表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君はあたしが守るから

作者: いづみ

 もうすぐ日が沈みきる頃、あたしーー(ひいらぎ)紫苑(しおん)は総合病院の前である人を待っていた。

 あたしが早く着きすぎたのか、到着してから三十分が経とうとしている。

 もう入ってしまおうか、でもすれ違いになるかも……

 この思考ももう何回目か分からなくなってきた時、正面口の自動ドアが開いて、その人ーーあたしの恋人の滝口(たきぐち)玲奈(れな)が現れた。

 右腕にギプスを付けて。


「玲奈!」


 その姿にギョッとして、名前を呼びながら駆け寄る。

 それに気づいた彼女も、もう片方の手を振りながら歩いてくる。


「どうしたの!?」

「ちょっと、事故っちゃって……」


 彼女は、駅内の階段で足を踏み外して怪我をしたそうだ。片腕だけの骨折で済んだのは良い方らしく、


「下手したら死んでたかもだってさ」


 なんて、笑って言っていた。


「笑い事じゃないよ!」


 その笑顔があたしを心配させないためだってわかってるのに、ついカッとなって怒鳴ってしまった。

 玲奈の肩がビクッと跳ねる。


「どれだけ心配したと思ってるの!? 連絡が来た時、生きた心地がしなかった! さっきも、もしかしたらなんて考えたら気が気じゃなかった! ーーっ!」


 顔を上げて、ようなく玲奈がどんな表情をしているかに気づいた。

 顔には怯えの色が浮かび、目に涙を溜めている。その顔で、震える声で彼女は言う。


「ご、ごめん……私、そんなつもりじゃ……」

「あたしこそごめん。強く言いすぎた」


 少しの間、気まずい沈黙が流れる。


「帰ろっか……」


 あたしの言葉に、彼女はコクンと頷いた。


「紫苑、心配してくれてありがとう」

「……うん」


 道中、笑顔で言った彼女の言葉に、あたしも笑顔で返せばあたし達の間に気まずい空気はもう無くなっていた。




「「ただいま」」


 帰ってきたのは、同棲するために借りた二人の部屋。

 ピッタリにハモッたことに、あたし達はクスリと笑う。

 二人で一緒に帰ってきたから、もちろん「おかえり」みたいな返事はないけど、寂しさなんて感じない。

 キッチンに行って、帰りに買ってきたコンビニ弁当を温めていく。

 普段は玲奈が料理をしてくれてるけど、骨折が治るまでは出前とかが増えるだろう。

 あたしは料理が壊滅的だからダメ。キッチンが爆発する。

 温め終わったものからテーブルに並べる。それを、聞き手が使えない玲奈に食べさせていく。

 あたしも食べながら、他愛もない会話をするが、それでもあの時の言葉が頭から離れてくれない。


『死んでたかも』


 もしかしたら、玲奈が死んでいたかもしれない。

 もしかしたら、あたしの隣からいなくなっていたかもしれない。

 もしかしたら……。

 そんなことが頭に浮かぶだけで、胸が締め付けられるよう。

 ご飯をつかんだお箸と共に視線を上に向けると、それを笑顔で口に含む玲奈が映る。

 絶対に、失いたくない。

 玲奈……あたしが守ってあげるからね……。

 この誓いを忘れないように、掌が痛むのも気にせず拳を強く握った。




 それから一ヶ月。あたしは、無意識に周りを警戒し、玲奈の動き一つ一つに注意してしまう日々が続いた。

 そんな頻繁に事故が起こるわけないとわかっていても、デート中や大学、家の中でも、心のどこかに不安や恐怖があった。

 それでも、やはりずっとは続かない。こんな気持ちも薄れてきたころ、それは起こった。


「楽しかったね!」

「そうだね」


 その日は、玲奈とデートへ行っていた。


「久しぶりに行ったけど、今の水族館って爬虫類いるんだね」

「あそこはかなり前からいたよ」

「そうなんだ! また行きたいね、蛇可愛かった」

「え〜、蛇はもういいよぉ」


 爬虫類に怖がる玲奈を思い出して、可愛かったなぁ、なんて思いながら繋いだ左手を前後に振る。

 玲奈の右腕は完治した。今では、なんの支障もなく生活出来ている。


「次はどこに行こっか」

「その前に明日から講義あるよ」


 そんな話をしながら家路を辿っていると、突然甲高いブレーキ音が響く。

 驚きながら音のした方に視線をやると、一台の自動車がこちらに猛スピードで迫って来ていた。

 それを認めた時、まるで世界がスローモーションになったような中で思考が巡る。

 逃げなきゃ。このままじゃ轢かれる。逃げないと。ダメだ、足が震えて……。

 視界に腰を抜かし、崩れ落ちそうになる玲奈の姿が映る。


 玲奈を守らないと。


 あたしは咄嗟に玲奈の体と頭に腕を回し、後方に飛ぶ。

 火事場の馬鹿力だろうか。あたしと玲奈は一メートル以上離れたところに、地面に滑るように落下した。

 それと同時、倒れたあたし達の足元スレスレを、自動車が横切り建物へと突っ込んだ。

 助かったことに、ホッと安堵する。

 だが、それは血の気の引いた玲奈の顔を見るまでの一瞬だった。

 少し経って、玲奈と一緒に立ち上がる。


「大丈夫?」

「紫苑……ごめん、私は紫苑のおかげで大丈夫だけど、紫苑は……」

「平気だよ、ちょっと()っただけだから!」


 擦り傷ができた脚や腕を軽く動かしてみせる。


「良かった。ありがとう、本当に……」

「うん、玲奈が無事で良かった」


 笑顔を作って答え、震える玲奈を抱きしめる。

 視線の先には、運転手が救出され無人となった自動車。

 薄れていた恐怖が再び強まっていく。

 もし、あれが大型トラックだったら、あたしが動けなかったら助かっただろうか。いや、絶対に怪我だけでは済まなかったはずだ。

 また、玲奈を失うかもしれなかったことに胸が苦しくなる。

 外は危険だ。外、は……。

 

 ……そっか、なんで気づかなかったんだろ。最初からそうすれば良かったんだ。

 突然浮かんだ名案に、頰が緩む。

 ふふっ、玲奈、君はあたしがーー


 ◇


 朝、目を覚ますといつもは私より遅くまで寝ている紫苑の姿が無かった。


「紫苑が早起きなんて珍しい」


 感心しながら、私も起きようとした時……。


 ーージャラッ。


 じゃら……?

 聞き慣れない音に、起こしていた体が固まる。

 音のした方に視線をやると、私の手首に鎖が繋がれていた。

 それを目で辿っていくと、ベッドの脚へと伸びている。

 何が何だかわからない。どうして私は鎖で繋がれているのだろうか。

 その時、寝室のドアがガチャ、と開いた。


「あっ、玲奈おはよー」


 入って来たのは、いつもと変わらない声音の紫苑。

 この異様な状況に飛び込んできた日常に、困惑する。


「……! 紫苑、助けて! なんか鎖が巻かれてて……」

「大丈夫だよ。それ、あたしがやったやつだから」


 え? 紫苑が、やった……?

 数瞬の困惑の後、ハッとして助けを求めた私に、紫苑はまたも私の思考を停止させる言葉を発した。


「なんで? なんで、こんなことーー痛っ!」


 紫苑の下へ数歩歩いていくと、辿り着く前に腕が引っ張られ痛みが走る。ピンと張られた鎖を見て、長さの限界が来たことが分かった。


「なんでって、そんなの玲奈の為に決まってるでしょ」


 紫苑は、さも当然のように言うが、一ミリも分からない。

 私の、為……? これのどこが私の為なの?

 考えれば考えるほどに混乱が深まっていく。


「あたしね、玲奈を失うのが怖いの。それなら、危険な外から玲奈を遠ざけようと思って!」


 そんなことを、満面の笑みで嬉々として話す紫苑。

 明らかに異常な発言に、数日前までの出来事が頭をよぎる。

 私が怪我をしたから、事故に遭いそうになったから……。

 私のせいで、紫苑は壊れてしまった。


「だから心配しないで、不安にならないで」


 絶望感や罪悪感が、頭の中でぐちゃぐちゃになって床にへたり込む。

 もっと、気をつけていれば、周りを見れていれば……紫苑に気を配れていれば……。

 そんな私に、紫苑がゆっくりと近づいてそっと抱きしめた。

 私も、涙で霞む視界の中、確かに感じる温もりにゆっくり腕を回して抱きしめ返す。

 受け入れなきゃ、だよね。私が紫苑を壊しちゃったんだから。

 ごめん、ごめんね……。



「君はあたしが守るから」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ