家族でデビューに向けて(2)
外出用のワンピースドレスを選び出す母。
当然、私の分も。
掃除用、調理用のドローンはあるが、さすがに髪を整えたりドレスを選んだりするドローンはない。
我々使用人など連れてきていないから、身支度などは自分たちだけでしなければならないのだ。
それについてシルバーたちに相談したところ『盲点でした。使用人代わりのヒューマノイドの運用を検討します』との返答を得た。
ヒューマノイドとは? と効いたところ『人型の我々のような存在です』『機械人形のようなものとお考えください』『我々よりも高性能のAIを積んでおりますので、扱いが非常に困難なため運用には慎重になっています』などなどの話を聞かせられた。
AI、というのは彼らの“思考”を可能とする情報機械的なものなのだそうだ。
一度説明されたのだがまだ私の知識では理解が追いつかないので、とりあえずそういうもの、と考えてほしいと言われた。
ARNたちよりも賢く、人の形をしている存在。
聞いただけだととても怖いのだが。
「さあ、今日もとても可愛いわよ! アネモネ!」
「あ、ありがとうございます。母様。母様も可愛いです」
「ありがとうー!」
それに、母が私の髪を編み込んでくれたり、私が母の髪を結んであげたりするのが最近、楽しい。
スマホを見ながら「今日はこの髪型にしてみよう」「これは難しそうだけどできるかな?」と母と会話ができるようになったのが。
ワンピースドレスも二人で一緒に買いに行ったり、料理もレシピを見ながら二人でやってみたり。
母とこんなに会話をしてきたことなど、今までなかったのに気がついた。
学生になってからはアロークスに頼まれ、レオンクライン様の護衛を務めることが増えて家に帰ることそのものが減ったからだろう。
あまり思い出したくはないことだが、レオンクライン様はいつも、アロークスの代わりに女騎士見習いの私が護衛に就くことを案じてくださった。
あの方はお優しく、いつも気遣ってくださっていたから――どうか無事に解毒が間に合っていますようにと祈っている。
アロークス……騎士団長の息子。
防衛大臣の父とは密な関係を築かねばならないからと婚約が決まったにも関わらず、騎士となったあとは女性との約束があるからとレオンクライン様の護衛の任を私に頼んでばかりだった。
私とて女騎士の資格を持っていたから、交代は認められたけれど……他の護衛騎士にはあまりいい顔をされない。
学生身分で女騎士が婚約者のいない第一王子の近くにいるのを、好ましく思われるわけがないからだ。
護衛の任務がなく、授業に出られることがあってもだいたいレオンクライン様の婚約者候補の令嬢たちに呼び出されたし、レオンクライン様の護衛を続けるのなら令嬢でも女騎士でもなく“騎士として”髪を切れと言われてその通り切った。
女ではなく、騎士としてレオンクライン様の護衛に務めろ、と。
そこまでしてやっと他の護衛騎士に認められたが、そもそも本来レオンクライン様の専属護衛騎士はアロークスだ。
『アネモネがそこまでする必要性はないだろう』と、レオンクライン様に眉を寄せられたのが今では懐かしい。
あの言葉で、私は女であることを捨ててこの方の護衛騎士になってもいいと思えるようになったから。
レオンクライン様……ご無事でおられるといいのだが……。
「アネモネ? どうかしたの?」
『ストレス値の上昇を確認。研修は後日にしますか?』
「あ! いや! い、行く! 大丈夫だ!」
アルクレイド王国にいた頃のことを思い出すと、どうしてもあの毒の事件のことを思い出す。
『レオンクライン様毒殺事件』などとは絶対に呼びたくはないから、毒の事件、と呼ぶようにはしている。
あの方が亡くなったなんて考えたくはない。
「た、ただ……レオンクライン様のことを考えてしまうのです。ご無事でいてほしい。レオンクライン様は完全なる被害者なのだから」
「レオンクライン様……そうね。アネモネのことも、オズワイドのことも気遣ってくださったものね。誕生日にはいつもプレゼントやお花を贈ってくださったもの。アロークスなんて毎年花だけだったのに」
「それだけではないです。アロークスはいつも私にレオンクライン様の護衛を私に押しつけて、美しい令嬢たちと遊びに行っておりました」
「――なんですって? そんな話、わたくし聞いたことないわよ」
母の声色が変わる。
当然だ。
今まで心配をかけると思って言ったことがない。
私自身が最初こそ多少不満はあれど、レオンクライン様のお人柄を知って護衛騎士の任務に誇りを持ち始めていたこともある。
「アロークスはレオンクライン様の貴族学園内のご学友と護衛騎士の任務をメルクドーズ騎士団長に命じられておりましたが、一年生の最初だけであとは三年間、ずっと私がレオンクライン様の護衛を務めておりました。私も騎士資格を持つ騎士であり、防衛大臣であるお父様の娘。誰も私が護衛を代理で続けることに思うところは感じても文句など言えるわけがないのでしょう。レオンクライン様も『女性の騎士にしか頼めないこともあるから』とお認めくださっていましたし、ご配慮で騎士団を通し、第一王子の護衛の報酬も振り込んでくださっておりました。なにより、レオンクライン様の護衛騎士を務められることが、私自身の誇りと自信になっていたのです。不満などなかった。あるとしたら……」
あるとしたら、婚約者の私を蔑ろにするアロークス。
私は彼と婚約者らしいことなんて、なに一つしたことがない。
レオンクライン様がアロークスに『婚約者を蔑ろにしないように』とわざわざ注意をしてくださったことまである。
それなのに、アロークスはなにも変わらなかった。
誕生日には、アネモネの花束が届くだけ。
毎年同じ、白いアネモネの花束が。
いくら私の名前がアネモネだからって、私自身はアネモネの花がそれほど好きじゃない。
しかもなぜか白。
レオンクライン様は私の好きな花のことや、好きな花の色なども毎年聞いてくださった。
いつも世話になっているから、花ばかりでは申し訳がないと去年は懐中時計、今年はフルーツ。
私の大好きなレアポをひと玉贈ってくださったのだ!
本当に美味しかったぁ……。