女神と聖女と天啓の乙女
「あ、あ、あああ……! う、嘘よ、噓よ……!! なんでこんな……わたくしの魔法が……! なぜえ!?」
「仕方がないので本物の【天使召喚】を見せて差し上げますね。女神アルクレイドが貸してくれるそうなので」
「なにを言っているの!? あなた、本当に何者なのよ!?」
自分が召喚した白魔法の天使たちに囲まれていたジャスティーラ嬢は、目を剥いて叫ぶ。
ナターシャさんの真上に六枚の純白の翼、額に第三の目を持った美しい金髪金眼の女性とも少年とも見える存在が降りてくる。
あれが、本物の天使?
ジャスティーラ嬢のものとはまったく違う。
人にとても近い。
が、明確に人ではない気配がする。
両手をゆっくりと掲げると、ジャスティーラ嬢の召喚した白魔法の天使が砂のように霧散していく。
「いや……イヤ! イヤアアアアァ! 嫌よォ! イヤァ! どうして、わたくしは一番、努力して……天使様を召喚できるようになったのよォ!? なんで否定するのよ! わたくしは『天啓の乙女』になるために頑張ったじゃない! その辺の令嬢たちのように適当な努力じゃないのよ!? ちゃんと頑張ったのよ!? なんで! なんでよおおおおお! なんで否定するのぉおおお!? イヤアアアアアアーーー!!」
発狂したように叫び、顔に己の爪を突き立てながらジャスティーラ嬢は豪華なドレスが汚れるのも構わず砂浜に崩れ落ちる。
ナターシャさんの圧倒的な“力”との差に、打ちのめされているのだ。
どれほど努力したのか。
己の努力のみで、天使を模した魔法を使えるようにしたジャスティーラ嬢にとって、どれほどの絶望だろう。
可哀想に感じてしまうほどの、圧倒的で、美しい――。
「ナターシャさん」
「まあ、そうですね。努力しても、わたしよりすごい力を手に入れるのは普通の人間には無理なので仕方ないです」
天使が消えたあと、ナターシャさんが歩いて戻ってきた。
今の天使は正真正銘の【天使召喚】なのか。
では、ナターシャさんが『天啓の乙女』なのだろうか?
そう聞くと「いいえ。わたしがこの島の女神と同格なだけですね」と言われる。
女神アルクレイドと、同格?
「ナターシャさんは女神なのですか?」
「確かにわたしは女神のように美しくて完璧ですけど違いますよ。少し難しい話ですがわたしは半分神様みたいな存在というだけでギリギリ人間なのです。そしてこの小さな島を守る女神は、わたしの神の部分とほぼ同格。ぶっちゃけそんなに神格が高いわけじゃないんです。だから女神の下僕である天使が、わたしにも召喚できた――というだけの話ですね」
「……十分すごい話なのでは……?」
「ナターシャ様はわたくしよりも格の高い聖女様なので、あまり衝撃ではあまりせんでしたけれど……まさか現役女神と同格というのはさすがに驚きましたわ」
「この島の女神の格が低すぎるだけの気もしますけどね。わたし、一応まだギリギリ人間なので」
ギリギリ人間なのか。
ギリギリ人間ってなんだ。
世の中意味がわからないことがたくさんあるのだな。
これがVtuberか。
「それでも島を守護する存在としてはちゃんと仕事をしているので、このままいけばそのうちわたしの神格を越えることでしょう。今は『天啓の乙女』なる存在がなければ、島に加護を与えられないようですが」
「ジャスティーラ嬢が『天啓の乙女』ではないのですか?」
「残念ですが、彼女にそれほどの器はありませんね。魔力量も足りませんし」
「では、今代の『天啓の乙女』はどこに……?」
「それはこの世界の人間が自分たちで探すべきでしょう。それよりも、本来の目的を果たしません? このままだと帰りが遅くなりますよ」
「あ」
そうだ! 忘れていた!
レオンクライン様の毒の後遺症を、治癒していただかなければならないのだった!
本来の目的を思い出し、慌てて砦の中に戻る。
今思い出してもここから海岸まで瞬間移動したのは、十分にすごいことだった。
ジャスティーラ嬢はこれほどの力を持ちながら、どうして『天啓の乙女』になれなかったのだろう?
才能がない、と一概に言えないのではないだろうか。
「ナターシャさん、ジャスティーラ嬢は『天啓の乙女』になれないのでしょうか」
「彼女、邪念が多いんですよね」
「邪念」
「ええ、邪念。せっかく努力する才能はあるのに、努力の方向性も正しいのに、その先が邪なんです。別に邪でもいいんですけれどね、努力を始める理由。残念ですけれど、他者を害したり、貶めたりするとその先には行けなくなるんです。白魔法と聖魔法の決定的な違いはその力を使う時の精神性なのだと思いますよ。別に他者のためでなくともいい。ただ自分を高めることを強くなる理由にしてもいいのです。彼女はそうではないんですよね。残念ながら」
「完全に虚栄心からきていましたものね」
オリヴィア先輩も少し残念そうに頰に手を当てながら階段を上る。
才能はある。努力する才能が。
もしも彼女が自分の地位を確固たるものとし、人にちやほやされながら王太子となったレオンクライン様の妻に収まろうとしなければ――白魔法は聖魔法に進化していたかもしれない――ということらしい。
あれほどまでに白魔法を極められるのならば、十分聖魔法を使えるようになっていたかもしれないのだと。
「本当に残念ですわね。『自分のため』の方向性さえ正しいものであれば……彼女は十分女神と手を取り合える“聖女”になっていたことでしょう」
「ふふふ、どんまいですねー。ある意味頭が悪いということです」
「どんまい……」
どんまい、という一言で終わらせてしまった。
可哀想に。