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アネモネの花言葉


 アネモネという花が嫌い。

 自分の名前だけれど、花言葉がどれも悲しいから。

 親はどうして、私にこんな名前をつけたのだろうか?

「はかない恋」「恋の苦しみ」「見放された」「見捨てられた」。

 どうしてそんな花の名前をつけたのか。

 

「きゃああああああああ!? レオンクライン様ーーーー!?」

 

 侍女が悲鳴を上げる。

 今日はアルクレイド王国第一王子、レオンクライン・アルクレイド王子殿下に、婚約者候補の令嬢たちと交流を持っていただき、次期王子妃を決めていただこう――と開催されたお茶会。

 しかし、背後に控えていた護衛騎士である私に話しかけるレオンクライン様を「前を向いてください。ご令嬢たちとの交流を」と、窘めた直後であった。

 お茶を口にしたレオンクライン様が急に胸を押さえて倒れる。

 慌てて抱え起こすと、口の端から泡を出していた。

 これは――毒!?

 

「誰か! 医者を! レオンクライン様が毒を口にされた!!」

「毒!?」

「この女騎士よ! この女騎士がレオンクライン様に毒を!」

「え!?」

 

 顔を上げ、他の護衛騎士たちに医者を呼ばせようとした瞬間侍女の一人が私を指差す。

 するとまるで打ち合わせでもしていたかのように、他の侍女も「私も見た!」「護衛騎士様がまさかと思っていたけれど、あれは毒だったの!?」と口々に私が犯人であるかのように叫び始めた。

 護衛騎士の同僚ジェルド、私をレオンクライン様から引き離して他の護衛がレオンクライン様を抱えて「医務室へ運ぶぞ!」と宣言して周囲を守りながら移動していく。

 私だけが、針の筵の中に取り残される。

 ジェルドは「まさか……」と戸惑い、私の拘束を解くけれど、半信半疑の状態。

 

「ち、違う! 私はやってない!」

「嘘だ!」

「そうよ! おかしいと思っていたの。女のくせにレオンクライン様の護衛騎士だなんて」

「そうよ。きっと今日のお茶会でレオンクライン様が婚約者を決めるから、他の女のものになるくらいならと毒を持ったんだわ!」

「なんという悪女……」

「あんな女を護衛にしていたなんて」

「違う!」

 

 拳を握りながら、周囲の罵詈雑言に言い返す。

 本当に違う。

 でも、その中で「違うならなんで王子が毒で倒れるんだ!」と叫ばれた。

 それは……それについては――っ。

 

「それはっ……申し訳……申し訳ありません……」

「謝罪で済むと思っているのか!? 兄は第一王子! 卒業後は立太子も決まっていたのだぞ!」

「これだから女騎士は……」

「剣など握らず他の令嬢のようにドレスを着て着飾っていればいいものを」

「顔がいいからとレオンクライン様に取り入ろうとでもしたのだろう」

「アネモネ」

 

 最後に聞こえた声にガバっと顔を上げた。

 お茶会に来ていたのは私の婚約者、アルクレイド王国騎士団団長の息子。

 侯爵家子息アロークス・メルクドーズ。

 端正な顔立ちで、騎士団長の子息ということで最近非常にモテる。

 第一王子レオンクライン・アルクレイド様の専属護衛騎士兼従者の一人であるにもかかわらず、ここ半年はその役目を女騎士の私に『代理』として押しつけ様々な令嬢からの招待に応じていた。

 そういう社交は本来私の――女の役目のはずなのに、アロークスは「そんなの時代遅れだろう」と言って。

 それなのに、まさか……アロークス、あなたまで……!?

 

「主人でありお守りするべきレオンクレイン様に毒を盛るとは! 君がそんな悪女だったとは!」

「ち、違う! 違います! そんなことをするわけがありません!」

「この犯罪者!」

「ッう!!」

 

 誰かがアロークスの背後から飛び出してきて、私の頬を張る。

 ぐらついたけれど、訓練で鍛えていたおかげで転ぶことはなかった。

 おかげで私を叩いた女性の姿を見てしまう。

 アイリン・ジャスティーラ様――レオンクライン様の婚約者候補で、天使召喚という魔法を使える『天啓の乙女』だ。

 彼女もこのお茶会に来ていたのか。

 こんなに怒るということはやはりレオンクライン様の婚約者になるご予定だったのだろう。

 でも……。

 

「ほ、本当に私では、ないのです……お願いです、どうか……」

 

 誰か。

 

「連座で処刑だ! おい、誰か! アネモネ・ブランドーを家族ごと港へ連れていけ! 明確な目撃情報がある以上裁判にかけるまでもない!」

「ア、アークラッド様……!」

 

 トドメとばかりに第二王子、アークラッド・アルクレイド様が現れる。

 それは……死刑宣告。

 アルクレイドはそれなりに大きいとはいえ島国。

 女神の守護に守られた島から出るなんて……魔物の蔓延る、水も食べ物も手に入らない海へ出されるなんて……!

 それも、裁判もなしに!?

 

「お待ちください! 本当に、本当に私ではありません! 私は毒など持っておりません! 調べればすぐにわかります! それなのに連座で海に、など……! 私の弟はまだ六つなのですよ!?」

「ええい、往生際が悪い! 連れていけ!」

「はっ!」

「ほ、本当に違う! 私は知らない! なんで誰も……!?」

 

 誰も私を信じてくれないの?

 なんで、誰も……。

 

「違う……違う…………違う……」

 

 アークラッド殿下の護衛騎士に両腕を掴まれ、引きずられて牢馬車に投げ込まれた。

 慌ただしく出ていく騎士たちは「ブランドー侯爵家だ!」「ブランドー侯爵が反乱の容疑で――」と言っている。

 格子にしがみつき、力の限り叫ぶ。

 

「違う! 違う! 違うーーーー!」

 

 でも誰も彼も私を無視する。

 無慈悲にも走り出す牢馬車。

 どんなに叫んでも、声が枯れても、誰も私のことを信じてくれない。

 見てもくれない。

 聞いてもくれない。

 まるで私はここにいないみたいだ。



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