【第3夜】
シャーサは自分のベッドで目を覚ました。
いつものように日の昇る少し前。ああ、やっぱり夢だったろうかと体を起こし、部屋を見渡す。
低い天井と、小さなタンスと、古い鏡台。しかし、そんないつもの景色の中に、見慣れないものがあった。それは、あの夢で履いた、柔らかいスリッパだ。
シャーサは瞬きをしてそれに近付き、手に取る。
触れてもなくならない柔らかさに、本物なのだと実感する。
しかし、昨晩の出来事が嘘でなかったとして、素直に喜べなかった。
実は、「ずっとここに居てくれてもいい」と言ってくれた彼に、シャーサは家に帰してくれと言ってしまったのだ。
「どうか自分の知らない所で良い人を見つけて、幸せになってください」
シャーサがそう言うと、彼は目を伏せて「そうかい」と自分を家に帰してくれた。
自分は選べなかった。
怖いのだ。
幸せになりたい、幸運が欲しいと願いながら、目の前にそれがぶら下げられても、手を伸ばせない。
手に入れてしまえば無くなった時に苦しいことは、知っている。
それなら、期待をしなければいい。手に入れなければいい。
…だというのに、あの魔法使いに与えられてしまった。
溜息をついて、シャーサはスリッパをタンスに入れる。
見るたびに憂鬱になることは分かっていたけれど、捨てられなかった。