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第十一章:三軍、集結

「賢者の礎」は奪われた。内戦は、最悪の漁夫の利によって終結した。


敗北と絶望の戦場に、総帥ゼファルが下した決断。それは、裏切り者ウルフガングを許し、より巨大な悪意に立ち向かうという、荒野の指導者としての英断だった。


時を同じくして、帝都で旧カエサル派の残党を粛清した皇帝ルキウスから、一つの報せが届く。


――キマイラの本拠地、特定。


奪われた誇りと、世界を脅かす危機。二つの目的を果たすため、歴史上あり得なかったはずの光景が、北方の山岳地帯に現出する。


西には、皇帝ルキウス率いる『影の軍団』。


東には、総帥ゼファル率いる『ガルディアン全部族連合軍』。


宿敵同士の三軍、ここに集結!


そして、決戦の要塞を攻略するための、最強の別動隊が結成される。


戦略の天才ルキウス、理術の知識を持つルナ、そして、全ての壁を破壊する英雄シンタロウ。


「あの化け物を正面から止められるのは、貴様しかいない」


友の言葉を受け、シンタロウの心に、静かな怒りの炎が燃え盛る。


英雄 vs 亡霊の野望。


今、世界の運命を決する最終決戦の火蓋が切って落とされる――! 第十一章「三軍、集結」!


キマイラが「賢者の礎」を抱え、空の彼方へと消え去った後。


「鷲ノ巣砦」の戦場には、ただ、呆然とした沈黙だけが残されていた。


勝者も、敗者もいない。全ての者が、人知を超えた存在に、運命を弄ばれた駒であったことを悟ったのだ。


「……殺せ」


膝から崩れ落ちたウルフガングが、虚ろな目で呟いた。


「私は、同胞を欺き、女神を奪われた……。もはや、生きる意味などない。殺せ、ゼファル……!」


彼の前に、総帥ゼファルが静かに立った。

その隣には、傷ついた俺と、ルナが寄り添っている。


ゼファルは、剣を抜かなかった。

代わりに、彼は地に膝をついたウルフガングの肩に、力強く手を置いた。


「立て、ウルフガング」


その声は、厳しく、しかし温かかった。


「貴様の罪は重い。だが、貴様の誇りと信仰を弄んだ、より大きな悪がいる。荒野の子であるならば、己の過ちの始末は、敵の血で贖うものだ。違うか?」


「……総帥……」


ウルフガングは、子供のように顔を歪め、大地に額をこすりつけて慟哭した。


ガルディアンの内戦は、こうして、あまりにも苦い形で終結した。


***


その翌日。


ガルディアンの陣営に、一羽のハヤブサが舞い降りた。帝国からの、緊急の報せだった。

報せの主は、皇帝ルキウス。


書状を読んだゼファルは、俺とルナ、そして前日から彼の側近として付き従うようになったウルフガングを、司令部の天幕に呼び寄せた。


「全て、繋がった」


ゼファルは、苦々しく言った。


「ルキウス皇帝からの報せだ。帝国内部に潜んでいた旧カエサル派の残党を、完全に粛清した、と。そして、奴らの尋問から、キマイラの本拠地を特定したそうだ」


ルキウスは、帝都で自らの戦いを続けていたのだ。

カトーからリークされた情報を元に、カッシウスに与する者たちを炙り出し、一網打尽にしていた。


「敵の本拠は、北方の旧鉱山地帯。カエサル時代に放棄された巨大な地下施設を、要塞兼研究室として利用しているらしい」


ゼファルの言葉に、俺は拳を握りしめた。


「そこに、アキラの石像が……」


「うむ。そして、ルキウス皇帝は、自ら『影の軍団』を率いて、すでに出陣した、と。彼は、我らガルディアンに、正式な援軍を要請してきた」


ゼファルは、天幕に集った部族長たちを見渡した。


「異論のある者は、いるか?」


誰も、何も言わなかった。

彼らの誇りは、キマイラによって、そしてカッシウスの陰謀によって、ズタズタに引き裂かれた。

その落とし前をつける。もはや、戦う理由はそれで十分だった。


***


数日後。


北方の山岳地帯の麓に、歴史上あり得なかったはずの光景が広がっていた。


西から進軍してきたのは、皇帝ルキウスが率いる、黒一色の精鋭部隊『影の軍団』。その数、三千。一人一人が、死の淵から蘇った覚悟をその目に宿している。


東から進軍してきたのは、総帥ゼファルが率いる、ガルディアンの全部族連合軍。その数、三万。荒野の民の、全ての怒りと誇りが、そこにはあった。


そして、その二つの軍勢が対峙する、中央の丘の上。

俺と、ルナが立っていた。


皇帝ルキウスと、総帥ゼファルが、馬を降り、ゆっくりと歩み寄る。


かつて、幾度となく殺し合った、二人の宿敵。

だが、その目に、もはや憎悪の色はなかった。


「……まさか、貴殿に援軍を頼む日が来るとはな」


ルキウスが、静かに言った。


「貸し一つだ、若き皇帝よ。この借りは、奴らの血で返してもらう」


ゼファルが、力強く答えた。


二人の視線が、俺に向けられる。


「計画の要は、貴様だ、シンタロウ」


ルキウスが言った。


「あの化け物を正面から止められるのは、この大陸広しといえど、貴様しかいない」


俺は、頷いた。


「ああ。あいつだけは、俺がやる」


その夜、三軍の指揮官が集い、最後の作戦会議が開かれた。

作戦は、単純明快。


ルキウスとゼファルが率いる本隊が、要塞の正面から総攻撃を仕掛け、敵の注意を引きつける。

その陽動の隙に、少数精鋭の別動隊が、秘密裏に要塞の最深部へと潜入する。


「その別動隊は、我ら三人で行う」


ルキウスが、俺とルナを見て言った。


戦略の天才である、ルキウス。

敵の理術を解析できる、ルナ。

そして、全ての壁を破壊する、俺。


これ以上ない、完璧な布陣だった。


俺は、闇の中にそびえ立つ、敵の要塞を見据えた。


カッシウス。キマイラ。そして、セプティムス。


(アキラを……賢者の力を、己の欲望のために利用する奴は、絶対に許さない)


俺の心は、静かな、しかしどうしようもない怒りの炎に燃えていた。

決戦の時は、間もなくだ。


第十一章 了

いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。

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