元凶の正体
少しの沈黙。
それからレオンクライン様が大きく息を吸って、吐いた。
まるでそれを区切りとするかのように、ゆっくりと立ち上がって背伸びをしたレオンクライン様の表情は、とても清々しく見える。
「レオンクライン様」
「うん。大丈夫。そうだね。私の覚悟が圧倒的に足りていなかった。甘かったんだね。自分の母親に疎まれているというのも、認めたくなかったんだと思う。子どもだったんだね、全体的に。愚かだった。王族として、次期王太子として教育を受けてきたのにも関わらず、私は弱い。弱かった」
「そんな……」
私はレオンクライン様が努力していたのを見てきた。
それなのにそんなふうに言わないでほしい。
あなたはあんなに頑張ってきていたのに?
でも、言っていることはとてもよくわかる。
レオンクライン様は努力していた。
私も、私なりに努力していた。
努力を惜しまずにやってきていたとしても、その努力を裏切るような覚悟を貫く精神力はなかったから。
きっとレオンクライン様も、私と同じく覚悟がなかった。
できていなかった。
こればかりは本人の心の持ちよう。
私からなにか言うことはできない。
まして、私はこの国から去るのだ。
むしろレオンクライン様の覚悟が決まって、お一人で立たれる姿を見て安心して去りたいとさえ思ってしまう。
「そうだね。強くならねば。優しくする相手を選ばなくてはいけないのだね」
「そうですね。王族である以上、非情になることは必要でしょう。非情になることができないのなら、あなたは国王になることは向いていない。とはいえ、身内を毒で押し退け、実の父すら陥れようとし、女を力づくで手に入れようとするような小物はもっと王に向いていないですね」
「そうですね。そこまでのことをするのなら、私は弟を……実母を――裁くことにも罪悪感など持つものではない」
目を閉じて、開けて、はっきりそう告げる。
レオンクライン様はお母様――王妃様から愛情を受けておられない。
どうやら弟のアークラッドの方が彼女にとっては可愛くて可愛くて仕方がないようなのだ。
レオンクライン様の婚約者を早く決めろ、と私に婚約者候補たちの査定を行わせたり、あの時のお茶会も王妃様の主催。
アークラッドの言うことはなんでも聞いて、レオンクライン様の言葉はほとんど届かない。
同じ血を分けた子どものはずなのに、なぜ差別するのかずっとわからなかった。
正直、今もわからない。
けれど母に言わせると「愛情を一人にしか注げない人種なのでしょう」とのこと。
私の母は私のこともオズワイドのことも、そして別の種類の愛情で父のことも愛してくれている。
けれど世の中には、愛情は一種類だけで、たった一人にしか愛を注げないという人種が存在するんだそうだ。
それがその人の『価値観』と言われてしまえばそれで終わりなのだが、近くなれば誰でも王妃様のそういう愛の傾け方は感じ取ることができるだろう。
親子であるレオンクライン様は尚更。
国王陛下も、その極端な愛情の傾け方には気づいていただろうが、注意してどうにかなるものではない。
まして王侯貴族の結婚は政治だ。
そこに情などない。
だから私だってアロークスとの婚約について悩んだし、レオンクライン様にはせめてレオンクライン様を慕う令嬢と恋をして幸せになっていだければと思ったのだ。
「レオンクライン様……」
「うん。大丈夫だよ。もう覚悟を決めた。ありがとう、アネモネ、私はここからのし上がる。まずは父上の容態を確認してくるよ」
『この国の国王の容態ですが――』
「うわあ!」
「シルバー」
今まで黙っていたシルバーが上から降りてきて、突然我々の中心で止まる。
もしかして、国王陛下の容態も調べておいてくれたのか?
『この国の国王の容態について申し上げても?』
「頼む!」
『了解しました。――この国の国王もこの王子と同じ毒を盛られ、現在床に臥せっております。王妃がもう一人の王子に王の職務をやらせて“代理王”として家臣たちに認めさせようとしておりますが、難儀している様子です。もう一人の王子は王の職務を嫌がっており、こちらの王子を洗脳して執務をすべて任せるよう、先程倒した女に命じていたようです』
「姑息な……」
つまり――すべての元凶は、王妃様のアークラッドへの偏愛。
王妃の溺愛て我儘に歪み、努力などせずすべてが思い通り、なんでも手に入ると勘違いしたアークラッド。
私のことも、あの毒殺事件の時に手に入れようとしていた。吐き気がする。
レオンクライン様のことも実務を丸投げする、仕事をする装置として使い、自分は好みの女性を侍らせ母の愛に愛情を注がれ続けるただのお飾り王子になるつもりらしい。
なんという情けのない話だろうか。
「しかし、珍しいタイプの王妃ですね。自分の子のことも毒殺しようとするなんて」
「そうですね。ですが、母親としてはたまにありますね。我が子に差をつけて育てる母親」
「そうなのですね。わたくしのお父様、お母様はすでに亡くなっていて、叔父夫婦に引き取られて以降はとても嫌われていましたから……本当の……血の繋がった家族に憧れがあったので、ちょっとショックですわ」
「まあそんなもんですよ、家族って。血が繋がっていても。わたしの両親もわたしが生まれてすぐに殺されましたけれど、人間の王侯貴族って本当に血で血を洗うって感じでしたもの」
「そ、そうなのですね」
お二人とも結構壮絶な人生送っておられる……?
いや、オリヴィア先輩は元々『戦場の聖女』と呼ばれていたらしいので、その時点でかなり凄絶だけれど。