――幽霊とは、いったい何か?
――「幽霊」とは、いったい何か?
誰しもが、その「正体」について、一度は考えたことがあることだろう。なので少々唐突ではあるが、その「答え」をここに発表することとする。
幽霊の存在を理解するためには、まず「意識の次元」の座標についてを理解する必要がある。
通常、肉体は「正の次元」に座標を置き、意識は「負の次元」にその座標を置く。意識は「肉体とは裏返った次元」にその本体があるので、直接視認することは出来ない。しかし、肉体という「器」を通すことにより、その次元で起こっている変容の一部を垣間見ることが出来る。
肉体は、意識の世界で起こっていることの、いわば「スクリーンのような役割」も果たしているので、意識の領域が強い不調をきたすと、肉体もその形を崩し、またその逆も然りといった具合だ。
詰まるところ、霊とは「肉体というスクリーンを失った意識のみの存在」を指す言葉であるというわけだが、これらが一般の者たちにも稀に視認される原因は、以下の通りである。
負の次元で、強い負の感情を持ち続けることによって、乗法の作用が働き、フィールドが持つ「一定の許容値」を超えた負の意識が、正の次元でも「スクリーンなしで投影」される(=マイナス場に対するマイナス感情の乗法作用によるプラス化)。その「現象」のことを人々が「幽霊」と呼んできたに過ぎないというのが、幽霊という呼称の本質である。
なので厳密には「実在する霊体の数」は、おそらくその100倍以上と言っても、過言ではあるまい(この数字は時代、時代によって可変的ともいえるであろうが)。
ただし霊体の多くは、いつまでも現世に留まり続けるわけではなく、負のフィールドで「一定以上の正の感情」を持つことにより、やがて消滅=いわゆる「成仏、昇天」という終わりを迎える(ひょっとすると「その先」もあるのかも知れないが、私はまだその段階にはない)。
仏教世界における四十九日という概念も、あながち間違った考えではなく、一般的に魂が安定する期間が昔は「そのくらい」であったのではないかと仮定することも出来る。
幽霊の見えやすいひと、見えにくいひと。
それは正の次元における「第二視力」の良し悪しにある。
正の座標に位置する眼球で、それらがよく見えるということは、その者自身の「魂の座標」が揺らぎやすい位置にある証拠でもある。肉体を信じて疑わない者には、ほとんど感知できないような「揺らぎ」までもが見えてしまうのだから、自らの「肉体と精神の糸」が解けかかっている状態にあるともいえる。
詰まるところ、第二視力の過敏性は、肉体と精神の結びつきの弱さが原因といえるのである(小さなこどもの方がよく霊が見えるという現象も、おそらくこれが理由であろう)。
「目」は、最も過剰に働き、それゆえに様々な事象に対し、鈍感になりがちな感覚器官でもある。なので通常は他の感覚器官が先にその「器のない揺らぎ」を察知する。そして、その生理反応が原因不明の鳥肌であったり、めまい、幻聴の正体であったりする(こともある)といった具合か。
さて、皆さんもそろそろお気づきのことかもしれないが、私は現在、いわゆる霊体のみの存在となっている。早い話が先週、肉体を失ったばかりの死にたてホヤホヤの霊体というわけである。
だから全てを知っていることかのように、霊についても語ってくることが出来たわけだが、先の幽霊論に関しては、まだこの一週間程度での霊体体験を通じて立てた<仮説>の域を出ていないというのが、正直な所でもある。
自らの意識をコントロールし、正の次元でも揺らぎを起こせるようなマイナス感情の増幅。これが専ら現在の私の研究課題であり、その道の大家とも言えそうな恨みつらみを持った霊体とも、ここ数日交流を持つことが叶った。
◇
彼女は生前、旦那の裏切りに遭い、保険金目当てで殺されたことを怨み、それはもう美しいほどに、正の次元でもその揺らぎを燃え上がらせ、元旦那を怖がらせることにも成功していた。
私は、強い感銘を受け、急いで彼女に「他者に対する強いマイナス感情の持ち方」を教わるため、ロングインタビューを敢行することにした。恨みのひとつひとつの内容とその時時々の感情を丁寧に丁寧に訊ねていった。
するとインタビューを始めて三日目の朝、彼女は不意に「……もう馬鹿らしくなってきたわ」と霊体を薄め始めた。
「おい待て!勝手に逝こうとするな!」
私の呼びかけも虚しく、あっという間に消滅を果たしてしまった彼女。
私はそのことに対する激しい怒りから、一瞬だけではあったが、正の次元を揺らがせるのに成功することが出来た。
霊に関するこれほどの大発見とサンプルの山である。
このままでは私は、死んでも死にきれない(いや、もう死んでいるのか)。
成仏なんてしてやるものか!
何としてでも一日でも長く、この場にとどまってやるぞ!
そう誓い、私はまた「強い負の感情を持つ霊体」にインタビューをするため、アテもなく、その対象を探す徘徊を続けている最中なのである。
◇
この話が、どれくらいの物語になるかは「男の成仏次第」といったところか。
いつ終わりを迎えるのかは、まさに先の見えない物語と言えそうだ。
追々、「成仏案内人」とか意識の次元の住人たちに呼ばれてそうな男の話になったな。いつの間にか(苦笑)。




