いぶこー事務所(1)
ナターシャさんから契約などに関する説明と研修の次の日、いぶこー事務所兼スタジオに家族四人でやってきた。
先輩たちへのご挨拶と、所属することになった以上スタジオにはたくさんお世話になるからである。
「ようこそ。ワタシは情報処理型ヒューマノイド、アゼット・ロウゼットと申します。皆様の快適なVtuber活動をサポートできますよう、精進させていただきますので何卒よろしくお願いします」
「は、初めまして、オーズレイ・ブランドーです。ええと……ヒューマノイド、とは?」
玄関から入って一階の受付カウンターで音声に従い二階に上がる。
二階に上がると、グレーの髪のボブカット、同じ色の瞳の人形のような少女が立っていた。
少女は私たちの姿を見ると、ぺこりと頭を下げる。
父が名乗ると、ヒューマノイド、アゼット・ロウゼットさんとやらは顔を上げた。
「人工人科細胞を用いた人形を、量子演算型コンピュータと繋げて運用しております。人に近い肉人形とでもお考えください。異世界の方にはワタシのような存在は不愉快に感じる方が多いのですが、スムーズな事務運営のためですのでご協力をよろしくお願いします」
「肉人形……」
い、言い方がえげつない。
まったく理解できないことばかりだが、シルバー曰く『我々が人の形を模した者とお考えください』と言われる。
人の形を模した者まで作り出すなんて、この町の科学力は地球よりもはるかに進んでいるのでは。
「皆様のご希望はお聞きしております。それではまず、皆様が所属されるいぶこー事務所及びスタジオのご案内をさせていただきます。一階は受付。二階に第一事務所がございます。こちらは来客用の事務所ですので、皆様がご利用になる施設の玄関口とお考えください。それではこちらにどうぞ」
と、アゼットさんがエレベーターに向かう。
エレベーターにはなにも書いていない。
ボタンに階数すら。
「右上から一階、二階、三階、四階。左上から五階、六階、七階、八階となります。防犯上の理由から階数が書いておりませんので、スマートフォンにメモなどして覚えておいていただけますと便利かと」
『我々が記録しておりますので、問題ありません』
「了解しました。次に三階が一般事務所。四階が配信スタジオ、収録スタジオ。五階が会議室、企画室、資料室。六階がジム、浴場、仮眠室。七階が3Dスタジオ、レッスンスタジオ。八階が社長室など社員の部屋となっております。皆様のスマートフォンまたはARNシリーズにフロアパスワードが搭載されるように設定しましたので、事務所ビルを利用する際は必ずスマートフォンをお持ちくださるか、ARNシリーズをお連れください」
案内されたのは七階、レッスンスタジオ。
広いレッスン室は全面鏡張り。
隣が3Dスタジオ。
なにやらたくさんの機材が並んでおり、不思議な、なにに使うのか想像のできないものが並んでいる。
なんだこれ?
「皆様の3Dモデルが作成中とのことですが、完成しましたらこちらのスタジオで配信を行えるようになります」
「3D……」
「わたくしたちがわたくしたちのように動いて、リスナーの皆様に楽しんでいただけるのよね?」
「はい。そうです。では次に六階へご案内します」
六階がジム、浴場、仮眠室。
ジムはうちのマンションにもある、スポーツをしたり体を鍛えたりするところ。
似た機材がたくさんある。
浴場はジムで流した汗を洗い流す場所。
天然温泉の成分が入っているお湯で、疲れも取れるしお肌もプルプルになるという。
仮眠室は、そのまま休めるところ。
耐久配信をする場合などにも利用できる。
「ちなみに仮眠室の隣にリラクゼーション室もあるのですが」
「リラクゼーション室? なにがあるんだね?」
「整体マッサージなどを行う部屋です。今のところ利用してくださる方はおられないのですが、整体マッサージ機能を持つドローンが二十四時間体制で利用者をお待ちしております。肩が凝った、凝りによる眼精疲労を感じましたらぜひご利用ください」
「ほ、ほう」
父は少し興味があるらしいが、私とオズワイドは顔を見合わせるのみ。
母に「若い人にはあまり需要はないかもしれないわね」と言われる。
次がなぜか五階を飛ばして四階の配信スタジオ。
家にある防音室とほぼ同じ配信設備が整っているスタジオブースが、左右にずらりと並んでいる。
このフロアだけで十部屋あるそうだ。
「奥の配信スタジオは広めで、最大で八人まで入室して使用できます。それ以上の人数の利用は収録スタジオの方をご利用していただくことになります。こちらがその収録スタジオで、歌やボイスを収録する狭いスタジオが四つ。一番奥が十人以上で配信する時の収録スタジオでこちらは予約制になります。いぶこー所属ライバーが増えた場合は他の収録スタジオや配信スタジオも予約制になる予定ですが、今は自由にお使いいただいて構いません。申請も不要です」
「十人以上……! 本当に広いスタジオですね」
「公式番組などができたら、こちらで収録したい、という予定を元に作られました」
大きな箱の公式チャンネルで上がる動画のやつか。
確かに企業所属Vtuberになったらそれは夢かもしれない。