第三章:揺らぐ同盟
英雄シンタロウが手に入れた「本物の日常」。
皇帝ルキウスと総帥ゼファルが築き上げた、確かな平和。
それらは全て、初代賢者アキラが身を賭して封印した**「賢者の礎」**という象徴によって支えられていた。
しかし、終戦から一年。
中立地帯の「礎の神殿」より、その聖なる石像が、跡形もなく消失した。
破壊の痕跡も、争いの形跡もなし。まるで、世界から煙のように消え失せたかのように。
この不可解な事件は、帝国とガルディアンの間に積み上げられた信頼を一瞬で崩壊させ、両国を一触即発の危機へと陥れる。
「誰が、何のために?」
老獪な政治家の陰謀、狂信者の野望、そして、世界を揺るがす禁忌の力の存在。
全ての糸は、この**「礎の消失」**という一点に収束する。
皇帝ルキウスは、平和を守るため、そして友を頼るため、静かに一つの決断を下す。
「もう二度と、この幸せを奪わせはしない」
二年間の平穏を破り、英雄が再び立ち上がる――!
シンタロウの再始動によって、物語は大きく動き始めます。第三章、「揺らぐ同盟」をご期待ください。
前作の終戦から、一年が過ぎた頃だった。
シンタロウとルナが穏やかな日々を送る一方で、世界は、皇帝ルキウスと総帥ゼファルの強力なリーダーシップの下、確かな平和を享受していた。
その象徴が、両国の国境に建てられた「礎の神殿」だった。
初代賢者アキラの犠牲を祀るその場所は、かつて憎しみ合った両国の民が、同じように祈りを捧げる聖地となっていた。
中央に安置された石像「賢者の礎」は、二度と過ちを繰り返さないという、人々の誓いの証そのものだった。
その日、一本の緊急報が、帝都を震撼させた。
――神殿より、「賢者の礎」消失。
***
「どういうことだ! 説明しろ!」
帝都の皇宮。かつてカエサルの執務室であった皇帝の間で、ルキウスは苦々しく報告官を問い詰めていた。
「はっ……それが、全く……。神殿の扉や窓に破壊された形跡はなく、争ったような痕跡も一切……。まるで、石像だけが、煙のように消え失せた、としか……」
「馬鹿を言え! あれがただの石ではないことくらい、貴様も知っているだろう!」
ルキウスは、深く息を吐き、こめかみを押さえた。
彼が皇帝に即位してからの一年、その治世は順風満帆だった。腐敗した元老院を一度解体し、有能な人材を登用。ガルディアンとの和平交渉も粘り強く続け、ついに盤石なものとした。
だが、この不可解な事件一つが、彼が積み上げてきた全てを、砂上の楼閣のように崩壊させようとしていた。
すでに、元老院では強硬派の議員たちが「ガルディアンによる窃盗だ!」「宣戦布告と見なすべきだ!」と騒ぎ立てている。
一方、ガルディアンの使者も連日皇宮を訪れ、「帝国側が女神の像を隠したのではないか」と、厳しい詰問を繰り返していた。
両国の間に生まれた信頼は、急速に疑心暗鬼へと変わっていた。
(……おかしい)
ルキウスは、冷静に思考を巡らせる。
(ただの盗賊の仕業にしては、手際が良すぎる。ガルディアンが盗む理由もない。彼らにとって、あの像は中立地帯にあるからこそ意味がある。ならば、帝国の内部犯か? いや、俺に何の利もないどころか、和平を壊すだけの愚行だ)
残る可能性は、一つだけ。
帝国にも、ガルディアンにも属さない、第三者。
この平和そのものを、快く思わない者。
(だが、誰が調査する? 俺が動けば、ガルディアンを刺激する。元老院の人間では、信用ならん)
ルキウスの脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。
この大陸において、唯一、帝国とガルディアンの双方から、ある種の敬意を払われている中立な存在。
そして、この事件の鍵である「賢者」に、誰よりも関わりの深い男。
ルキウスは、側近の一人を呼び寄せた。彼は、かつての「影の軍団」の生き残りであり、最も信頼できる部下だった。
「……シンタロウを探せ」
その声には、皇帝としてではない、一人の男としての響きがあった。
「皇帝が召喚している、と伝えるな。――友が、助けを求めている、とだけ伝えろ」
***
その報せが、俺たちの元に届いたのは、よく晴れた昼下がりだった。
俺は、庭の木陰で昼寝をし、ルナはその隣で静かに本を読んでいる。
鳥の声と、穏やかな風の音だけが聞こえる、完璧な午後。
そんな俺たちの静寂を破るように、一頭の馬が、猛スピードで駆けてきた。
馬から降りた男は、旅人のような装いをしていたが、その鋭い目は紛れもない戦士のものだった。
男は、俺の前に来ると、深々と片膝をついた。
「シンタロウ殿。我が主、皇帝ルキウス・アクィラより、緊急の書状をお持ちしました」
彼は、そう言うと、封蝋で固められた一通の書状を差し出した。
俺は、眠い目をこすりながら、それを受け取る。
書状に目を通すうちに、俺の顔から、穏やかな表情が消えていった。
「賢者の礎」が、消えた。
帝国とガルディアンの関係は、一触即発。
ルキウスは、俺に、事件の調査を依頼したい、と。
「……シンタロウ様?」
俺の様子の変化に気づいたルナが、不安げな顔でこちらを見ている。
俺は、書状から顔を上げた。
視線の先には、帝都へと続く、遥かな道が伸びていた。
「……ルキウスが」
俺の声は、自分でも驚くほど、硬くなっていた。
「俺を、呼んでいる」
1年間続いた、かりそめの平和。
その終わりを告げる鐘が、今、鳴り響いた気がした。
第三章 了
いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。
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