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第二章:独裁官の剣

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

作者の品川太朗です。

前回のラストで「賢者」だと告げられた主人公シンタロウ。

ここから華々しい活躍が……とはいきません。

彼を待っていたのは、想像以上に厳しい現実でした。

才能の壁、そして元の世界へ帰れないという絶望。

与えられた力が祝福ではなく呪いだと知った時、少年が初めて見せる、剥き出しの感情にご注目ください。

それでは、第二章『独裁官の剣』をお楽しみください。


召喚から数日が過ぎた。

俺、シンタロウの戸惑いは、話を聞けば聞くほど深まっていた。

目の前の少女ルナは、俺にこの世界の言葉や常識を教えてくれる唯一の教師だった。

そして彼女は奴隷なのだという。俺に仕えるためだけに、何年も前から教育されてきた、と。西暦2025年の日本で生きてきた俺にとって、それは物語の中の存在でしかなかった。

「そんな……」

俺が当然の反応を示すたび、ルナはわずかに眉をひそめた。

「わたくしは、三代目賢者様にお仕えするために生きております。それが存在意義。不満などありません」

彼女の言葉は、まるでプログラムされたかのように淀みない。俺の常識が、この世界では全く通用しないと思い知らされた。

そして肝心の理術の修行は、全くもって芳しくなかった。

正直に言えば、俺はすでに諦めかけていた。

「なんだよこれ、数学とか物理とか……全然わかんないんだけど」

理術とは、俺の故郷の言葉で言えば科学そのものだった。全てが物理法則に従う。俺が想像していたような、イメージを具現化する訓練はなく、ひたすら難解な数式の講義を受けているようなものだった。

「要はですね、ご自身の精神内に正確な術式回路を構築し、そこに世界の根源エネルギーである理力を流し込むのです。そうして初めて、現象として現れるのが理術なのです」

ルナは基礎の基礎を辛抱強く説明するが、彼女もまた諦めかけていた。俺は話を聞いてはいるが、その顔は今にも眠りそうだ。

シンタロウを見るルナや、時折様子を見に来る研究員たちの視線が、あからさまに失望の色を帯びてきたことに、俺自身も気づき始めていた。

慣れない環境、孤独、やりたくもない勉強の強制。そして、勝手な期待と、あからさまな失望。

俺の中で、何かがぷつりと切れる音がした。

きっかけは、俺に見せつけるようにため息をついた、一人の研究員だった。

怒りが、思考よりも先に体を動かした。

俺は椅子を蹴り飛ばして立ち上がると、観察していた研究員の胸ぐらを掴み、片手で軽々と持ち上げた。あまりの速さに、誰も反応できない。

「なんなんだよお前ら! 勝手に呼び出しておいて、説明もなしに勉強しろだぁ? ふざけるな! 人を馬鹿にしやがって!」

俺の怒声に、その場にいた誰もが凍りつく。

「シンタロウ様、待って、止めてください!」

我に返ったルナが、慌てて止めに入った。パニックのせいか、日本語がたどたどしい。

「うるさい! ルナだってもう俺を馬鹿だと思ってるんだろ! ああそうだよ、俺は馬鹿だよ! 二代目賢者みたいにはなれない! もう分かっただろ、元の世界に帰せよ! それでまた優秀な奴を召喚すればいいじゃんか!」

俺の叫びに、ルナは何も言い返せなかった。図星だったのだろう。

掴んでいた研究員に、俺はもう一度怒鳴った。

「こいつに通訳しろ、ルナ! 俺を元の世界に帰せって!」

ルナは俺の言葉を、震える声で研究員に伝えた。

だが、返ってきた言葉を聞いた彼女は、気まずそうに俺に向き直る。

「……それは、不可能だ、と」

その答えを聞いた俺は、掴んでいた研究員を壁に叩きつけると、その頭のすぐ横を思い切り殴りつけた。壁に巨大な亀裂が走る。

「なんでだよ! なんで不可能なんだ!」

怯える研究員から目を離さず、俺は問い詰める。パニックに陥った研究員は、通訳を待たずに早口で何かをまくし立てた。

ルナが、絶望的な事実を俺に告げる。

「その……元の世界に返す理術は研究すらされておらず、可能かどうかも不明である、と。召喚自体が二十年に一度しか成功しない極めて不安定なもので、仮に戻す理術が完成したとしても、試せるのは早くても二十年後になるだろう、と……」

「はあ? 二十年後だと……?」

男の必死の形相から、嘘を言っているようには見えなかった。

俺の体から、力が抜けていく。

「わかんないって……なんだよそれ……」

怒りの矛先を失い、俺は呆然と立ち尽くす。

その時だった。背後で隙をうかがっていたもう一人の研究員が、護身用の理術――電撃を放った。

バチッ!と空気が裂ける音と共に、全身を凄まじい衝撃が貫く。

以前の俺なら一撃で意識を失っていたであろう、手加減なしの一撃。

意識が飛びそうなほどの苦痛。だが、それを耐えきった時、次に湧き上がってきたのは、純粋な殺意だった。

俺は掴んでいた男を投げ捨て、電撃を放った男に向かって必殺の拳を振り上げる。

その場にいた誰もが、最悪の結果を覚悟した。

だが――。

「シンタロウ様っ!」

瞳に大粒の涙を溜めたルナが、俺の前に立ちはだかった。

「やめてください……! これ以上は、取り返しのつかないことに……!」

ルナの悲痛な叫びは、怒りに燃える俺の頭に冷水を浴びせた。目の前で震える少女の姿に、俺の拳から力が抜けていく。振り抜かれようとしていた拳は、ルナの顔の数センチ手前で、ぴたりと止まっていた。

もし彼女が止めなければ、俺は間違いなく、この研究員を殺していただろう。

その事実に、血の気が引いた。

「……ごめん」

絞り出すように謝罪すると、俺はその場に座り込んでしまった。

重い沈黙が流れる。気絶した研究員、怯えるもう一人、そして涙を流すルナ。俺が作り出した惨状が、そこにはあった。

事件の後、研究者たちはシンタロウの処遇について話し合った。

この一件を元老院――いや独裁官カエサルに報告すべきか?

カエサルは、シンタロウに理術の才能がないと聞いてすでに機嫌を損ねている。その上、自分たちの管理不行き届きで賢者が暴れたなどと報告すれば、どんな罰が下るか分からない。

頭を悩ませた末に、彼らは決断した。

この件は、なかったことにする。

自分たちが黙っていれば、何も起こらない。それが彼らの結論だった。

この判断が、シンタロウとルナ、そして共和国の未来に何をもたらすのか。

それは、賢者にすら予見できないことだった。


第二章 了


第二章をお読みいただき、ありがとうございます。

才能の壁、帰れないという絶望、そして感情の爆発……。

今回はシンタロウにとって、非常に辛い回となりました。

ルナがいなければ、彼は取り返しのつかない一線を越えていたかもしれません。

さて、研究員たちは今回の事件を「隠蔽」することを選びました。

しかし、規格外の力を持つ『壊れた人形』を、このまま放置しておけるはずがありません。

彼らの甘い考えは、一人の男の登場によって打ち砕かれます。

共和国で最も冷徹で、最も現実的な男――。

次回、ついに将軍ルキウス・アクィラが登場します。

物語が、そしてシンタロウの運命が、大きく動き出します。

面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、ブックマークやページ下の☆での評価をいただけますと大変励みになります。

それでは、また次回の更新でお会いできますことを願っております。


こちらの作品は『異世界に召喚された俺は「壊れた人形」と蔑まれた偽物の賢者らしい。~疲労を知らない肉体と規格外の怪力で、腐った国家の道具にされた僕は、やがて自らの存在を賭けて反逆の剣を振るう~』のダイジェスト版です、内容も微妙に違います、もしご興味が湧きましたら


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