第三章:冷徹な将軍
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
作者のシナガワタロウです。
前回のあとがきで予告させていただいた通り、ついにあの男が登場します。
共和国の将軍、ルキウス・アクィラ。
彼の登場は、シンタロウが置かれた生ぬるい絶望を、より冷たく、より厳しい現実へと変えていきます。
理不尽を体現したような男に、シンタロウはどう立ち向かうのか。あるいは、屈するしかないのか。
それでは、物語が大きく動き出す第三章、お楽しみください。
あの日、俺が研究員を殺しかけてから、数日が過ぎた。
理術院の一室に軟禁された俺とルナの間には、重苦しい沈黙が流れていた。
俺は、自分のしでかしたことへの後悔と、どうしようもない未来への絶望で、ほとんど口を利かなかった。ルナは、そんな俺を気遣ってか、ただ静かに寄り添っているだけだった。
研究員たちは、俺を化け物でも見るかのような目で遠巻きに観察するだけで、誰も近づこうとはしない。
彼らが選んだ「隠蔽」という選択は、その場しのぎの平穏しかもたらさなかった。
その歪な均衡は、ある男の登場によって、あまりにも呆気なく崩れ去る。
その日、部屋の重厚な扉が、何の前触れもなく開かれた。
入ってきたのは、一人の軍服の男。その後ろには、完全武装した兵士が二人控えている。
男は、仕立ての良い漆黒の軍服に身を包んでいた。白銀の髪を後ろに流し、鷲のように鋭い眼光が、部屋の隅々までを射抜くように見渡す。年の頃は二十代後半だろうか。若いが、その全身から放たれる威圧感は、そこらの人間とは比較にならなかった。
それは、幾多の死線を乗り越えてきた者だけが持つ、鋼のようなオーラだった。
男の視線が、部屋の隅で震える研究員の長に注がれる。
「報告と違うな」
低く、温度のない声だった。
「は、はひっ……! い、一体何がでございましょうか、ルキウス将軍……!」
研究員の長は、恐怖で裏返った声を絞り出す。
ルキウスと呼ばれた将軍は、表情一つ変えずに続けた。
「賢者の教育は順調に進んでいる、と元老院には報告があったはずだが。私の目には、怯えた鼠と、牙を抜かれて拗ねている獣にしか見えんがな」
その言葉に、研究員の顔から血の気が引いていく。
「そ、それは……賢者様はまだこちらの環境に慣れておられず……」
「嘘はいい」
ルキウスは、研究員の言い訳を冷たく切り捨てた。
「数日前、賢者が暴れ、研究員一名を殺しかけた。違うか?」
研究員は、その場でへなへなと崩れ落ちた。もはや、嘘を取り繕う気力すらないようだった。
「独裁官カエサル閣下のご命令だ。本日この時をもって、三代目賢者の身柄と全権限は、私が預かる。異論は認めん」
ルキウスはそう言い放つと、初めて俺の方へ視線を向けた。
値踏みするような、冷たい視線。まるで、壊れた道具でも見るかのような目に、俺の心の奥底で、怒りの火が再び燻り始めた。
「貴様が三代目か。理術の才能もなければ、精神の統制もできんとは。まさしく『壊れた人形』だな。聞けば、元の世界に帰れないと知って駄々をこねたそうじゃないか。子供か、貴様は」
「……んだと、てめえ」
俺は低い声で威嚇するが、ルキウスは鼻で笑った。
その侮辱的な態度に、俺の怒りは沸点を超えた。
考えるより先に、体が動いていた。
床を蹴り、最短距離でルキウスの懐へ飛び込む。前回の比ではない、本気の殺意を込めた拳を、その眉間めがけて叩き込んだ。
だが――。
俺の拳がルキウスの顔面に届く寸前、彼の姿がブレた。
次の瞬間、俺の腕に衝撃が走り、体勢が大きく崩れる。ルキウスは俺の拳を紙一重でかわし、流れるような動きで俺の脇腹に剣の柄を打ち込んでいたのだ。
「ぐっ……!」
常人なら肋骨が砕けていただろう一撃。だが、俺の体はびくともしない。
しかし、体勢を崩した俺の視界の端で、信じられない光景が映った。
ルキウスは、俺の攻撃を捌いたその勢いのまま、俺の背後にいたルナの首に、抜き放った剣の切っ先を突きつけていた。
「――!?」
「その頑丈な体は評価してやる。だが、致命的な弱点が一つあるな」
ルキウスの冷たい声が響く。俺は、凍りついたように動けなかった。
ルナの白い首筋に、冷たい鋼の刃が触れている。少しでも力を込めれば、その細い首は簡単に切り裂かれてしまうだろう。
「貴様の弱点は、それだ」
ルキウスは、顎でルナを示した。ルナは恐怖で声も出せず、ただ震えている。
「どれだけ力があろうと、守りたいものを守れなければ何の意味もない。貴様が私に逆らえば、この女の喉が裂ける。貴様が私の命令に従わなければ、この女の手足が一本ずつ落ちる。理解できたか? 壊れた人形」
俺は、歯を食いしばることしかできなかった。
圧倒的な力の差を見せつけられたわけではない。だが、俺は完膚なきまでに敗北していた。この男は、俺の力の使い方と、そして俺の弱点の在り処を、一瞬で見抜いたのだ。
俺が何か行動を起こせば、ルナが死ぬ。
その単純な事実が、鉛のように重く俺の全身にのしかかった。
俺が黙り込んだのを見て、ルキウスは満足したように剣を鞘に戻した。
「明日から、貴様を『剣』に作り変えるための訓練を始める」
ルキウスは俺に背を向け、部屋を出ていく。
その背中に、彼は最後の言葉を投げかけた。
「死ぬ気でついてこい。……いや、一度は本気で殺してやる」
扉が閉まり、部屋には再び静寂が戻った。
だが、それは先ほどまでの沈黙とは全く違う、冷え切った絶望の色をしていた。
俺は、ルキてめえスの管理下に置かれ、ルナを人質とされる形で過酷な訓練が始まる。
独裁官カエサルのための、「剣」として。
第三章 了
第三章『冷徹な将軍』、お読みいただきありがとうございました。
ついに登場したルキウス将軍、いかがでしたでしょうか。
彼のやり方は、まさに冷徹。力ではなく、シンタロウの「弱点」を的確に突くことで、一瞬にして絶対的な主従関係を確定させました。
さて、ルキウスはシンタロウを「剣」に作り変えると言い放ちました。
しかし、相手は【疲労を知らない肉体】と【規格外の怪力】を持つ少年です。
そんな彼を「死ぬ気で」追い込む訓練とは、一体どのようなものになるのか。
次回から、文字通り地獄の訓練が始まります。
シンタロウの受難を見届けたいと思っていただけましたら、ブックマークやページ下の☆での評価をいただけますと、作者の励みになります!
それでは、また次回の更新でお会いしましょう。
こちらの作品は『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』のダイジェスト版です、内容も微妙に違います、もしご興味が湧きましたら
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