女神の降臨石
「その国王を治癒するのでしたら最後の慈悲で手伝ってやってもいいですよ。アネモネもその方が心残りがないでしょう?」
「は、はい! よろしいのですか!?」
「いいですけど、その代わり貸し2、ですよ」
「あ、あばばばば……」
思わず変な声が出る。
しまった、そうだった。
ナターシャさんに治癒のお願いをする場合は貸しが発生するんだった。
ナターシャさん級の歌みたなんて、今の私の歌唱力では絶対に無理……!
でも、国王陛下にも元気になっていただきたい。
でも、ナターシャさんに治癒を頼むと貸しが……貸しが……!
「ち、ちなみに貸し2はなにでお返ししたらいいとかありますか?」
「まず勘違いしていると思うので一つ、忠告ですけどね」
「え?」
「貸し2って、文字通り二個ですからね?」
「ヒュッ」
喉がまた変な音を出す。
ほ、ほげぇえええ……!?
ナターシャさんが立てた指は二本!
倍に……倍になるということ!?
まさか、もしももう一人治癒してください、なんてことになったらさらに倍に……?
「貸し3になったらプラス三つになりますからね? つまり、今アネモネはわたしに対して三つ分のお願いを聞いてもらわねばならず、次にわたしに何かお願いしたら六つお願いを聞いてもらうことになりますからね?」
「あばばばばば……」
「も、もう、ナターシャ様。いじめすぎですわよ」
「人に物を頼むとどうなるのか箱入り娘に教えておかねばなりません。何事も無料ではないのです」
ぐっ……真理……!
「毒だけでしたらわたくしの力で治癒できますわ。洗脳にまで至っていた場合はナターシャ様にお願いしなければなりませんけれど」
「ハッ! そ、そうか! ではオリヴィア先輩にお願いしていいですか!?」
「もちろんですわ。ですが、王都はここから遠いのですわよね?」
「そうですね」
国王陛下のいる場所は王都。
ここから馬車で一時間余り。
レオンクライン様はひとまずこの要塞を拠点として、まずは王都に手紙を送って味方を呼び寄せるという。
そこからここに力を集め、王都の力を弱めて一気に畳みかける。
「その時が来たら、またお二人のお力をお借りしてもよろしいですか?」
レオンクライン様がナターシャさんとオリヴィア先輩に向かって、真剣な眼差しを向けた。
オリヴィア先輩はすぐに「ええ、もちろん」と聖女らしい微笑み。
ナターシャさんは「おいくら出せます?」と手がお金のジェスチャー。
あれ? ナターシャさん……?
結構……あの……え?
「適正価格を提示していただければお支払いします」
「いいですね。そうこなくては。……この世界の通貨がわたしの世界では使えないと思いますから、王子様にも落ち着いたらVtuberにデビューしていただきましょうか」
「ええ……!?」
「ぶ、ぶいちゅうばあ?」
「まあ、落ち着いたらで結構ですよ。そのためにもあなたにこれを授けましょう」
「は、はい?」
ナターシャさんが手のひらを上に向けて、唇を開く。
澄んだ歌声が響き、それに呼応するように手のひらの上に強烈な光が集まり始める。
それが黄金のダイヤの形を取り、手のひらに落ちた。
「それは……?」
「この島の女神、アルクレイドの降臨石。彼女の声を直接聴く力を持つ石です」
「――は……?」
私もレオンクライン様と同じ情けのない声を漏らしたと思う。
女神アルクレイド様の声を、直接?
それは『天啓の乙女』のようなもの、ということ?
「声だけですよ。結界の媒介としての力はありません」
「えっと……では『天啓の乙女』の代替え品というものではない、ということですか?」
「ええ。ですが媒体となりえる乙女は、この石を持つだけで声が聴こえるようになります。要するに試金石というやつですね」
「試金石……!」
つまり【天使召喚】を使えずとも、この石の声を聴ける者が『天啓の乙女』として認めてよい、ということなのか。
それは便利かもしれない。
しかし、なぜそんなものをナターシャさんが……?
「確かにこれがあれば『天啓の乙女』が見つかりやすくなるかもしれませんが……【天使召喚】という『天啓の乙女』にしか使えない証明があるにも関わらずなぜこれを?」
「今回の件でその【天使召喚】を模した白魔法を使う者が現れたからですよ。女神アルクレイドが言うには、『この石を十四歳の平民の娘たちに触れさせよ』とのことです」
「平民……!?」
「今代の『天啓の乙女』がなかなか現れないのは、貴族の中でばかり探しているからなのだそうです。今代の『天啓の乙女』は平民の中にいる――だ、そうです」
「平民の中に!?」
これには私も驚いた。
先程女神の力が強まったから、男性も『天啓の乙女』になれると言っていたけれど……まさか、平民からだなんて!
「『昨今の王侯貴族は心の歪んだ者が多くて、器としての価値が著しく低くなってる』そうです。性悪が増えて使えないってことですね。『だから心の健やかな平民の娘から器を選ぶ』とのことです。理解しました?」
「あなたは女神アルクレイドの声が聴こえるのですか……!?」
「わたしは元々神の声を聴く一族の末裔なのですよ。神霊に育てられているので、神の声はよく聴こえるのです」
「そのような……。わかりました。お預かりいたします」
その石で平民から『天啓の乙女』を見つけてくれば、レオンクライン様の地位は安泰となる。
ただ、十四歳ともなるとさすがに王妃にはできない、か?