女の嫉妬(2)
「はーい」
「きゃあ!」
驚いていると、オリヴィア先輩は杖でジャステーラ嬢の足元を殴る。
かなりの音はしたけれど、音の割に床に跡もついていない。
単なる脅しだろう。
騎士は全員オリヴィア先輩の魔法で倒されている。
後退りしたジャスティーラ嬢は怯えと怒りのない混ぜになった表情で、それでも気丈にオリヴィア先輩を睨みつけていた。
「や、野蛮な女! なんなのよ! お前! わたくしを誰だと思っているの!?」
「まあ……そんな言葉、戦場ではなんの意味もありませんわ。戦場にあるのは命と、これまでの努力。生きたいという強い意志のみです。地位? そんなものはまともに機能しませんわ。地位を使えるのは相応の器を持つ者だけ」
「ほ、本当に何者なのよ……!?」
まあ、そう思うよな。
この国の人間が脅かされるのは魔海の魔物ぐらいのもの。
しかし、オリヴィア先輩は陸続きの隣国との国境沿いの戦場に送られた。
本物の聖女であるにもかかわらず、偽物にその座を奪われて、過酷な戦場で働かされ続け、『なかなか戦死しないから』という理不尽極まりない理由で暗殺者を差し向けれ、それから逃走していたらセンタータウンに辿り着いていた――らしい。
そんなオリヴィア先輩は、完全に『戦場の聖女』様。
思考も結構過激である。
「さあ、戦うつもりがないのでしたらそこを退いてくださいませね。わたくしたち、アネモネさんのためにも王子様の治療を行わなければなりませんの。お可哀想に。なにも悪いことをしておられないのに、毒を盛られるなんて。……毒をお盛りになられたのも、もしかしてあなた様ですか? なにやらあなた様も特別な力を持っていると言われているそうですけれど」
「わ、わたくしじゃないわよ! 証拠もないのに適当なことを言わないで! ……ちが、そ、その女……あの女が! レオンクライン様に毒を盛ったんでしょう……! あの、アネモネが!」
ジャスティーラ嬢が後退りしながら私の方を指差す。
それに対してオリヴィア先輩は「うふふ」と笑みをこぼした。
あまりにも優雅。
「わたくしたちは断片的な情報しかアネモネさんに聞いておりませんけれど、毒を盛れる人間は非常に限られていますわよね。その時にアネモネさん以外にも護衛騎士が控えていたと聞いております」
「っそ……そんなの、当たり前……」
「ねえ、アネモネさん。いかがですか?」
「え? ……な、なにがですか?」
「今倒した騎士の中に、お顔を知っている方はおりますか?」
「っな! なにを言っているの!?」
「――――」
あの時、いつもの護衛騎士メンバーだった。
当然顔も名前も把握している。
毒を盛ったのは普通に考えてレオンクライン様の飲み物を淹れた人間だと思った。
だが、まさか騎士だったのか?
あの時、一緒にレオンクライン様の護衛についていた騎士が?
オリヴィア先輩の倒した騎士の顔を見て回ると、そのうちの一人に見覚えがあって背筋に嫌なものが走る。
彼は騎士ではなくて……城の使用人として給仕を行なっていた男!
「み、見覚えがあります! し、城の給仕だった男……! な、なぜジャステーラ嬢の騎士が……」
「じゃあ事件前から第二王子と通じていたんでしょうね。あらあらです。バレてしまいましたねぇ? 確かに、城の給仕役を騎士として家に置いておけば気づく者は少ないでしょうね」
「他にもアネモネさんに罪を着せるために侍女を雇っていたのか、派遣していたのか。姑息ですね」
「……じゃあ……じゃあ、ジャスティーラ嬢は……」
「っ」
最初からレオンクライン様を害する計画と知って参加していたのか。
レオンクライン様の婚約者候補だったにもかかわらず、レオンクライン様を殺害しようとしていたのか!?
「なぜですか!? レオンクライン様の婚約者候補筆頭であったあなたが! なぜ!」
「お前のせいでしょうが!」
「っ!?」
間髪入れずに指さされ、叫ばれる。
私の、せい!?
どういうことだ!?
「お前がレオンクライン様に愛されているのに自覚もなく、それでいてずっとお側にいられて……! わたくしたち婚約者候補がどれほど辛酸を舐めさせられてきたのかも知らず、呑気に! 楽しそうにレオンクライン様と過ごしているのを見せつけられる! 許せるわけがないでしょう!」
「ち……」
違う、と否定しようとして、やめる。
私の声はこの人たちに聞こえない。
どんなに否定しても、この人の中の真実はこの人の中にあるものなのだ。
だから口を噤んで、ジャスティーラ嬢の言いたいことをすべて吐き出させてから。
「レオンクライン様もレオンクライン様です! こんな女にうつつを抜かして! わたくしたちは日々、選んでいただくために美しさを磨き教養を身につける努力を欠かさず! それなのに! それなのに! なぜ側にいるというだけで、その女だけがお側にいられるの!? なぜわたくしたちを、わたくしを! 見ないの!? だからこれは罰なのよ! レオンクライン様にも必要な罰だったのよぉ!」
毒を盛ったのはレオンクライン様への罰?
レオンクライン様がなにをしたというんだ?
確かに、婚約者を定めなかったことは婚約者候補の皆さんにはヤキモチさせたかもしれないけれど、だから毒を盛られて殺されかけるほどのことだというのか?
「お前が消えればいいのよ! アネモネ・ブランドー! ――出よ! 女神の下僕! わたくしの敵を、この世から消滅させて!」