは私の部下の中でも、特に手練れの者たちだ。今から日没まで、彼らはお前を殺すつもりで攻撃し続ける」

「……十対一かよ」

「ああ。もちろん、貴様は素手だ」


 ルキウスの言葉に、俺は息をのんだ。


「貴様のその体は、疲労を知らんのだろう? ならば好都合だ。肉体が音を上げるまでではなく、精神が砕け散るまでやれる」


 それが、本当の地獄の始まりだった。


 四方八方から、殺意を乗せた刃が襲いかかる。

 右から来る剣を殴り飛ばせば、左から槍が突き込まれる。背後からの斬撃を屈んで避ければ、正面から別の兵士が斬りかかってくる。


 俺の怪力は、確かに脅威だった。殴りつけた兵士は鎧ごとくの字に折れ曲がり、地面を蹴れば周囲の兵士が衝撃で吹き飛ぶ。


 だが、彼らは熟練の戦士だった。一人を戦闘不能にしても、すぐに連携を立て直し、新たな刃が俺の体に迫る。


 ザシュッ!


 腕を剣が掠め、赤い線が走る。


 ガッ!


 肩に槍の穂先が突き刺さる。


 痛みはある。だが、それ以上に辛いのは、休む暇が一切ないことだった。

 疲労を感じない体は、俺から「気絶」という逃げ道すら奪っていく。

 思考は少しずつ麻痺し、ただ反射的に、獣のように攻撃を捌くだけになっていく。


 時間は無限にあるかのように感じられた。

 空の太陽がゆっくりと傾き、世界が茜色に染まっていくのを、俺は血と土埃にまみれた視界の端で見ていた。


「――そこまでだ」


 ルキウスの静かな声が響き、兵士たちの動きがぴたりと止まった。


 俺の体は、無数の切り傷と打撲でボロボロだった。もはや立っているのがやっとで、全身が悲鳴を上げている。

 疲労はない。だが、それ以上に重い「消耗」が、俺の精神を蝕んでいた。


「これが一日目だ」


 ルキウスは、虫けらでも見るような目で俺を見下ろした。


「明日からは、相手の数を倍にする」


 その言葉は、俺の心を砕くのに十分すぎた。

 明日も、これが続くのか。しかも、倍の人数で。


 俺は、練兵場の隅で唇を噛みしめ、静かに涙を流しているルナの姿を見た。

 彼女の顔が、俺の折れかけた心を、かろうじて繋ぎとめていた。


 やらなければ。

 彼女を守るために。

 この、地獄を。


第四章 了

第四章、お読みいただきありがとうございました。

【疲労を知らない肉体】の、ある意味での「弱点」が描かれた回でした。

肉体が疲れないからこそ、精神が砕けるまで終わらない。

ルキウスの考える訓練は、どこまでも合理的で、どこまでも非人道的です。

「明日からは、相手の数を倍にする」――。

地獄はまだ始まったばかりです。

日に日に増していく過酷な試練の中で、シンタロウの心は折れてしまうのか。

それとも、絶望の底で何かを見出すのか。

シンタロウの運命を見守っていただける方、ルキウスの鬼畜っぷりが好きな方(?)、ぜひブックマークやページ下の☆での評価で応援していただけると嬉しいです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


こちらの作品は『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』のダイジェスト版です、内容も微妙に違います、もしご興味が湧きましたら


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今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします


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