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第十四章:人間の心

無限のエネルギーを逆流させられ、苦痛にのたうつ鋼鉄の悪魔『キマイラ』。


その激しい痙攣は、パイロットであるセプティムスの記憶と感情に施された、カッシウスの呪いを焼き切った。


「お前は、人間だ――」


英雄シンタロウとの激突の中で一瞬触れた「魂の記憶」と、ルナの術式によるエネルギーの奔流。それらが、彼の失われた心を呼び覚ます。


自分が犯した罪、弄ばれた人生、そして、もう二度と戻れない故郷の景色。


人間としての自我を取り戻したセプティムスが下した、最後の、そして最も尊い決断。


それは、憎き敵を討つことではなく、自らを縛り付けた鋼鉄の牢獄を、内側から破壊することだった。


「もう……戦わなくて……いいんだ……」


絶叫と安堵が入り混じった最後の声と共に、キマイラは、自らが求めた力によって消滅する。


全てを浄化する純白の光が収束した時、そこには、塵一つ残らず消え去った悪魔と、静かな光を放つ「賢者の礎」だけが残されていた。


第十四章「人間の心」――哀しき兵器の物語が、ここに終結します。

キマイラの断末魔が、要塞の最深部に響き渡った。


無限のはずだったエネルギーは、今やその身を焼く呪いの炎と化し、鋼鉄の巨体を内側から蝕んでいく。

装甲の隙間から青白い光が漏れ、全身が凄まじい痙攣を起こしていた。


『セプティムス! 何をしている! 私の命令を聞け! エネルギーの流れを安定させろ!』


管制室から、カッシウスのヒステリックな絶叫が聞こえる。

だが、キマイラのコックピット内部では、彼の声など届いてはいなかった。


パイロット――セプティムスの意識は、エネルギーの濁流の中で、記憶の奔流に飲み込まれていた。


カッシウスによって施された、記憶と感情のロック。それが、ルナが引き起こしたエネルギーの逆流によって、焼き切られたのだ。


――爆炎。熱風。吹き飛ぶ自分の両足。

――戦友の死に顔。

――敗戦後、帝都の裏路地で、ゴミを漁って飢えをしのいだ日々。


――「お前に、もう一度戦う力をやろう」と、手を差し伸べてきたカッシウスの、歪んだ笑顔。

――冷たい実験台。繰り返される、おぞましい肉体改造。


そして、全てを忘れる直前に、脳裏をよぎった、走馬灯のような光景。


故郷の村。麦畑を駆ける、幼い自分。

優しく頭を撫でてくれた、父の、母の顔。


「……あ……あ……」


忘れていた。いや、忘れさせられていた、自分の名前。

自分は、セプティムス(七番目)という、ただの実験体サンプルではない。


自分は――。

人間だ。


その事実を思い出した瞬間、彼がキマイラとして犯してきた、おびただしい数の殺戮の記憶が、彼の心を押し潰した。


***


「シンタロウ様、今です!」


制御室から駆けつけたルナの声に、俺は我に返った。

目の前では、キマイラが苦しみにのたうち回っている。今なら、とどめを刺せる。


俺は、最後の力を振り絞り、キマイラへと向かって駆け出した。


だが、その時。


キマイラの激しい痙攣が、ぴたりと止まった。

ゆっくりと、その巨体が立ち上がる。


先ほどまでの狂乱が嘘のように、その動きは、どこか静かで、落ち着いていた。

単眼の赤いレンズが、俺の姿を捉える。その光には、もはや殺意はなかった。


『ほう……! ようやく私の制御を取り戻しましたか! やはり、我がキマイラは最強です!』


カッシウスの、安堵と歓喜の声が響く。


『やれ、セプティムス! 今度こそ、その賢者の紛い物を、八つ裂きにしてやりなさい!』


その命令に従うかのように、キマイラはゆっくりと、右腕の高周波ブレードを展開した。


俺は、最後の決戦を覚悟し、身構える。

だが。


キマイラが振るったその刃は、俺には向かわなかった。


刃は、円を描くように、自らの胸部、無限のエネルギーを生み出す動力炉コアへと、深々と突き立てられた。


『な……!? なにを……なにをしている、セプティムス!?』


カッシウスの絶叫がこだまする。


キマイラの外部スピーカーから、ノイズ混じりの、しかし、はっきりと人間の声が聞こえた。

それは、カッシウスの声ではなかった。

若く、そして、ひどく疲れた男の声だった。


「もう……戦わなくて……いいんだ……」


その声は、安堵に満ちていた。

全ての苦しみから解放されることを、心から喜んでいるかのような、穏やかな響きだった。


彼は、人間としての心を取り戻し、最後の意志で、自らを縛り付けたこの鋼鉄の牢獄を、内側から破壊することを選んだのだ。


「……いかん!」


ルキウスが叫ぶ。


「総員、退避! 暴走するぞ!」


キマイラの胸に突き立てられたブレードの隙間から、太陽のような、純白の光が溢れ出す。


俺は、咄嗟にルナとルキウスの前に立ち、二人をかばうように、その身を盾にした。


――光。


世界から、音が消えた。

全てを浄化するような、絶対的な光の奔流が、要塞の最深部を飲み込んでいく。


それは、鋼鉄の神が、一人の人間に戻り、その生を終えた瞬間の、悲しい産声のようだった。


***


やがて、光が収まった時。

そこには、巨大なクレーターだけが残されていた。


キマイラの機体は、そのパイロットと共に、塵一つ残さず消滅していた。

ただ、祭壇に安置された「賢者の礎」だけが、まるで何事もなかったかのように、静かな光を放ち続けている。


俺は、ボロボロになった体で、その光景をただ見つめていた。


また一つ、この世界で、作られた存在の、哀しい命が消えていった。


戦いは、終わったのだ。


第十四章 了

いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。

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