第二章:蠢く野心
【前書き】
平和な日常を取り戻した英雄シンタロウ。
だが、その日常を侵食しようとする影は、すでに世界中に張り巡らされ始めていた。
帝都の闇に潜む、一人の狂信者。
旧カエサル派の理術研究員リーダー、カッシウス。彼は、初代賢者の**『欠片』を手に、亡き主君の夢を叶えるため、禁忌の対賢者用兵器『キマイラ』**の完成へと、その手を染める。
そして、帝都の中枢に座する老獪な野心家。
元老院議員マルクス・カトーは、皇帝ルキウスの力を制御するため、**「適度な混乱」**を意図的に引き起こそうとする。
ガルディアンの荒野で、純粋な誤解から怒りを叫ぶ戦士。
総帥ゼファルへの不満を募らせるウルフガングは、「女神アキラの解放」という大義名分のもと、和平を打ち破る反乱の狼煙を上げる。
「世界を動かすのは、力だけではない。野望、狂気、そして、純粋な信念――」
三つの異なる場所で、三つの異なる思惑が、一つの悪意の連鎖を形成しようとしていた。
シンタロウの「本物の日常」は、この蠢き始めた野心から、逃れることはできるのか。
――全ては、二度目の戦乱への序章にすぎなかった。
カッシウスは、この日を忘れないだろう。
帝都の地下深く、カビ臭い彼の隠れ研究室で、人生で四度も味わった挫折が、今、至上の歓喜へと変わったのだ。
賢者の破片から検出されたエネルギー。それは、彼の理論を、そして亡き主君カエサルの夢を、現実のものとするための最後のピースだった。
『キマイラ』――対賢者用生体兵器。
かつて、若き日のカッシウスが総責任者として心血を注いだプロジェクト。だが、動力源と制御の問題を解決できず、計画は凍結。それが一度目の挫折。
再起動させたのは、二代目賢者シュウ。カッシウスのプライドを打ち砕いた、二度目の挫折。
シュウの死後、再び計画は凍結。三度目の挫折。
そして、カエサルの死と共に、カッシウス自身も中央から追いやられた。四度目の、決定的な挫折。
「だが、見ておいでください、カエサル様……! シュウの小僧がいなくとも、私一人で、貴方様の夢を完成させてみせますぞ!」
彼は、狂気的な笑みを浮かべた。
だが、この計画を完成させるには、圧倒的に資金と人材が足りない。
カッシウスは、一人の男に目をつけていた。
元老院議員、マルクス・カトー。
先の内乱後も、皇帝ルキウスと距離を置き、元老院の権威復興を訴える、老獪な政治家。彼ならば、あるいは――。
その頃、帝都の一等地に構えられたマルクス・カトーの屋敷では、主人が静かに書斎で書を読んでいた。
彼の元には、二つの密書が、ほぼ同時に届けられていた。
一つは、旧カエサル派の研究員を名乗る男、カッシウスからのもの。「帝国の新たなる盾」を開発するため、極秘の援助を願う、という内容。
もう一つは、東方の密偵からのもの。ガルディアン内部で、総帥ゼファルへの不満を募らせる強硬派の指導者ウルフガングが、反乱の機会をうかがっている、という報告だった。
「……フム」
カトーは、二つの密書を眺め、満足げに頷いた。
彼は、皇帝ルキウスを高く評価していた。だが、それゆえにこそ、恐れていた。
カエサルのように、絶対的な権力は、いずれ必ず暴走する。「独裁は、盤石な平和から生まれる」。それが、彼の揺るぎない信念だった。
必要なのは、皇帝の力を縛るための、適度な「混乱」と「危機」。
(ルキウスよ、お主も人の子。常に足元を脅かす脅威があってこそ、真の賢帝となれるものだ)
彼は、二つの駒を同時に動かすことを決めた。
カッシウスには、その「新たなる盾」とやらが賢帝の力を示す良い飾りになるだろうと甘言を弄して、資金を援助する。
ウルフガングには、彼の「正義」を支持する帝国貴族がいると匂わせ、武器と資金を援助する。
どちらも、カトー自身の手が及ばない、適度に制御された駒のはずだった。
老政治家は、自分が神にでもなったかのように、盤上の駒を動かし始めた。その駒が、やがて自らの想像を絶する怪物へと変貌することなど、知る由もなく。
東方の荒野。
夜の闇の中、数十の焚き火を囲み、屈強なガルディアンの部族長たちが集っていた。
その中心で、一人の大男が、力強く演説を行っていた。
反ゼファル派の指導者、ウルフガング。
「同胞たちよ! いつまで我らは、共和国の犬に成り下がるのだ!」
その声は、集まった戦士たちの心を震わせた。
「思い出せ! かつて我らは、ゼファル総帥と共に、荒野の母の名の下に血を流した! あの頃の総帥は、誰よりも誇り高い戦士だった! だが、今の総帥はなんだ! 敵に尻尾を振り、かりそめの和平に満足している腑抜けよ!」
ウルフガングの言葉に、多くの部族長が同調の声を上げる。
彼もまた、かつてはゼファルと共に戦い、その背中を尊敬していた。だが、和平路線に転換した友は、もはや彼の知る総帥ではなかった。
「聞け! 女神アキラは、我らを見捨ててはいなかった! 帝国の心ある貴族が、我らの義挙を支援してくれると申し出てくれた!」
ウルフガングが手を上げると、真新しい帝国の剣や槍が、部族長たちの前に差し出された。
「ゼファルの弱腰が、女神を怒らせ、石の姿に変えてしまわれたのだ! 我らが再び力と誇りを取り戻せば、女神は必ずや復活なされる!」
彼の言葉は、純粋な誤解からくる、だが、それゆえに純粋な熱を帯びていた。
「女神の解放」という大義名分は、和平に不満を抱いていた戦士たちの心を、瞬く間に一つにした。
「「「ウオオオオオッ!!」」」
荒野に、戦士たちの雄叫びがこだまする。
帝都の地下で夢を追う狂信者。
帝都の中心で盤上を操る野心家。
東方の荒野で正義を叫ぶ誤解者。
三つの野心は、まだ互いの存在を知らない。
だが、その三つの糸は、すでに絡み合い始めていた。
世界の平和を締め上げる、一本の固い綱となるために。
第二章 了
いつも『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』をお読みいただきありがとうございます。
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