隠れた敵
「殿下、ジャスティーラ嬢のことなのですが」
「彼女は、敵だね」
きっぱりと言い切った。
なぜか、とアレンディ様が聞くと、レオンクライン様は「君と同じだよ」とニヒルな笑みを浮かべる。
「ど、どういう意味で……」
「私が彼女に暗示洗脳を施されている時、君は近くにいたじゃないか」
「っ!」
「ぐっ!? な、なにをおっしゃるのですか!? 私があなたを裏切ったとでも……!?」
レオンクライン様がキツく睨みつけたのはアレンディ様。
指摘されるとレオンクライン様の背から手を離し、後ろに仰け反る。
アランディ様はレオンクライン様が幼少期から専属の護衛騎士であったはず。
そのアランディ様が、レオンクライン様がジャスティーラ嬢の暗示を施している間――そういえば、廊下には誰もいなかった。
護衛騎士は全員部屋の中という話……じゃ、じゃあまさか……。
「ジャスティーラ嬢と、アークラッドと、共犯……? アランディ様が?」
「くっ……!」
信じられない。
レオンクライン様の護衛騎士でありながら、あの二人と共謀していたというのか!?
「なぜそんなことを……!」
「お前が……お前らが悪いのだ……!」
「は……?」
指さされたのはレオンクライン様だけでなく、私も。
アランディ様の顔つきも変わり、見たこともない険しい表情でさらに後ろに後退る。
顔が、どんどん……変わって……。
「幼い頃からずっと守ってきているのに、うちの娘ではなくその女に夢中になりおって! いくら王子とはいえ横恋慕もいいところだろう! こちらがなにを言っても聞き入れず、他所に婚約者がいるのにも関わらずレオンクライン様にも色目を使いおってからに!」
「な、なにをおっしゃっているのですか……? 私は――」
「黙れ! この色目女!」
口を噤む。
ああ、この人もか。
この人も、私の話なんて聞かないのだ。
じゃあ、会話することは不可能だな。
ずっと私やレオンクライン様を罵る言葉しか吐かない。
「つまるところ要するに、幼少期から守ってきたのに自分の娘を選ばずにアネモネを選んだという逆恨みと、王子様に惚れられてしまったアネモネへの逆恨みの結果こういうことになったと? ですが、あの『天啓の乙女』を名乗る不審者令嬢はいいんです?」
「構うものか! 次期国王にはアークラッド様がなる! アークラッド様は我が娘ジュジュを妻に娶ると言ってくださった! もはや貴様らは邪魔なのだ!」
叫びアランディ様は剣を引き抜く。
私も剣を抜いた。
もう、この人はレオンクライン様の腹心の護衛騎士ではない!
「ただ人を好きになっただけで、なぜそこまで言われなければいけませんの?」
「黙れ! なにも知らぬ小娘が! そもそもアネモネには婚約者がいたのだ! それにもかかわらず諦め悪くアネモネアネモネと! 馬鹿としか言いようがあるまいて!」
「わたくしはそう思いませんわ。好いた相手のことを一途に想い、希望を捨てずに待っていたっていいでしょう。あなたの娘さんも、好いた方に好いていただけるように努力すればよかったのですわ」
「もしくは、娘さん自身はこちらの王子様のことをなんとも思っていなかったのでは? ちゃんと話を聞いたのです? 娘さんの気持ち、確認したんです?」
首を傾げるナターシャさん。
私とレオンクライン様のことをフォローしてくださるオリヴィア先輩。
アランディ様が反応したのは、ナターシャさんの言葉。
確かに、レオンクライン様の婚約者候補の中にはアランディ様のご息女の名前があった。
けれど――。
「私の言葉なんて、あなたには届かないと思いますが……ジュジュ様他に好きな方がいるとおっしゃっておりましたよ。私、王妃様にレオンクライン様の婚約者候補の皆さんと面談したことがございます。その時にお聞きしました。『両親や親族はレオンクライン様の妻となり、一族の権威を高めて欲しいようだけれど、わたしには好いている人がいる』と。『今はまだわかってもらえないかもしれないけれど、レオンクライン様がジャスティーラ嬢と婚約したあとなら話せる』とも」
「う……嘘だ! 娘はレオンクライン様を慕っていると言っていた!」
「人としてお慕いしているという意味で言っているとも言っていました。両親をがっかりさせたくないからと。それでも、『天啓の乙女』であるとされているジャスティーラ嬢が相手ならば、きっと両親は納得して諦めてくれると。なぜ他人の私の方がジュジュ様のお気持ちを知っているのですか? アランディ様は、ジュジュ様とお話しされていないのですか?」
「ぐっ、く……っ! だ、黙れぇ!」
振りかぶった剣を力任せに振り下ろすアランディ様。
私でも見切れるほどに雑な一振り。
レオンクライン様は、オリヴィア先輩が防御壁を張って守ってくださる。
だから安心してそこから飛び出し、アランディ様の懐に入り込んだ。
――『君は体が小さいのだから、体格差のある敵と戦う時は懐に入り込みなさい。それなりの熟練者であろうと利き手の反対側はどうしても反撃のテンポが遅くなりがちだ。女性の騎士はスピードを活かした戦い方がいいだろう』
「そう教えてくださったのは、あなたでしたね。アランディ様」
「……っ……く……っ! がっ……」
どさり、とアランディ様が倒れ込む。
鎧の隙間から剣を突き立てた。
初めて私は、この手で人を殺めた。
とても、気持ちの悪い感覚。
「アランディ様……」