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第五章:鋼鉄の悪魔

捜査線は、ついに旧カエサル派の秘密研究所へと繋がった。


英雄シンタロウと知性ルナは、増援を待たず、帝都の闇に潜む悪意の核心へ、二人で乗り込むことを決意する。


待ち受けていたのは、狂信者カッシウスの、歓喜に満ちた高笑い。


そして、初代賢者の**『欠片』**を動力源として完成した、彼の生涯の最高傑作――


鋼鉄と生体組織が融合した、全長2.5メートルの破壊兵器、『キマイラ』。


「貴様の墓標となる『キマイラ』の雄姿をなァ!」


シンタロウは、その規格外の全力を以てしても、力負けするという、初めての絶望的な事態に直面する。


ルナは退路を断たれ、強化ガラス越しに、愛する人が圧倒される姿を見つめることしかできない。


だが、極限状態のルナの脳裏には、二代目賢者シュウにまつわる、ある奇妙な**既視感デジャヴ**が去来していた。


力 vs 知性。英雄 vs 悪魔。


この絶望的な初戦で、シンタロウは「敗北」の二文字を初めて現実的な恐怖として感じることになる。


最強の男の前に立ちはだかった、理術の集大成。


シンタロウは、この鋼鉄の悪魔を打ち破ることができるのか?


第五章「鋼鉄の悪魔」、激闘の火蓋が切って落とされます!


俺たちが、カエサル時代の遺物である第三理術研究所にたどり着いたのは、その日の深夜だった。


老朽化した建物は、表向きは完全に放棄されているように見える。だが、俺の研ぎ澄まされた感覚は、その内部に複数の人間の気配と、巨大なエネルギーの脈動を感じ取っていた。


「……間違いない。奴らのアジトだ」


「どうしますか? 将軍に報告し、増援を待ちますか?」


物陰から様子をうかがいながら、ルナが尋ねる。


「いや、その時間はない。奴らが『賢者の礎』の破片をどうするつもりか、分からないからな」


俺は、決断した。


「俺が陽動をかける。その隙に、ルナは中に潜入して、状況を探ってくれ。危なくなったら、すぐに退け」


「……承知しました。シンタロウ様も、ご無理はなさらないでください」


俺は、研究所の裏手へと回り込み、高さ十メートルはあろうかという外壁の前に立った。

そして、わざと大きな音が出るように、力任せに壁を殴りつけた。


轟音と共に、壁に巨大な亀裂が走る。


「敵襲! 敵襲だ! 裏手へ向かえ!」


研究所の内部から、慌ただしい声と足音が響く。狙い通り、警備の兵士たちが陽動に食いついた。


その隙に、ルナが影に紛れるように、手薄になった正面ゲートから内部へと滑り込む。


だが、それは巧妙に仕組まれた罠だった。


ルナが完全に内部へ入った瞬間、けたたましい金属音と共に、分厚い隔壁が落下し、彼女の退路を断った。


「ルナ!」


「シンタロウ様!」


隔壁の向こうから、ルナの悲鳴が聞こえる。

そして、研究所の巨大な格納庫の扉が、ゆっくりと開き始めた。


闇の奥から現れたのは、悪夢そのものだった。


全長2.5メートルほどの、黒光りする鋼鉄の巨人。

それは、無機質な機械でありながら、まるで筋肉のように蠢く、不気味な生体組織が絡みついている。兜のような頭部からは、獣の角を思わせるアンテナが伸び、その中心で、単眼のレンズが、赤い光をぎらつかせていた。


『――ようこそ、英雄シンタロウ殿。お待ちしておりましたぞ』


巨人の体から、拡声器を通したような、甲高い声が響いた。

声の主は、カッシウス。


「貴様かっ!」


「いかにも! 我が名はカッシウス! 偉大なるカエサル様の意志を継ぐ者! さあ、ご対面いただこう! 我が生涯の最高傑作、そして、貴様の墓標となる『キマイラ』の雄姿をなァ!」


カッシウスの狂的な宣言と共に、キマイラが地を蹴った。

その動きは、巨体からは想像もできないほど、俊敏で滑らかだった。


俺は、怒りに任せて正面から拳を叩き込む。

だが、キマイラは、その拳を、自らの拳で正面から受け止めた。


ゴオオオオンッ!!


衝突の衝撃波が、周囲の地面をクレーターのように抉る。

俺の体は、初めて、力負けして後方へと吹き飛ばされた。


(馬鹿な……!? 俺の全力と、互角だと……!?)


驚愕する俺に、キマイラは容赦なく襲いかかる。腕から伸びる高周波ブレードが、俺の体を切り裂こうとする。


隔壁の向こう側で、ルナはなすすべもなく、強化ガラス越しにその光景を見つめていた。


(シンタロウ様の力が……通用しない? そんな馬鹿な……!)


彼女は、食い入るように鋼鉄の悪魔を観察する。その特異な形状、機械と生体が融合したかのような奇怪なデザイン……。


なぜだろう。初めて見るはずのその姿に、ルナは奇妙な既視感デジャヴを覚えていた。

脳裏の片隅に、ずっと昔に見た、ある本の余白の落書きが、陽炎のように揺らめく。


(あれは、確か、二代目賢者様の……)


だが、思考が繋がる前に、目の前の激闘が彼女の意識を引き戻した。


俺は必死で攻撃を避け、反撃を試みるが、キマイラの動きは、ルキウスとの訓練で戦ったどの達人よりも、冷徹で、効率的だった。


「どうですかな! 貴様のような原始的な暴力とは違う! 計算され尽くした、至高の破壊! これが、私の理術の集大成だ!」


カッシウスの嘲笑が響く。


このままでは、ジリ貧だ。俺は、思考を切り替えた。力で駄目なら、技で、速さで上回る。


俺は、キマイラの攻撃を最小限の動きでいなし、その巨体の死角へと潜り込む。そして、関節部や、生体組織が露出している箇所を、的確に狙い始めた。


「小賢しい!」


俺の動きに対応しきれなくなったキマイラの装甲に、少しずつダメージが蓄積していく。

そして、ついに決定的な隙が生まれた。


俺は、その好機を逃さなかった。全力の蹴りを、キマイラの胴体へと叩き込む。


「おおおおっ!」


凄まじい衝撃に、キマイラの巨体が大きくよろめき、後退する。

その胸部装甲が、大きく凹んでいた。


今だ! とどめを刺す!

俺が、最後の攻撃を仕掛けようとした、その瞬間。


キマイラの単眼が、警告音と共に激しく赤く点滅し始めた。


『チッ! もうエネルギー切れか! 使えん奴め! セプティムス、撤退だ!』


カッシウスの舌打ちが響く。

キマイラは、俺に背を向けると、脚部のブースターを吹かして、夜の闇へと飛び去っていった。


隔壁が開き、ルナが駆け寄ってくる。


「シンタロウ様、ご無事ですか!」


俺は、キマイラが消えた空を見上げたまま、呆然と立ち尽くしていた。


勝った、のではない。

ただ、見逃されただけだ。


自分と互角の、いや、それ以上の力を持つ、鋼鉄の悪魔。

俺の脳裏に、初めて「敗北」という二文字が、現実的な恐怖となって刻み込まれた。


ルナは、傷ついたシンタロウを心配そうに見つめながら、先ほど脳裏をよぎった既視感の正体を、必死に探ろうとしていた。


(あの落書き……一体、なんだったというの……?)


第五章 了

いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。

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今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします

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