第二十章:賢者の礎
いつもこの物語を追いかけてくださり、本当にありがとうございます。
ついに、この物語の最後の戦いが始まります。
シンタロウ対ルキウス。
かつて、同じ敵を討つために背中を預け合った友が、互いの譲れない正義のために激突します。
彼らの戦いの果てに待つものは何か。
そして、全ての元凶であった「召喚魔法」の運命は。
物語の結末を、どうか最後までお見届けください。
全ての始まりの場所、理術院。
その最奥にある召喚の間に、俺とルナはたどり着いた。
中央には、今も淡い光を放ち続ける、元凶である召喚の祭壇が鎮座している。
だが、そこは無人ではなかった。
祭壇の前には、皇帝の装束ではなく、かつてと同じ漆黒の軍服をまとったルキウスが、近衛兵を従えて静かに立っていた。
彼は、俺がここへ来ることなど、全てお見通しだったのだ。
「……やはり来たか、シンタロウ」
その声は、皇帝としてではなく、一人の友としての響きを帯びていた。
「今ならまだ、引き返せる。これが最後の警告だ」
「あんたこそ、道を空けてくれ、ルキウス」
俺は、静かに首を横に振った。
「俺は、もう決めたんだ」
俺たちの間に、もはや言葉はなかった。
互いの瞳が、それぞれの譲れない正義を物語っていた。
ルキウスが、ゆっくりと剣を抜く。
「ならば、皇帝として、帝国への反逆者たる貴様を、ここで討つ」
「……ああ。かかってこい、ルキウス」
それが、最後の戦いの合図だった。
ルキウスの近衛兵たちが、一斉に俺へと襲いかかる。だが、今の俺にとって、彼らは敵ではなかった。
俺は、彼らを殺さぬよう手加減しながら、的確に無力化していく。
その隙に、ルキウスの剣が、俺の心臓をめがけて音もなく突き出された。
半年。彼が帝国を再建している間、俺もまた、アキラの元で己を磨き続けてきた。
俺は、その切っ先を紙一重でかわし、反撃に転じる。
俺たちの戦いは、壮絶を極めた。
ルキウスは、俺の力の全てを知り尽くしている。俺の攻撃パターン、思考の癖、その全てを読み切り、的確に隙を突いてくる。
俺もまた、彼の剣技を知っている。彼の非情なまでの合理性と、その奥にあるわずかな甘さを。
かつて背中を預け合った友だからこそ、互いの全てが手に取るように分かる。
戦いは、拮抗した。
だが、俺には焦りがあった。この戦いが長引けば、ルキウスの思う壺だ。
「決める……!」
俺は、ついに魂の燃焼を開始した。
体の奥底から、灼熱の力が湧き上がってくる。俺の拳が、青白い光を帯び始めた。
それを感じ取ったルキウスもまた、覚悟を決めたように、その剣に全神経を集中させる。
俺の破壊の拳と、ルキウスの必殺の突き。
二つの力が激突し、全てが終わる――。
その、はずだった。
突如として、部屋の中央にある召喚の祭壇が、まばゆい光を放った。
俺が解放した膨大な賢者の力に、祭壇が共鳴し、暴走を始めたのだ。
空間が歪み、凄まじいエネルギーの嵐が吹き荒れる。
光の柱の中から、一人の少女が、静かに現れた。
「――やっぱり、こうなっちゃったわね」
初代賢者アキラは、悲しげに微笑んでいた。
彼女は、俺とルキウスの間に立つと、その両手を軽く広げた。
それだけで、俺たちの必殺の一撃は、まるで幻だったかのように霧散した。
「アキラ……! なぜ……」
「坊やの力が暴走して、祭壇が起動しちゃったのよ。おかげで、強制的に召喚されちゃったわ」
アキラは、暴走する祭壇を見つめた。
「もう、止めないとね。この、悲劇の連鎖は」
彼女は、俺とルキウスに、最後の告白を始めた。
「この召喚魔法は、もはや誰にも制御できない。破壊しようとすれば、そのエネルギーが暴走して、この国ごと消し飛ばすでしょう。かと言って、残しておけば、いつかまた、あなたたちのような犠牲者を生む」
「じゃあ、どうすれば……」
「道は一つだけよ」
アキラは、決意を秘めた瞳で、俺たちを見た。
「私が、この魔法の『核』そのものになる。私自身が、永遠にこの魔法を封印し続けるための『礎』となるの」
それは、彼女自身の存在を犠牲にするというに等しい、あまりにも壮絶な覚悟だった。
彼女は、ゆっくりと祭壇へと歩き始める。
「坊や」
彼女は、俺に向かって振り返った。
「あなたは、偽物なんかじゃない。たくさんの選択をして、苦しんで、ここまで来た。それは、紛れもなく、あなただけの本物の人生よ。……だから、生きなさい。あなただけの意味を見つけて」
そして、彼女はルキウスを見た。
「皇帝陛下。もう、カエサルの轍は踏まないで。力で恐怖を縛るのではなく、その力で、弱き者を守ってあげて」
それが、彼女の最後の言葉だった。
アキラが、暴走する祭壇の光にその手を触れた瞬間、彼女の体は無数の光の粒子となって、祭壇の中へと吸い込まれていった。
荒れ狂っていた光は、急速にその勢いを失い、やがて、完全に沈黙した。
後に残されたのは、一切の光を失い、ただの石像のようになった、静かな祭壇だけだった。
彼女は、その身を賭して、全ての元凶を、永遠に封印したのだ。
後に、その祭壇は「賢者の礎」と呼ばれるようになった。
戦う理由を失った俺とルキウスは、ただ黙って、その光景を見つめていた。
やがて、ルキウスが口を開いた。
「……行け、シンタロウ。もう、貴様を縛るものは何もない」
俺は、黙って頷くと、ルナの手を取って、その場を後にした。
* * *
あれから、数年の時が流れた。
皇帝ルキウスの治世の下、帝国は真の平和を謳歌していた。
彼はアキラの最後の言葉を守り、力による支配ではなく、対話による統治を推し進めた。宿敵であったガルディアンとも正式に和平条約を結び、両国の国境には、アキラを祀る小さな神殿が建てられた。
そして、俺とルナは。
首都の外れにある、小さな村で、穏やかに暮らしていた。
俺は、畑を耕し、ルナは、村の子供たちに文字を教えている。
時折、俺の規格外の力で、村の水路を作ったり、倒木を片付けたりもする。
村人たちは、そんな俺を「力持ちのシン」と呼び、家族のように接してくれた。
俺は、偽りの存在としてこの世界に生まれた。
その事実は、変わらない。
だが、この手にある温もりも、愛する人と笑い合うこの日常も、紛れもない「本物」だ。
作られた命でも、その意味は、自分で作ることができる。
俺は、空を見上げた。
どこまでも青い、この世界の空を。
俺は、この世界で生きていく。俺だけの「本物の意味」を、この胸に抱いて。
第二十章【了】
最終章『賢者の礎』、そして、この物語の最後までお付き合いいただき、誠に、誠にありがとうございました。
シンタロウとルキウスの戦いは、アキラという最大の犠牲によって、決着を迎えました。
憎しみ合うのではなく、互いの道を受け入れて別れる。それが、彼らが見つけ出した答えでした。
皇帝となったルキウスが、賢帝として歴史に名を残すことを、そして、シンタロウとルナが、穏やかな幸せを掴んだことを、心から願います。
この物語で描きたかったのは、「作られた存在」である少年が、いかにして「本物の意味」を見つけ出すか、ということでした。
偽りの命として生まれた彼が、愛する人と出会い、友と戦い、自らの意志で未来を選び取った。その軌跡そのものが、彼の人生が本物であったことの証明だったのだと、私は思っています。
長い間、シンタロウたちの理不尽で、不器用な旅にお付き合いくださった全ての読者の皆様に、心からの感謝を。
皆様からのブックマークや評価、そして温かい感想があったからこそ、この物語を最後まで書ききることができました。
彼らの物語はここで幕を閉じますが、皆様の心の中に、少しでも何かを残すことができたなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。
本当に、ありがとうございました。
【完】
作者:品川太朗
こちらの作品は『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』のダイジェスト版です、内容も微妙に違います、もしご興味が湧きましたら
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今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします




