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第十章:漁夫の利

東方の大荒野で、ついに内戦終結の時が訪れる。


英雄シンタロウの中央突破により、ウルフガング軍が最後の砦「鷲ノ巣砦」へ追い詰められた時、誰もが勝利を確信した。


だが、戦場の空は、一つの鋼鉄の影によって覆い尽くされる。


圧倒的な破壊力を纏い、前回よりもさらに禍々しく強化された『キマイラ』。


その狙いは、内戦の終結でも、シンタロウの命でもない。ただ一点、「賢者の礎」本体の強奪だった。


「全ては、この瞬間のための陽動だった!」


陰謀の全貌を悟ったシンタロウは、ゼファルとウルフガング、敵味方全ての兵士を守るため、そして礎の奪還のため、再び鋼鉄の悪魔と激突する。


「力比べはしない。時間稼ぎだ!」


疲労を知らない肉体を極限まで酷使し、満タンのエネルギーを持つキマイラを相手に、決死の持久戦を仕掛けるシンタロウ。


しかし、知性を侮ったその隙を突かれ、キマイラは完璧な漁夫の利を得る。


内戦の終わりと同時に、「賢者の礎」は、カエサルの亡霊の手に渡ってしまった。


――勝者なき戦場。響き渡る、悪魔の高笑い。


英雄シンタロウ、最大の敗北を喫す。第十章「漁夫の利」、絶望の展開を見届けよ。


翌日、ゼファルの軍勢は、ウルフガング軍が最後の拠点とする渓谷の最奥部、通称「鷲ノ巣砦」へと総攻撃を開始した。


前日の戦いで主力部隊を失った反乱軍に、もはや抵抗する力は残されていなかった。


「シンタロウ殿は、中央突破を! 我らは、左右から援護する!」


ゼファルの号令の下、俺は再び戦場の先頭に立った。

昨日までの勢いを失った反乱軍の盾は、今の俺の前では紙同然だった。俺は、砦の門をこじ開け、抵抗する兵士たちをなぎ倒し、一直線に砦の中枢へと突き進む。


勝利は、目前だった。


砦の中庭で、ついに俺たちはウルフガング本人と、彼が守るように陣取る巨大な天幕を捉えた。あの天幕の中に、「賢者の礎」がある。


「ウルフガング! もはやこれまでだ! 武器を捨てよ!」


ゼファルが、かつての友に、最後の降伏勧告を行う。


「黙れ、裏切り者めが! 女神は、我らと共にあり!」


ウルフガングは、血走った目で吼え、最後の抵抗を試みようとした。


誰もが、この内戦の終結を確信した、その瞬間だった。


空が、影に覆われた。


戦場の喧騒を切り裂くように、甲高い、不快な飛翔音が響き渡る。

見上げると、一体の鋼鉄の巨人が、太陽を背に、空から降ってくるところだった。


「――あいつ……!」


俺は、その姿を見て絶句した。

以前よりも、さらにマッシブで、禍々しいオーラをまとった『キマイラ』。


キマイラは、砦の中庭のど真ん中、俺たちゼファル軍と、ウルフガング軍のちょうど中間に、大地を揺るがして着地した。


「な、なんだ、あれは!?」


「帝国の、新兵器か……!?」


ゼファルも、ウルフガングも、突如として現れた第三勢力に、混乱を隠せない。


だが、キマイラの単眼は、どちらの軍勢にも目もくれなかった。

その視線は、ただ一点。

ウルフガングの背後にある、聖布で覆われた天幕――「賢者の礎」が安置されている場所だけを、捉えていた。


「ま、まさか……!」


ウルフガングの顔が、驚愕と恐怖に歪む。


「守れ! 女神の御神体を、あの鉄クズから守るのだ!」


彼の号令で、手負いの反乱軍兵士たちが、決死の覚悟でキマイラへと襲いかかる。


だが、それはあまりにも無謀な自殺行為だった。


キマイラは、腕から展開した高周波ブレードを一度振るっただけで、数人の兵士を鎧ごと切り裂いた。肩部の砲門から放たれたエネルギー弾が、抵抗する者たちを次々と薙ぎ払っていく。


その光景を見て、俺の頭の中で、全てのピースが繋がった。


ウルフガングの反乱。ガルディアンの内戦。

全ては、この瞬間のために。


この鋼鉄の悪魔が、誰にも邪魔されずに「賢者の礎」を奪うためだけの、壮大な陽動だったのだ。


「――させるかあっ!」


俺は、ゼファルの制止を振り切り、キマイラへと突進した。


「シンタロウ殿、無謀だ!」


「こいつの狙いは、石像だ! それさえ奪われなければ、勝機はある!」


俺は、キマイラの前に立ちはだかった。


『……また会いましたな、賢者シンタロウ』


カッシウスの、スピーカー越しの甲高い声が響く。


『前回のようにはいきませんぞ! 今日のキマイラは、エネルギー満タンですのでな!』


「上等だ! 前回のお返し、させてもらうぜ!」


俺は、再び鋼鉄の悪魔と激突した。


だが、今回は戦い方を変える。真正面からの殴り合いは避ける。俺がすべきは、撃破ではない。「時間稼ぎ」だ。


俺は、自らの【疲労を知らない肉体】を最大限に活かし、徹底的な持久戦に持ち込んだ。


キマイラの猛攻を、ひたすらいなし、避け、受け流す。

致命傷だけは避けながら、少しずつ、しかし確実にダメージを与え、相手のエネルギーを消耗させていく。


俺の体は、再び無数の傷に覆われた。魂が削れていく、あの不快な感覚が蘇る。


だが、作戦は功を奏していた。

キマイラの動きが、徐々に鈍くなってきている。エネルギー切れが近い。


『おのれ、しぶとい……!』


カッシウスの焦りが、声に滲む。

勝てる!


俺がそう確信した瞬間、キマイラは、それまでとは全く違う動きを見せた。


突然、俺への攻撃を止めると、その全エネルギーを集中させたかのような、強力な衝撃波を、全方位へと放ったのだ。


俺は、咄嗟に防御姿勢を取るが、その凄まじい威力に、大きく吹き飛ばされてしまう。


キマイラは、俺が体勢を立て直す、その一瞬の隙を突いた。

一直線に、ウルフガングの背後の天幕へと突進し、その内壁を突き破る。


そして、巨大なアキラの石像を、その鋼鉄の腕で無造作に掴み取った。


「あ……ああ……わ、私の、女神が……」


ウルフガングが、その場に膝から崩れ落ちた。


目的を達成したキマイラに、もはや俺たちと戦う意思はなかった。

脚部のブースターを最大出力で噴射し、「賢者の礎」を抱えたまま、空の彼方へと飛び去っていく。


俺は、傷だらけの体で、なすすべもなく、それを見送ることしかできなかった。


内戦は、最悪の形で終わった。

勝者など、どこにもいない。


ただ、漁夫の利を得た悪魔の高笑いだけが、戦場に響き渡っている気がした。


第十章 了

いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。

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今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします

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