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決別のため


「あなたが手を染めるまでもないですよ」

「ナターシャさん……!」


 剣を引き抜くと血が噴き出す。

 人を刺した感触に吐き気を覚える中、私の背中に人の手が添えられる。

 そして優しい声とともに白い光がアランディ様を包んだ。

 一瞬で私が剣を刺した場所から血が止まり、そのまま倒れ込む。


「痛みで気絶しているので、その間に拘束しておきましょう。色々他にも知っていることがありそうですしね」

「あ、ありがとうございます……ナターシャさん」

「いいえ。なかなかいい腕でしたよ。まだまだ伸び代はありそうですけれど」

「ほ、本当ですか? う、嬉しいです」


 まだ強くなれる。

 そう言われて嬉しく思う。

 思うけれど、なぜか体がガタガタと震える。

 なんでだ?

 私はちゃんと覚悟を持って対峙して、そして……。


「その恐怖には慣れないでくださいね」

「あ……オ、オリヴィア先輩……」

「騎士として人を傷つけることを恐ろしいと思うのは、未熟者だからと言う人もいます。けれど、どうかその恐怖には慣れないでください。当たり前だと思わないでください。普通の人間なら当然の恐怖であってくださいね」

「…………はい」


 震える手をオリヴィア先輩が包んでくれる。

 その暖かさ。

 小ささ、か細さ。

 それなのにとても力強い。

 かけられた言葉が嬉しくて、気がつくと涙が滲んでいた。

 私、そうか、怖かったのか……人を傷つけるの。

 それは、その感覚は持っていてもいいものなのか。

 騎士としては捨てたり慣れたりするべきだと思ったけれど、捨てなくてもいいし慣れなくてもいいのか。


「アネモネ……」

「――殿下、とても残念なことです。アランディ様は、殿下を傷つける反逆者です。まずは国王陛下にご無事なお姿をお見せして、安心させて差し上げましょう」

「そうだね。だが、おそらく今城はアークラッドと母上の手中に落ちているだろう。城内の安全性が確保できるまではここで味方を増やして、足場を整える必要がある」

「それは……。確かにそうですが……」


 腹心であったアランディ様がこの状況では、レオンクライン様の味方は今どのくらいいるのだろうか。

 口ごもる私の言いたいことを察してなのだろう、レオンクライン様は「君の父上は?」と首を傾げる。


「父と母と弟も私と一緒に、今は異世界に避難しております」

「い、異世界?」

「ええと……」


 そうだった。

 そこから説明しなければいけないんだった。

 かくかくしかじか。

 あの毒殺未遂事件のあとの私の経緯も、レオンクライン様に話す。


「い……いささか信じ難いことばかり、だが……」

「そうですね。そうですよね。わかります。私も未だ夢のように思っています。でも、あのー、まだ色々信じ難いこともたくさんあってですね」


 全部説明してもいいが、Vtuberに関しては私でも一気に説明されたところでパンクする。

 なのでそのあたりは伏せて、『その世界にしかない職業』でごまかしつつ、次の職が決まっていることも話した。


「そうか。君は漂流先の世界に、新しい生活がすでに……あるんだね」

「はい。なので、本当なら私はレオンクライン様を治療したら、すぐに今の世界に戻るつもりでした。お力になれそうになくて、申し訳ありません」


 頭を下げると、本当につらそうに見つめられる。

 うう……心苦しい。

 助けて助けっぱなしはよくないのかもしれないけれど、でも、私は――私の帰る場所は、もう、あの場所なのだ。


「先にアネモネやアネモネの家族を捨てたのはこの世界ですよ。そんな顔をして引き留めようとするのはおやめなさい」

「そうですわ。本来であれば、あなたのことも放っておくべきですの。アネモネがどうしても心残りと言うから、私たちがその心残りを解消するのを手伝いに来たまでです」

「だいたい、手元に置いておきたかったらちゃんと根回しして守る体制を作ればよかったのです。それもせずにただ側にいてほしいなんて、綺麗事ですね。そんなんで国を守るなんて無理ですよ」


 キッパリと言い切るナターシャさん。

 この人が言うとなんでも説得力があるんだよな。


「返す言葉もない」

「レオンクライン様」


 ベッドから出ようとしたレオンクライン様が、体を傾ける。

 慌てて支えると、困ったように微笑まれてゆっくり手を外された。

 ……そうだ、私は……もうこの方の騎士を、離れる。

 この国の騎士ではない。

 この方の騎士でもない。

 私の帰る場所はこの国のどこにもないから。


「一つ、聞かせてほしいのだけれど……アネモネ、君はアロークスのことはどう思っていたのかな?」

「アロークス、ですか……? 正直、婚約者らしいことを一つとしてしたこともないので、彼について知っていることも多くはないのです。レオンクライン様の護衛をいつも私に押しつけて、色々なご令嬢と遊んでいる、と言う話ばかり聞いていました。だから、結婚していいのか――悩んでいました。心配をかけたくなくて両親にも相談できず……でも、やっぱり『この人のところに嫁ぐのは嫌だな』と思っていました」

「なぜ私が聞いた時は『順調です』と答えたんだい?」

「私とアロークスの仲についてなど、レオンクライン様のお耳に入れることではないと思いましたから」


 首を横に振ると、随分と切なそうな表情をされた。

 それから小さな声で「そうか」と呟かれる。

 オリヴィア先輩きも、ナターシャさんにも半目で「ああ……」と呆れたような顔をされた。

 なんで?


「話し合いが足らなかったのですね。全体的に」

「まあ、様子を見ていてその言葉を鵜呑みにしている方もどうかと思いますけれども」

「まったくその通りだ」

「……?」



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