第八章:皇帝の決断
東方で勃発したガルディアンの内戦。
帝都の地下で完成に近づく鋼鉄の悪魔『キマイラ』。
二つの災厄の連鎖に直面し、皇帝ルキウスは、一人の統治者として、そして一人の友として、極限の決断を迫られる。
ルキウスの頭脳は、シンタロウとルナの報告、そして差出人不明の密書から、バラバラだった事件のピースを統合する。
「賢者の礎」消失、カッシウスの暗躍、ウルフガングの反乱――その全ては、カエサルの亡霊が仕掛けた、和平破壊を目的とする壮大な陰謀だった。
帝国軍の介入は、破滅を招く。
八方塞がりの状況の中、ルキウスが下した、最後の、そして最も重い決断。
それは、公的な立場を超え、「友」として英雄シンタロウに、全ての使命を託すことだった。
「東へ行け。ゼファル総帥を助け、全ての元凶である『礎』を取り戻すのだ」
恩義と友情。そして、愛する日常を壊させないという誓い。
英雄シンタロウは、再びルナと共に、カエサルの野望が蠢く東の戦場へと旅立つ。
第八章「皇帝の決断」、新たな戦いの幕開けです。
帝都は、静かな混乱の中にあった。
東方で勃発したガルディアンの内戦は、対岸の火事ではなかったからだ。
反乱を率いるウルフガングが、「女神の解放」という狂信的なスローガンを掲げている以上、その矛先がいつ帝国に向けられるか分からない。元老院では、国境の軍備を増強すべきだという声が日増しに高まっていた。
「……愚かな」
深夜、皇宮の執務室で、皇帝ルキウスは一人、報告書の山を眺めて呟いた。
彼が築き上げた和平は、今や風前の灯火だった。
そこへ、側近が二通の極秘文書を携えて入室した。
一通は、元老院の信頼できる協力者から、差出人不明の密書として届けられたもの。
もう一通は、シンタロウとルナがまとめた、「第三理術研究所」での調査報告書だった。
ルキウスは、まず差出人不明の密書に目を通した。
そこに書かれていた内容に、彼の眉が鋭く動く。
『「賢者の礎」消失の真犯人は、帝国内部に潜む、旧カエサル派の残党である』
『首謀者は、理術研究員カッシウス。禁断の兵器を開発し、ガルディアンの反乱分子と手を組んでいる』
「……カッシウスだと?」
ルキウスの記憶の片隅に、その名があった。かつてカエサルの下で、対賢者兵器の研究をしていたという、狂信的な研究者。
次に、彼はシンタロウの報告書を開いた。
そこに描かれていたのは、鋼鉄の悪魔『キマイラ』の精緻なスケッチと、その驚異的な戦闘能力に関する詳細な分析だった。
『……その動力源には、極めて高いエネルギーを持つ、賢者の力の源泉に似た物質が使われている可能性が高い』
『戦闘の終盤、エネルギー切れと思われる兆候を見せ、撤退した』
ルキウスは、立ち上がった。
彼は、執務室の巨大な地図の前に立つと、三つの報告書を並べた。
カッシウスの暗躍。キマイラの存在。そして、ウルフガングの反乱。
バラバラに見えたピースが、彼の頭脳の中で、一つの悍ましい絵を形作っていく。
「……そういうことか」
全ての点が、線で繋がった。
カッシウスが、何らかの方法で「賢者の礎」の破片を手に入れた。それを動力源に、プロトタイプのキマイラを起動させ、シンタロウとの戦闘データを取った。
だが、破片だけのエネルギーでは不十分だった。彼は、より巨大で、無限のエネルギー源を求めた。
――「賢者の礎」本体を。
そのために、ガルディアンのウルフガングと手を組んだ。
彼に石像を盗ませ、それを「女神の御神体」として反乱の旗印に掲げさせる。
ガルディアン全土を巻き込む内戦を引き起こし、その混乱の裏で、カッシウスは自らの目的を達成しようとしているのだ。
全ては、カエサルの亡霊が描いた、壮大な陰謀。
「……シンタロウとルナをここに」
ルキウスは、側近に短く命じた。
***
深夜にも関わらず、呼び出された俺とルナは、ルキウスの執務室を訪れた。
彼は、地図の前に立ったまま、俺たちを待っていた。
「よく来てくれた。……事件の全貌が、見えた」
ルキウスは、俺たちに自らの推理を語って聞かせた。
彼の言葉は、俺たちが掴んだ情報と、帝都に届いた報告を完璧に組み合わせ、陰謀の核心を的確に射抜いていた。
「ウルフガングの反乱は、それ自体が目的ではない。カッシウスが『賢者の礎』を、誰にも気づかれずに研究するための時間稼ぎと、陽動だ。奴らは今頃、内戦の裏で、キマイラを完全な『神』へと作り変えているだろう」
「どうするんだ、ルキウス」
俺が問う。
「帝国軍を、ガルディアン領内へ送るわけにはいかん」
ルキウスは、静かに首を振った。
「そんなことをすれば、和平条約は完全に破棄される。ウルフガングだけでなく、ゼファルまでもが我らに敵対し、帝国は二正面作戦を強いられることになる。それこそが、奴らの思う壺だ」
八方塞がりの状況。
だが、ルキウスの目には、まだ光が宿っていた。
彼は、俺をまっすぐに見つめた。
「公式に、帝国は動けん。だが、一人だけ、この状況を打開できる人間がいる」
「……俺か」
「そうだ。貴様は、帝国の兵士ではない。先の戦いで、ゼファル総帥の信頼も得ている。貴様がゼファルの助勢に駆けつけたとしても、それは帝国軍の介入ではなく、『友が友を助ける』という、個人的な繋がりに過ぎん」
皇帝としての立場と、友としての絆。
ルキウスは、その両方を使い、最後の賭けに出ようとしていた。
「シンタロウ。皇帝として、そして一人の友として、貴様に頼む」
彼は、深く頭を下げた。
「東へ行け。ゼファル総帥に助力し、ウルフガングの反乱を鎮圧してくれ」
「そして、その混乱の中から、全ての元凶である『賢者の礎』を、我々の手に取り戻すのだ」
それは、あまりにも危険で、あまりにも重い任務だった。
だが、俺の心は、不思議なほど静かだった。
鋼鉄の悪魔、キマイラ。あいつを、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
そして、友である皇帝の、悲痛なまでの覚悟。
俺が断れるはずもなかった。
「……分かった、ルキウス。引き受けよう」
俺の返事に、ルキウスは顔を上げた。
その目には、感謝と、そして友を再び死地へ送ることへの、深い苦悩が浮かんでいた。
「気をつけろ、シンタロウ。貴様が次に戦う相手は、荒野の戦士たちだけではない。――カエサルの野望そのものだ」
第八章 了
いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。
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