研修(6)
で、具体的な話というのはデビューまでにやることのリスト制作、方向性を固めること、地球での炎上事件を学ぶこと、企画書の作り方、発声レッスン、いぶこー先輩たちとの交流などなど。
いぶこーの先輩たちとの交流は、Vtuberとして生活していく上での注意点やどういうことが流行っているのか、活動していく上でよかったことや気をつけること、こういうことがあった、などの経験を聞くといいということのようだ。
確かに経験者の話を聞くのはいいことだ。
なによりVtuberという職業は配信を見るようになった今でもまだまだ未知。
でも、楽しい配信者を見るようになってから私もVtuberが好きになってきた。
これを私もできるのか? という不安と、私ももうすぐこの人たちの仲間になれるのか、という高揚感。
事務所は小さいし、所属Vtuberは少ないけれど、私もVtuberになれるんだ。
「それから、立ち絵と2Dですが初日に皆さんの容姿をスキャンしてすでにイラストレーターさんに発注済みです。立ち絵が完成したらそのままLive2Dモデル作成に入ります。それがだいたい二ヶ月前後。そのまま3Dモデルも作成しますが、3Dは一周年記念以降お披露目となりますので気長に待つ感じでお願いします。ですからデビューは余裕をもって半年後、がいいと思いますがいかがですか?」
「もちろん我々はそれで構いません」
「その間に“歌ってみた”や初配信になにをしてどうするのかなどを色々考えておいてください。それぞれ皆さんの立ち絵を依頼したイラストレーターさんはこちらです。勝手に依頼してしまいましたが、一応事務所と懇意にしているイラストレーターさんを起用したかったのでご了承いただければと思います。それと、こちらがいぶこーの契約書ないようになります。記名捺印は今でなくともいいので、よく確認してください。特に未成年のオズワイドくんは親御さんの許可が必要なので、ご本人だけでなくご両親も目を通してくださいね」
「わかりましたわ」
「資格試験についてと、地球の拠点になる部屋の方も準備をお願いしておきます。わたしこう見えて結構忙しいので次回以降はブランドー家専門の者が担当しますね」
「色々ありがとうございます」
専門の者……?
ちょっと不思議に思っていると「ユニット名も考えておいてくださいね。ブランドー家でもいいですけれど」と言われる。
箱の中の同期ユニットの名前のことか。
確かに。
「なんだか研修というよりただの説明会になってしまいましたね。でも、こういうすり合わせは大事なので要望があったらどんどん話してくださいね。わからないこともARNシリーズに言ってくれれば、彼らが返答できない話も蓄積して共有できるらしいので」
「わかりました。なにからなにまでありがとうございます」
「構いませんよ。異世界出身者が地球で生活基盤を整えるのは本当に大変ですからね。Vtuberとしても先輩ですから今回はわたしが来ましたが、やっぱり同事務所の先輩とお話する方が絶対にいいと思います。今後また、異世界から人が流れてきたら皆さんが先輩として色々教えてあげられるように、頑張ってくださいね」
思わず目を見開いてしまった。
そうか、異世界から人が追放されてくるのははやっていると言っていたものな。
私が先輩になることもあり得るのか。
喜んではいけないことだけれど、それは少し楽しみかもしれない。
「イラストレーターさんが私たちの似顔絵を描いてくださるのね。楽しみだわ」
「初配信なにをすればいいのだろうか? うーむ。まあ、まずは実況動画を見て勉強するところから始めるか」
「父様、母様は僕の契約書を読んでくださいね」
「もちろんだよ」
「では今日はこれから初配信の準備について話し合いましょうか。こちらで必要な手続きなどもあると思いますので」
「はい! よろしくお願いします」
そこからは先輩の初配信を一通り拝見した。
鬼津よる先輩は思ったよりも明るい人だったが、初配信は緊張しすぎて噛み噛みだった。
こんなに噛むのか、ってぐらい噛んでいた。
一言いう度に噛んでいて、コメント欄はだんだん人が増え『かわいい』『これは鬼可愛い』『これがデフォ?』といじられまくっている。
シエル・ラブラドライト先輩の初配信もものすごく緊張が窺える配信。
がちがちに固まりながら、上ずりながら身の上話を始めて、Vtuberにスカウトしてくれたマネージャーさんへの感謝と愛を話していた。
結構愛が重めだな。
オリヴィア・リューネル先輩も身の上話から始まった。
婚約破棄をされた挙句、聖女の座を偽物に奪われて戦場に送られた挙句、暗殺されかけて異世界に逃げ込んだ元聖女ということでとても丁寧な敬語を話す人。
ちなみに本物の聖女らしく、聖なる祈りで毒の治癒は得意らしい。
フィルネルク・オーリーズ先輩は聖女を名乗る悪女に陥れられ、治療薬と偽り毒を飲まされて死にかけ、気づいたらVtuberになっていたとある異世界の王国の第一王子という肩書通り王子然とした気品のある姿のイケメン。
これまでの先輩たちの初配信からは考えられないくらい堂々としており、落ち着いている。
なんだか貫禄すら感じられるほど。
しかしかしなんでそんなことに、という質問に対して「弟の第二王子が魔女を口説いて関係を持った挙句ポイ捨てして、その恨みの矛先がなぜか僕に来たらしく元の世界に帰れたら厳重に調査を行い責任を追及したいと思っております」とのこと。
しっかりしておられるな。