第七章:女神の旗印
【前書き】
帝都の地下で生まれた『鋼鉄の悪魔』。
その開発を巡る陰謀の核心が露わになりつつある裏で、東方の大荒野では、ついに「戦乱の狼煙」が上がろうとしていた。
和平路線を進める総帥ゼファルに不満を抱く、ガルディアンの猛将、ウルフガング。
彼は、皇帝の裏をかいた老獪な政治家カトーの援助を受けながらも、その行動原理はただ一つ。
「荒野の民の誇りを取り戻し、女神アキラを石の牢獄から解放する」という、純粋で狂信的な信念だった。
そして今、彼の前に現れたのは、和平の象徴であったはずの「賢者の礎」そのもの。
ウルフガングは、この石像を、ゼファルへの**「女神の悲しみと怒り」**の証と誤解し、戦士たちの心を一つにまとめ上げる。
信仰と誇りという、何よりも強固な絆で結ばれた反乱軍。
渓谷の底から響き渡る新たな指導者への雄叫びは、ガルディアン全土を巻き込み、帝国との同盟を揺るがす最大の危機となる。
「英雄の日常を壊す、二つの災厄が、同時に動き出す――」
英雄シンタロウが真相を追うその時、戦乱の火蓋が切って落とされる!
第七章「女神の旗印」、刮目せよ。
その夜、東方の大荒野に広がるガルディアンの領域、その人里離れた渓谷の底に、数百の篝火が焚かれていた。
集まっているのは、総帥ゼファルの和平路線に不満を抱く、部族長や名うての戦士たち。彼らは、静かな、しかし熱のこもった視線で、集会の中心に立つ一人の男を見つめていた。
男の名は、ウルフガング。
かつて、ゼファルと共に「荒野の双璧」と称された、猛将だった。
「同胞たちよ!」
ウルフガングの野太い声が、渓谷に響き渡る。
「いつまで我らは、共和国の犬に成り下がるのだ! いつまで、奴らの言いなりになって、この牙を鞘に収めておくのだ!」
集まった戦士たちの間から、同調の唸り声が上がる。
「ここにいる多くは、先の大戦を覚えているだろう。俺も、そしてゼファル総帥も、共に戦った! 鉄槌の砦で、奴の背中を預かり、奴は俺のために共和国の槍を受けた! あの頃の総帥は、誰よりも誇り高い荒野の子だった! その雄叫びは、山々を震わせる獅子のものだった!」
ウルフガングは、一度言葉を切り、集まった者たちを一人一人見渡した。その目には、深い哀しみが宿っていた。
「だが、見ろ! 今の総帥はなんだ! 獅子は牙を抜かれ、帝都の酒を飲み、それを『平和』と呼んでいる! 我らの祖先の誇りを、帝国の甘言と引き換えにしたのだ!」
彼の言葉は、平和な時代に燻っていた戦士たちの心を、的確に掴んでいた。
「ゼファルは言う! 我らの平和は、女神の娘、初代賢者アキラ様のご意志だと! 嘘だ! 断じて嘘だ! 女神は、我らのような弱腰を、決して是とはなされない!」
ウルフガングは、ゆっくりと背後を振り返った。
そこには、神聖な祭壇の上に、一体の大きな何かが、聖布で覆われて安置されている。
彼は、その布の端を掴んだ。
「見よ、同胞たち! これが、ゼファルの弱腰が生んだ、女神の悲しみだ!」
彼が布を払いのけると、篝火の光を浴びて、一体の石像が姿を現した。
それは、紛れもない「賢者の礎」。アキラの石像だった。
「「おお……っ!?」」
部族長たちは、その神々しい姿に息をのむ。なぜ、神殿にあるはずの御神体が、ここにあるのか。
「女神は、ゼファルの裏切りに深く絶望なされたのだ! そして、そのお怒りと悲しみのあまり、自らそのお体を、石の牢獄へと封じ込めてしまわれた!」
それは、彼の純粋な誤解から生まれた、あまりにも独善的な解釈だった。
だが、その言葉には、彼の揺るぎない信仰からくる、凄まじい熱量があった。
「ゼファルは、女神が石のまま、永遠に眠り続けることを望んでいる! だが、俺は違う! 我らがもう一度、荒野の民としての誇りと強さを示した時、女神は必ずや、この石の牢獄から解放なされる! そうであろう、同胞たちよ!」
ウルフガングは、天に向かって、その戦斧を突き上げた。
「ゼファルは、もはや我らの総帥ではない! 荒野の母への、裏切り者だ! 我こそは、女神の意志を継ぐ者なり! 我と共に、女神を解放し、失われた誇りを取り戻さんとする者はいないか!」
その狂信的なまでの呼びかけに、戦士たちの心は、完全に火をつけられた。
恐怖でも、利害でもない。「信仰」と「誇り」という、何よりも強固な絆。
「「「ウルフガング! ウルフガング!」」」
渓谷の底から、新たな指導者の名を呼ぶ声が、地響きとなって湧き上がった。
ウルフガングは、その熱狂の中心で、静かにアキラの石像を見つめていた。
(見ていてください、女神よ。我らが本当の強さをお見せします)
その夜、ウルフガングの元から、ガルディアン全土の部族へ向けて、使者が放たれた。
その手には、ゼファルへの反逆と、新たな時代の到来を告げる、宣戦布告の書状が握られていた。
第七章 了
いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。
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