いぶこー事務所(2)
五階が会議室、企画室、資料室。
扉を開くと、そこには複数人の男女がワイワイと話をしていた。
我々が入ってきたことに気がつくと、全員ニコニコしながら姿勢を正す。
この人たち……見覚えがある。
全員、いぶこーのライバーさんだ!
「いぶこー在籍ライバーのみなさんです。席順がバラバラですが、右からフィルネルク・オーリーズさん、オリヴィア・リューネルさん、鬼津よるさん、ロレーヌ・オルフィアさん、シエル・ラブラドライトです」
「初めまして、フィルネルク・オーリーズです」
「はい! あたいが一期生の鬼津よる!」
「お、同じくシエル・ラブラドライトと申します」
「初めまして、わたくしはロレーヌ・オルフィアよ」
「わたしはオリヴィア・リューネルです! わからないことはなんでも聞いてくださいませね!」
わあー、本物の……本人だぁー。
両親が頭を下げて自己紹介をするので、私とオズワイドもそれに続く。
「悪役令嬢なんですよねっ」
「そ、そういう設定でデビューする予定です」
「新しい悪役令嬢が来たなら、私悪役令嬢やめていいですかぁ……!?」
「ああ、もう。お主すぐ泣くのう。そんなことセノーは気にせんやろ」
「でもでも、そもそも私は悪役令嬢じゃないですよー!」
「悪役令嬢は“悪役”であって中身が悪人なわけではないと説明を受けておるぞ。それに婚約破棄された挙句体裁のために家から追い出されておる以上、お主のいた国では悪女ということになっておるではないか。つまりお主は立派な悪役令嬢!」
「うわあああん! よるさんのいじわるー!」
一期生同士、席が離れているから「あれ?」と思っていたが仲はあまりよくない、のか?
「わかりますわぁ。複雑ですよねぇ、悪役令嬢って呼ばれるの。まあ、お互い納得いかないかもしれないけれど、それで売れるならいいんじゃないでしょうかぁ?」
「ロレーヌ様は達観されておられますものね」
「君のような女性を悪女だなんて元婚約者どのの見る目のなさには呆れるよね」
「まあ、見た目がコレだから仕方ないわよぉ。話し方も煽っているように聞こえてしまうみたいですしねぇ」
「のんびりお話ししているだけなんですけどね?」
「なんでだろうね?」
二期生は男女混合だが仲がよさそう。
いぶこーは、あれなのかな?
デビューするユニットに必ず一人は悪役令嬢が必要なのかな?
そういうルールでもあるんだろうか?
会話にどう参入するべきか思案していると、アゼットさんが対面の席の一つの椅子を出す。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
促されるまま座ると、アゼットさんが「それでは新人さんたちとの交流会を始めます」と進行を始める。
ああ、今日は先輩たちとの交流会なのか。
それで会議室を最後に案内されたのだな。
アゼットさんは手前のホワイトボードの方に近づくと、そこからお菓子やお茶、お弁当を取り出す。
「談笑しながら新人さんは先輩方に質問を投げかけてください」
あ、丸投げだった。
「なんでも聞いてや! わかることなら答えるで! あ、この世界に来てから困ったこととかない? ARNがおるからそんなん困ったことないか?」
「は、はい。そうですね。シルバーたちがいてくれるので困ったことはないです。今までの生活とはまったく違うので戸惑うことはやはり多いですけれど」
「そうですよね、わかります。フィルネルク様なんてお茶も淹れられなくてお湯で火傷なさるんですもの。驚きましたわ」
「うっ……い、今はちゃんと淹れられるよ」
「え? あ、あの、まさか……ご一緒に住まれておりますの?」
母だけでなく私も驚いた。
先輩たちの“プロフィール”も私たちのように“本当の経歴”だからだ。
つまり、フィルネルク様は正真正銘本物の異世界の王子殿下。
王子殿下と――異世界の方とはいえ女性がまさか同じ屋根の下、なんてことは……さすがに?
しかし、異世界から来たばかりの時はなにもわからない状態。
一人でいるのは絶対に不安。
私も家族と一緒でないと不安で押し潰されていた気がする。
だから、まさか?
「同じアパートの別の部屋ですよわ。フィルネルク様は毒薬を飲まされて暗殺されかけながらこの世界に流れ着いておられましたの。わたしが到着したのは一週間あとでして、それまで生命維持装置に繋がれていたフィルネルク様の毒をこの子たちに頼まれて解毒して治療したのですわ」
「ああ、オリヴィアが来てくれなければ俺はずっと生命維持装置の中だったかもね」
思わず「ほう」となる。
オリヴィア先輩がフィルネルク先輩を助けたんだ?
――毒……。
「あ、あの……」
「はい? なんでも聞いてください!」
Vtuberの話ではなくて申し訳がないのだが、レオンクライン様の話をする。
おそらく境遇が同じだと思ったのだろう、フィルネルク先輩は「それは大丈夫なのかい?」ととても心配してくれたが、それは私も同じ。
でも……私はあの時のことを思い出すと気分が悪くなる。
レオンクライン様の無事をちゃんと確認できなかったのも、犯人を獲り逃すことになったのも騎士として情けがない。