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第十章:初代賢者の告白

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

自らが「作られた存在」であるという真実を知り、絶望の底にいるシンタロウ。

そんな彼に、初代賢者アキラが、自らの過去と、この世界の歪みの根源を語り始めます。

それは、英雄と呼ばれた賢者たちの、二代にわたる悲劇の物語。

そして、独裁官カエサルが生まれるに至った、哀しい真実。

なぜ世界は歪んでしまったのか。

物語の全ての謎が解き明かされ始める第十章、お楽しみください。

 俺の絶叫は、やがて嗚咽に変わり、そして乾いた静寂に消えた。

 俺は、もはや人形ですらなかった。糸が切れ、床に転がった、ただのガラクタだった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 俺が顔を上げると、アキラは変わらず静かにそこに座っていた。その瞳には、憐れみでも嘲笑でもなく、ただ深い、あまりにも深い諦観の色が浮かんでいた。


「……辛いでしょうね」


 彼女は、初めて穏やかな声で言った。


「自分の存在が、根っこから偽物だと知るのは。……私にも、覚えがあるから」

「お前も……?」

「ええ、そうよ」


 アキラは自嘲気味に微笑んだ。


「私も、あなたと同じ。四十年前、この世界に『コピー』として生み出された、初代賢者よ」


 彼女は、遠い過去を懐かしむように、ゆっくりと語り始めた。

 それは、一人の賢者の告白であり、この世界が歪んでしまった元凶の物語だった。


「四十年前、私も日本の、ごく普通の女学生だった。召喚された当初は、希望に満ちていたわ。共和国の人々は私を『女神の娘』と呼び、崇めた。私は彼らのために、持てる知識のすべてを使って国を豊かにした。友達もできた。愛する人だって……できたのよ」


 彼女の顔に、一瞬だけ、幸福な記憶の残滓が浮かぶ。だが、それはすぐに陰った。


「でもね、人間は愚かなの。彼らは、自分たちの手に負えない力を恐れた。私の力が強大になりすぎることを恐れた元老院は、私を裏切った。私を殺せないと知るや、私の大切な人たちを、私の目の前で……殺したわ」


 その声は、静かだったが、底なしの憎悪が滲んでいた。


「だから、私は首都を焼いた。怒りと絶望に任せて、私の全てを奪った者たちを、灰になるまで焼き尽くした。でも、残ったのは虚しさだけだった。だから決めたの。もう二度と、この世界の歴史には干渉しない。ただの『傍観者』でいよう、とね」


 アキラの壮絶な過去に、俺は言葉を失った。彼女もまた、この世界の理不尽さに弄ばれた犠牲者だったのだ。


「それから十五年後。私が歴史から姿を消した後、共和国は愚かにも、また召喚を行った。それが、二代目の賢者シュウ」

「二代目……」

「彼は、私とは正反対の人間だったわ。争いを好まない、心優しい学者。彼は、私が破壊した首都の復興に尽力した。本当に、ただ人々を救いたいと願う、お人好しだった」


 アキラは続ける。その物語に、もう一人の男が登場した。


「当時、シュウには一人の親友がいた。若く、理想に燃える一人の将校。彼の名は、カエサル・リベリウス」

「……カエサル!」

「そう。今の独裁官よ。当時、彼はシュウと共に国の再建を目指す、最高のパートナーだった。シュウの知恵と、カエサルの行動力。二人がいれば、国は正しく復興できたはずだった」


 だが、とアキラは続けた。その声には、深い哀しみがこもっていた。


「歴史は繰り返すのよ。再び、元老院が賢者の力を恐れた。彼らはシュウの暗殺を計画し……そして、実行した。カエサルがそれに気づいた時には、全てが手遅れだった」


 親友を目の前で失ったカエサルの絶望は、アキラが経験したものと同じくらい深かったのだろう。


「シュウを失ったカエサルは、復讐の鬼と化した。彼は元老院の腐敗した議員たちを全員処刑し、その混乱を収めるという名目で、全権力をその手に掌握した。……そして、独裁官となったのよ」


 俺は、ようやく全てを理解した。


 カエサルの独裁は、親友を失った深い絶望と、賢者という存在への強烈な恐怖心から生まれていたのだ。

 二度と、あんな悲劇を繰り返させないために、国を、情報を、力を、完全にコントロールしようとしている。


「今のカエサルは、恐怖に支配された亡霊よ。そして、彼の恐怖の根源は、召喚魔法そのもの。だから、彼は賢者を『壊れた人形』と呼び、その力を恐れ、完全に管理できる『道具』にしたがる」


 アキラは、俺の目をまっすぐに見つめた。


「あなたも、シュウと同じ道を辿るところだったのよ」


 俺の中で、何かが変わった。

 自分自身の存在が偽物であるという絶望は、消えていない。

 だが、それよりも熱い、新たな感情が、心の芯から湧き上がってきた。


 それは、冷たく、静かな怒りだった。


 シュウという、会ったこともない賢者への同情。

 彼を失い、恐怖の独裁者へと成り果てたカエサルへの憐れみ。

 そして、何より、俺やシュウのような犠牲者を生み出し続ける、この世界の理不尽そのものへの、どうしようもない怒り。


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 足は、もう震えていなかった。


「……カエサルを、止めなければならない」


 俺の口から、自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。


「そして、元凶である『召喚魔法』を、この世から完全に消し去る」


 それが、作られた存在である俺が見つけ出した、俺だけの「本物の目的」だった。

 偽りの命に与えられた、最初の、そして唯一の、俺自身の意志。


 アキラは、そんな俺の姿を、初めて満足そうな目で見つめていた。


第十章 了

第十章、お読みいただきありがとうございました。

今回は世界の謎に迫る、告白の回でした。

賢者たちの悲劇、そして独裁官カエサルの誕生秘話。

この世界の歪みが、少し見えてきましたでしょうか。敵であるはずのカエサルにも、同情すべき過去があったのです。

そして、絶望の底で、シンタロウはついに自らの意志で立ち上がりました。

「召喚魔法の消滅」という、新たな目的を胸に。

偽りの少年が、本物の反逆者となるための、これが第一歩です。

さて、シンタロウが世界の真実を知る裏で、外の世界もまた、大きく動いています。

捕らえられた将軍ルキウス。そして、一人残された奴隷の少女ルナ。

彼女もまた、ただ守られるだけの存在ではありません。

次回、視点は再び外の世界へ。

一人の少女の、覚悟と決断が描かれます。

物語は新たな展開へ!面白いと思っていただけましたら、ぜひブックマークやページ下の☆での評価で応援していただけると嬉しいです!

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。

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