研修(1)
「そうだったの。でも、婚約者としてそのような関係性しか築けていなかったのであればわたくしたちに相談しなければダメよ。知らぬままに卒業と同時に輿入れさせるつもりだったなんて、恐ろしい話だわ」
「も、申し訳ありません……私自身の考えが足りませんでした」
「そうね。それはしっかり反省なさい。とはいえ、それならば余計にレオンクライン様のことが心配ね。アークラッドがあのような本性を隠し持っていた以上、レオンクライン様には立太子していただきたいのだけれど」
「はい……」
国を思えばアークラッドのような者が立太子するなど言語道断。
レオンクライン様のように誰にでも優しく、気遣いのできる方が王太子となるべきだ。
国に帰れぬ我らができることなどここから祈ることだけ。
この話は、するだけ無駄なこと。
だけど……。
「レオンクライン様がどうかご無事でありますように」
お世話になった人なのだ。
そのくらい祈ったっていいはず。
「いやあ、センタータワーに来るのも一週間ぶりだな」
「なんだか久しぶりに来る気がするわね」
『こちらです』
今回は五階の多目的会議室の一室。
入室すると、とても綺麗な女性と青い髪の美男子が座っていた。
どちらも目を見張るほどに美しい顔立ち。
あまりにも美しい二人に見惚れていると、腰をオズワイドに軽く突かれてハッと我に返った。
「姉様?」
「す、すまない。あまりにも綺麗な人たちで、つい」
「あら、ありがとうございます。あなたもとても美人だと思いますよ。人間の中では」
「え? は、はい?」
声まで綺麗な女性だ。
ただ若干、棘のようなものを感じた。
なに? え? 人間の中では? え?
「それでは研修を始めましょうか。まずは皆さん、席についていただいて」
「は、はい」
「オーズレイ・ブランドーと申します。よろしくお願いします」
父が丁寧に頭を下げる。
アルクレイド王国では防衛の要である侯爵であった人が、おそらく二回りは年下の若者へこれほど下手に出るなんて。
母も笑顔でスカートの裾を掴み、お辞儀をした。
「わたくしはオーズレイの妻、ジュリアナ・ブランドーでございます。よろしくお願いしますわ」
「あ、っ……私はアネモネ・ブランドーと申します。よろしくお願いします」
「オズワイド・ブランドーと申します。よろしくお願いします」
両親に倣って私とオズワルドも礼を尽くした自己紹介をする。
確かに、お相手がどれほど若い人だろうがこの町で我々は新参者。
まして研修をしてくださるということは、相手は教師のような方々。
敬意を払うのは当然のことだったな。
「……ふぅん」
「お育ちがよさそうですね、皆さん」
毛先が緑色の青髪、緑色の瞳の男性はどことなく態度が悪い。
眉を寄せてノートパソコンを開き、カタカタと何かを打ち込み始める。
その横で朗らかな笑みを浮かべた茶色い髪、緑色の瞳の美女は「そういえばこちらの自己紹介をしていませんね」と言って胸に手を当てがう。
「わたしは秋野直芸能事務所の社長を務めます、星科成海。でも、Vtuber事務所、コメットプロダクションのVtuberもやっています。ライバー名はナターシャ・カルディアナ。そしてこちらで不遜な態度を取っている男は王苑寺柘榴。紫電株式会社の取締役で、このセンタータウンを造った電脳の邪神」
「じゃっ」
「邪神……!?」
思わず父と前のめりになって聞き返してしまった。
この町を造ったのが、あの男性で……あの男性が、邪神!?
ではこの町は悪いものなのか!?
「ああ、邪神と言っても彼の性質が邪悪なだけでやっていることは善性なので心配しないでください。町を造った理由もこの邪神の番である善神が『お願い♡』って言ったからという大変単純な理由ですし」
「おい」
「あら、本当のことでしょう?」
「ぜん、ぜんしん……善き神のことですか?」
「そうですよ。邪神の番が善良の神なの笑いますよね。わたしも初めて聞いた時は趣味悪いですねぇ、と思いました」
それは……どっちが……?
というか、目の前にいるのが、本当に、神、なのか?
普通の人間にしか見えないが。
「ARNシリーズからは皆さんがこの町で家族Vtuberとしてデビューしたい、という希望と町長への挨拶を希望しているという話しか我々には届いていないのですが……そうですね、マネジメントするにあたり、皆さんがセンタータウンに来た経緯を詳しくお聞きしてもよろしいですか? 町長ということこの邪神になるのですが、この男に挨拶しても大して実りのある話などできないでしょうから」
「え……い、いえ。しかし、一応拾っていただいた身ですから。感謝はお伝えしたいと思っておりました。我々家族を助けていただき、ありがとうございます」
「どうでもいい。働けるのなら働け」
ええ……?
父の丁寧なお礼に対して、なんという言い草。
いや、むしろいかにも邪神っぽい……?
「それで、一家四人でこのセンタータウンに来たのはどのような理由からなのですか?」
「国の恥を晒すようでお恥ずかしい話にはなるのですが――」
私の恥、ではなく国の恥。
複雑な気持ちを抱きながら、父は私たちがこの町に来た経緯を話す。
思えばシルバーたちに詳しい話はしていなかった。
彼らは私たちの事情よりも、やはり生活のサポートを最優先にしてくれたから。