異世界の恩恵
ごもっともだと思う。
こくり、と頷く我々に『Vtuber以外の就労支援も行っておりますので、お気軽にお申しつけください』と言う三体。
母は「わたくし、Vtuber適性があまり高くなかったから計算のお仕事などしたいわぁ」と希望を言うと『考慮してご紹介いたします』と私たちのいるソファーの方へオズワルドを連れてきてくれる。
残念ながら、居住者証明カードがないとレストランを利用ができない。
居住者証明カードの発行には三十分くらいかかる。
父のカードの発行までは十分きっているので、父のカードが発行されたらそのカードでレストランに行って食事をしながら私たちのカードができるのを待てばいい、と言われた。859さんに。
『また、皆様がご希望されましたら、生活が落ち着くまで我々ARNシリーズがお一人お一人にサポートをさせていただくことも可能です。現在こちらに三個体おりますので、もう一個体呼び寄せ、お一人お一人個別サポートをさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?』
「執事のようなことをしてくれる、ということかな?」
『はい。そのように思っていただいて構いません。恐縮ですが、できないこともございますが。いかがでしょうか?』
ちらり、と父が私たちの方を見る。
海岸からここに至るまで、この球体たちは一切敵意も害意もない。
信用、してもいいのか?
だが、この異世界で他に頼るものもない。
信用半分でこの球体たちに頼り、ひとまずの生活基盤だけでも整えるしかないだろう。
彼らとしても未知の世界から来た我々を、監視しておきたいのかもしれないし。
「そうだな。この世界で生活をしていく以上、しばらくの間は色々教えてくれると助かる。我々がいた世界とはだいぶ異なるからな」
「私もそう思う。ぶいちゅーばーという仕事は未知のものすぎて、ちゃんと教わらないとどうしていいのかわからない」
『了解いたしました。それでは、585はアネモネへ』
『614はオーズレイへ』
『859はジュリアナへ』
『初めまして。個体ナンバー1420です。1420はオズワルドへ個別サポートを行いたいと思います。よろしいでしょうか?』
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
どこからともなく四つ目の球体が現れた。
これで我々家族全員にそれぞれ個別の球体がサポートについてくれることになったわけか。
『お待たせしました。オーズレイの居住者証明カードが発行される時間になりました』
さらに数分後、ようやく父の居住者証明カードが発行される。
先程のカウンターに行くと、円形のマークが浮かび上がり、蓋のように開くとそこにカードが鎮座していた。
父がそれを受け取ると、満面の笑みで「レストランで朝食だ!」と叫ぶ。
昨日の昼からなにも食べていない我々は、自分の居住者証明カードを後回しにして父の居住者証明カードでレストランへ直行した。
『いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ』
「箱が喋った……!?」
『自動発券機です。食べたいメニューのボタンを押して、食券を発券してください。食券をカウンターに持っていくことで注文完了となります。こちらのレストランの配膳係は時給1400ラームで募集しております』
「ラーム?」
『この町の通貨です。あまり贅沢をしなければ、30万ラームほどで生活ができます。一家四人が一つの家で日々三食食べていくのにはお一人約15万ラームあれば問題はないかと思います。もしもお一人暮らしをされるのであれば、Vtuber手当の有無と住む物件にもよりますが、およそ25〜30万ラームあればよいかと存じます』
『また納税することで、公共のサービスを受けられるようにもなります。詳しくは都度、我々にお問い合わせください。ご説明いたします』
「ふむ……そのあたりのやり方は国と同じか。ちなみに、この町の長に挨拶はできるかな?」
貴族であれば町を治める者に顔を通しておきたいのは当たり前だ。
それに対して球体たちは『なにかご意見やご要望がある時に、我々を通していただければその都度検討の上対応いたします』『センタータウンを治めるのは我々を製造した製造主です』『面会申請をご希望ですか?』と口々に話してくれた。
父は「ぜひ一度ご挨拶を」と面会の申請をする。
四体は『了解しました』『面会申請をしました』『スケジュール調整をしますのでしばらくお待ちください』とのこと。
「姉様、どうしよう」
「うん? どうした? オズワイド」
「メニューが、知らないものばかりで……」
「どれどれ……? ……本当だ……文字はなんとか読めるけれど、名前だけではどんなメニューかわからないな」
困り果てていると585さんが『中央部をご覧ください』というので姉弟揃って中央部に視線を移す。
画面にメニューの品と、メニューの名前が浮かび上がってきた。
「「すごい」」
「でもどれも見たことがないわね」
「使用食材も書いてあるな。ふむふむ……お、ポトフなら我々も知っているな」
「ハンバーグも知っています! オズワイド、ハンバーグなら食べられるんじゃないか?」
「はい」
オズワイドが嬉しそうに頷く。
――なんだか、いつも無表情のオズワイドが、久しぶりに笑顔を見せてくれた気がする。
「体はつらくないのか?」
「はい。ここに来てからまったく。重い感じもないですし、むしろ……時間が経つにつれ体が楽になっている気がします」
「まあ、本当!?」
「魔力不足が改善したということか?」
『我々の中には人工魔石が内蔵されておりますので、それを媒介にオズワイドの適性魔力を流しております。入居者の体調管理サポートも我々ARNの職務です。他の不調も感じ次第ご相談ください』
「本当に!? まあ、まあ! ありがとう、新しいARNさん!」