第十五章:戦いの終わり
鋼鉄の神は、一人の人間の心を取り戻し、自らの命と共に消滅した。
その爆発は、長きにわたるカエサルの亡霊による呪いの連鎖の、終わりを告げていた。
指導者を失った要塞の残党は降伏。平和を揺るがした動乱は、ここに幕を閉じる。
しかし、真の戦いは、ここから始まる。
皇帝ルキウスは、動乱の火付け役である老獪な政治家、マルクス・カトーに、死罪に代わる、ある過酷な「罰」を与える。それは、彼の政治を生涯、厳しく律する「楔」となることだった。
そして、英雄シンタロウが担う最後の使命。
それは、回収された全ての禁忌の理術資料を、自らの手で焼き尽くし、「作られた悲劇」が二度と生まれない未来を創ること。
全てを失った果てに、偽りの存在として生まれた少年が、その手で作り上げた「本物の日常」。
ルキウスとゼファルの友情によって築かれた、かつてない平和と繁栄の時代。
その片隅で、シンタロウとルナは、再びあの穏やかな村へと帰っていく。
――全ては終わった。この温もりこそが、本物の証。
第十五章「戦いの終わり」、英雄がたどり着いた理想の結末が、ここに描かれます。
キマイラの爆発が、全ての終わりを告げていた。
鋼鉄の神が消滅したことで、カッシウスの野望は完全に潰える。
指導者を失った要塞の残存兵力は、ルキウスとゼファルが率いる連合軍の前に、なすすべもなく降伏した。
管制室で呆然自失としていたカッシウスは、ガルディアンの戦士たちによって引きずり出され、捕虜となった。
こうして、平和を揺るがした「賢者の礎」を巡る一連の動乱は、幕を閉じた。
***
数日後。帝都の皇宮。
皇帝ルキウスの執務室に、一人の老人が、密かに召喚されていた。
元老院議員、マルクス・カトー。
「……何の御用かな、皇帝陛下」
カトーは、あくまで平静を装って言った。
ルキウスは、何も言わずに、一枚の焦げ付いた羊皮紙を、机の上に滑らせた。
それは、カッシウスの要塞から回収された、カトーが送った密書だった。
カトーは、それを見て、観念したように息を吐いた。
「……全て、ご存じか」
「ああ。貴殿が、この全ての混乱の火付け役であったことをな」
ルキウスの目には、冷たい怒りの光が宿っていた。皇帝を欺き、国を危機に陥れた罪は、死罪に値する。
だが、カトーは怯まなかった。
「私は、国を憂いていただけだ。絶対的な権力は、必ず腐敗する。私は、陛下が第二のカエサルとなることを、恐れたのだ」
その言葉に、ルキウスは、脳裏に響くカエサルの最期の言葉を思い出していた。
『――俺の轍を、踏むなよ』
長い沈黙の後、ルキウスが口を開いた。
「……貴殿の処遇は、不問とする」
「なに……?」
「ただし、条件がある」
ルキウスは、玉座から立ち上がると、カトーの目の前に立った。
「貴殿には、生涯をかけて、私を監視し続けてもらう。私の政治に、少しでも驕りや、独裁の兆候が見えたなら、元老院の筆頭として、全力で私を批判し、その行く手を阻め」
それは、処刑よりも、ある意味で過酷な罰だった。
自らが最も恐れる「独裁者」になるなと、その独裁者の候補本人から、監視役を命じられる。
「……それが、貴殿の『罪』に対する、私からの罰だ。そして、私が道を踏み外さぬための、『楔』となれ、マルクス・カトー」
老政治家は、若き皇帝の、あまりにも底が知れない器の大きさに、ただ絶句するしかなかった。
やがて、彼は深く、深く頭を下げた。
「……謹んで、お受けいたします、陛下」
こうして、皇帝と、彼を最も厳しく律する元老院との、奇妙な協力関係が始まった。
***
それから、さらに数日が経った。
「賢者の礎」は、ゼファルとルキウスが共に見守る中、厳かに神殿へと返還された。
そして、俺は、ルキウスから与えられた全権限を使い、一つの作業を行っていた。
カッシウスの研究施設から回収された、『キマイラ』に関する全ての研究資料。
そして、帝国の最深部に保管されていた、禁忌の『召喚魔法』に関する全ての古文書。
俺は、それらを、理術院の巨大な溶鉱炉の前で、ためらいなく火の中へと投じた。
ゴウ、という音と共に、忌まわしい歴史が、炎に焼かれて灰となっていく。
「……これで、終わりだな」
俺の隣で、ルナが静かに呟いた。
「ああ、終わりだ」
もう、俺やシュウのような犠牲者が、生まれることはない。
もう、キマイラやセプティムスのような、哀しい兵器が作られることもない。
俺は、この手で、全ての呪いの連鎖を断ち切ったのだ。
――そして、さらに数年の時が流れた。
大陸は、皇帝ルキウスと総帥ゼファルの力強い友情の下、かつてないほどの平和と繁栄の時代を迎えていた。
「礎の神殿」は、今や両国の民が笑顔で交流する、友好の象徴となっている。
帝都から少し離れた、あの村。
俺とルナは、変わらず、そこで穏やかな日々を送っていた。
「シンタロウ様、少し休憩にしませんか?」
畑仕事で汗を流す俺の元へ、ルナが麦茶の入った水差しを持ってきてくれる。
その薬指には、俺が贈った、小さな指輪が光っていた。
その日の午後、俺たちは、久しぶりに神殿を訪れた。
多くの人々が、楽しそうに談笑している。
神殿の中央には、アキラの石像が、穏やかな表情で佇んでいた。
その姿は、もはや恐ろしい力の源ではなく、ただ、この平和な世界を優しく見守っているだけの、美しい彫刻に見えた。
俺は、その像を見つめながら、自分のこれまでの旅路を、静かに振り返っていた。
偽りの存在として生まれ、兵器として扱われ、英雄と呼ばれ、反逆者となった。
多くのものを失い、多くの人々と出会い、そして、かけがえのないものを見つけた。
「何を考えているのですか?」
ルナが、俺の顔を覗き込むように尋ねる。
俺は、彼女の顔を見て、心からの笑顔で答えた。
「何でもないさ」
俺は、隣に立つ、愛する人の手を、そっと握った。
「ただ……平和だな、と思って」
作られた命に、意味などなかったのかもしれない。
だが、その意味を、俺は、この手で作り上げた。
この温もりこそが、俺の人生が「本物」であったことの、何よりの証なのだから。
第十五章【了】
【完】
いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。
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