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第九章:荒野の激突

東方の大荒野へ旅立った英雄シンタロウとルナ。


ガルディアン総帥ゼファルの本陣に到着した彼らを待っていたのは、内戦の陰鬱な空気と、友を討たねばならないゼファルの深い苦悩だった。


目的は、狂信者ウルフガングが持つ**「賢者の礎」**の奪還と、内戦の早期鎮圧。


そして、シンタロウに託された使命は、ウルフガング軍の鉄壁の守り、**「嘆きの渓谷」**の突破だった。


「奴らの盾の壁を、こじ開けてほしい」


ゼファルの悲痛な願いを受け、シンタロウは、その規格外の力を、二年ぶりに戦場で解放する。


垂直の崖を駆け上がり、上空から巨大な岩石を降らせるという、人知を超えた暴力。


英雄の理不尽なまでの武力は、鉄壁を誇ったガルディアンの精鋭部隊を、瞬く間に崩壊させる。


「戦いが終わっても、俺の力は、錆びついてなどいない――」


戦いの趨勢は決した。明日、総攻撃を仕掛けるというゼファルの決断。


だが、この圧倒的な勝利の影で、カッシウスの**『キマイラ』**は、その最終形態へと着々と近づいている。


第九章「荒野の激突」! 英雄、完全復帰!

帝都を発ってから五日後。


俺とルナは、東方の大荒野に位置する、ガルディアン総帥ゼファルの本陣に到着していた。


陣営に満ちているのは、内戦という同族同士の争いならではの、重く、陰鬱な空気だった。


「よく来てくれた、シンタロウ殿。そして、ルナ殿も」


司令部の天幕で俺たちを迎えたゼファルの顔には、深い疲労と苦悩が刻まれていた。


「ルキウス皇帝からの書状は読んだ。全て、把握している」


「ウルフガングの狙いは、賢者の礎か」


俺の言葉に、ゼファルは静かに頷いた。


「ああ。奴は、あの石像を『石にされた女神』だと信じ込んでいる。自らが力を見せつければ、女神が復活するなどという妄執に取り憑かれてな……」


その声には、怒りよりも深い哀しみがこもっていた。


「ウルフガングは、かつて我が右腕だった男だ。誰よりも誇り高く、誰よりも荒野の民を愛していた。その男が、帝国の亡霊に唆され、同胞に牙を剥くとは……」


ゼファルは地図を広げた。


「ウルフガング軍の主力は、ここ、『嘆きの渓谷』に布陣している。天然の要害で、正面からの攻撃は困難を極めている。すでに、我が軍の多くの若者が、命を落とした」


「……俺に、何ができる?」


「頼みがある」


ゼファルは、俺の目をまっすぐに見つめた。


「奴らが最も信頼している、渓谷の入り口を固める分厚い盾の壁。あれを、こじ開けてほしい。貴殿の力ならば、それが可能だ」


***


翌日、俺はゼファルの軍と共に、「嘆きの渓谷」へと向かった。


その名の通り、狭く切り立った崖に囲まれたその場所は、一度入れば逃げ場のない、天然の罠だった。


渓谷の入り口には、ウルフガング軍の精鋭たちが、大盾を隙間なく並べた鉄壁の陣形「亀甲の陣」を敷き、ゼファル軍の行く手を阻んでいた。


「行けぇっ! 荒野の母に、我らの勇気を示せ!」


ゼファル軍の戦士たちが、雄叫びを上げて盾の壁に突撃する。だが、分厚い盾と、その隙間から突き出される無数の槍に阻まれ、次々と血の海に沈んでいった。


「シンタロウ殿、頼む!」


ゼファルの悲痛な声が響く。

俺は、頷くと、戦場の只中へと駆け出した。


だが、俺が向かったのは、盾の壁の正面ではなかった。


「なっ……!?」


敵も味方も、俺の行動に息をのむ。


俺は、戦場を駆け抜けると、そのまま垂直に近い渓谷の崖を、凄まじい速度で駆け上がり始めたのだ。

足場などない。ただ、規格外の脚力で、岩肌を蹴り、重力を無視して、天へと登っていく。


やがて、渓谷の入り口の真上に到達した俺は、崖の縁に足をかけた。

眼下には、俺の存在に気づき、混乱するウルフガング軍の盾部隊が見える。


「――終わりだ」


俺は、足元の巨大な岩盤に、全力の拳を叩き込んだ。


ゴゴゴゴゴゴッ!


地響きと共に、崖の一部が崩落。何トンもの巨大な岩石が、盾の壁のど真ん中へと降り注いだ。


「うわあああああっ!」


悲鳴が上がる。

鉄壁を誇った「亀甲の陣」は、天からの理不尽なまでの暴力によって、中央から無残に砕け散った。


陣形が崩れた、その中心へ。

俺は、崖の上から、隕石のように飛び降りた。


着地の衝撃で、大地が揺れる。

俺は、混乱する反乱軍の只中で、暴風と化した。


もはや、戦いではなかった。それは、一方的な蹂躙。

俺は、敵兵を殺すことなく、的確に盾を砕き、武器を奪い、戦闘不能にしていく。


「今だッ! 全軍、突撃ィィィィッ!!」


好機を逃さず、ゼファルが全軍に突撃命令を下す。


指揮系統と陣形を失ったウルフガング軍は、もはや烏合の衆だった。ゼファル軍の猛攻の前に、彼らは次々と武器を捨て、逃げ惑い、あるいは降伏した。


戦いの趨勢は、完全に決した。


渓谷の奥の高台で、ウルフガングが鬼の形相で、その光景を睨みつけていた。

自らが信じた軍勢が、たった一人の「帝国の怪物」によって崩壊させられていく。


「……おのれ……おのれぇっ!」


彼は、忌々しげに悪態をつくと、わずかな手勢と共に、さらに渓谷の奥へと撤退していった。


戦いが終わった渓谷には、安堵と勝利の歓声が響き渡っていた。

ゼファル軍の戦士たちが、俺を畏怖と、そして尊敬の眼差しで遠巻きに見つめている。


「見事だ、シンタロウ殿」


ゼファルが、俺の元へ歩み寄ってきた。その顔には、苦渋と、そして確かな感謝の色が浮かんでいた。


「貴殿のおかげで、多くの同胞の命が救われた。この恩は忘れん」


「礼はいい。それより、早く決着をつけるぞ」


「うむ。奴らの本拠は、この渓谷の先にある。明日、総攻撃を仕掛け、全てを終わらせる」


ゼファルの言葉に、兵士たちが勝利の雄叫びを上げた。

誰もが、この内戦の終わりが近いことを、信じて疑わなかった。


第九章 了

いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。

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今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします

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