任務はお手柔らかに5
一緒に眠っていいでしょ?
……の温もりが一番安心するの。
ダメダメ、すき間なんて作らないで、ぴったり寄り添うのがいいの。
どうして今日はキスしちゃダメなの?
いつもしてるのに急にどうしたの?
そうよ、大好きなんだもの。いいじゃない。
いつもみたいに頭も撫でてくれなきゃ嫌よ。
そう、眠るまで……。
「ん……」
目覚めるとまだ朝日もうっすらと上がったところのようで、辺りはまだ薄暗かった。
「あれ?」
昨夜はベッドに入って眠ったはずなのに部屋の入り口に毛布にくるまっている。
え、あそこから私が移動したのだろうか。
確かにベッドがフカフカ過ぎて落ち着かないとは思ったけど……寄宿舎のベッドの硬さに慣れて寝苦しいと移動したのか。
貧乏気質の自分が怖い。
もう一度ベッドに入って目を閉じたが、目が覚めてしまうとベッドのフカフカが気になって眠れそうになかった。
「仕方ない、朝の鍛錬でもしておこう」
ここのところつるつるになっていた髪がボサボサに戻ってきていた。
まあ、でも気にするものでもないしと後ろでひとくくりにした。
服を着替えて宿の外に出ると裏手の広場でその辺にあった木の棒を構えた。
そのまま棒を振り続けていると後ろに気配を感じる。
一瞬身構えたが現れたのはカザーレン様だった。
「おはようございます」
とりあえず挨拶をするとそのままカザーレン様がこちらにやってきた。
まだ起きるには早いのに目が覚めてしまったのだろうか。
「あ、もしかして私がうるさくしてしまいましたか?」
「え? そんなことはない」
素振りの音がうるさかったのだろうかと聞くとそうでは無いようでホッとした。
しかし、カザーレン様が宿に戻る様子はなかった。
ジッとこちらを見ている。
気が散るし、緊張するから宿に戻ってくれたらいいのに。
「体を動かすのが好きなんだな」
「そうですね、少なくとも頭を働かせるより得意です」
そう答えるとカザーレン様が近くにあった枝を拾い上げた。
そしてそれを私の目の前で少し振って見せつけると、ポーンと向こうに投げた。
私は向こうに飛んでいく木の枝の軌道を目で追った。
「拾いにいかないのか?」
「え?」
沈黙の後、カザーレン様が唐突に私に告げる。
なんだ、これは新手の虐めなのだろうか。
突然友達から虐めてやりたい奴に変更されてしまったのか?
首をひねりながら拾えばいいのかと私は木の枝を拾いに行った。しかし、どれをカザーレン様が投げたのか見当もつかない。
どれだ? まあ、いいか。
適当に選んだ枝を拾い上げて戻るとカザーレン様に渡した。
「これでいいですか?」
「……もう一回投げなくていい?」
すると変なことを言いだした。
「カザーレン様が投げたいなら拾ってきますが……」
何がしたいのかさっぱりわからない。
しかしカザーレン様は納得がいかないという顔で私を見てから宿へ帰って行った。
なんだ、あれ。
それから私も宿に戻り、軽く汗を拭いて着替ると朝食の準備に向かった。
テーブルが整うと二人を呼びに行く。
朝食はどうするかと尋ねたが、やっぱりカザーレン様は一緒に食事を摂ると言った。
「僕のデザートはジャニスにあげるよ」
そう言って果物を私に寄こすカザーレン様。
「ああ、はあ。ありがとうございます」
とりあえず受け取る私。
確かにこの果物は私の大好物だが、欲しいと言った覚えはなかった。
「え、ジャニスはこれが好きなの?」
「ええまあ。好物ですが……」
「ふうん」
ニヤニヤするリッツィ姉さんとチラチラとこちらを窺うカザーレン様の視線を受け流しながら気まずい朝食を終える。
私にはカザーレン様がなにをしたいのか全然わからなかった。
しかしこれ以上考えても無駄だろうから考えない。
とりあえずは森に出発だ、と装備を整えることにした。
道中の地図と荷物を再確認しているとリッツィ姉さんが部屋に飛び込んできた。
「ねえねえ、私さ、思ったんだけど、フローサノベルドはあなたのことが気に入ったんじゃないかしら!」
「え。そうですか?」
「そうよ! 今まで女の子を視界に入れることさえしてこなかったフローサノベルドが、髪の毛にキスしたり、デザート分けてあげるなんて有り得ない!」
「……大興奮ですね」
「これが興奮しないでいられるか! ああ、ついに彼にも春が来たんだわ」
「あの、そうだとしても亡くなった愛犬と私を重ねて見てらっしゃるだけですからね。今朝も会いましたけど、木の棒を投げて取ってこさせられましたよ」
「え、木の棒?」
「完全な犬扱いでした」
「……そ、それでも、あの時のフローサノベルドに比べたら、明るい顔だもの。ね、ジャニスは婚約者いないよね? どうかな、彼が気に入る女の子なんてこの先絶対に現れやしないって断言できる。ジャニスがOKなら、私が推薦するよ。なんだったら父に話をするから……」
犬扱いだったと聞いて明らかにドン引きしたくせにリッツィ姉さんが食い気味に言ってくる。
しかも、婚約者に推薦なんて飛躍しすぎだ。
「どうしてそんなことを言いだすんですか」
「ど、どうしてって、気の合う二人を……」
「思ったんですが」
「な、なに?」
「そんなに私に薦めるのにはなにか裏があるのでは?」
「あー……いやあ、このままいけば私が婚約者にされてしまうっていうか」
「……そんなことだろうと思いましたよ。残念ながらお断りです。カザーレン様は侯爵家ですよ。名ばかりの男爵家のうちとはつり合いが取れません。親戚で伯爵家のリッツィ姉さんが適任ですね。それにフローサノベルド様を狙ってるご令嬢は多いと聞いてますよ」
「フローサノベルドが気に入らないんじゃ意味がないのよ! それに身分は問題ないから。何がダメなの? 彼は顔がいいし、侯爵で金持ちだし、闇魔術師で天才で、次期魔塔の長で間違いないのよ? 将来安定よ」
「その言葉そっくりお返しします」
「じゃあ、ジャニスはどんな男が好みなのよ。私は断然、筋肉マッチョ。首の細い男なんていらない……」
「なるほど、だから騎士団の男連中が骨抜きにされていたんですね。私は筋肉だるまたちと育っているのでもうお腹いっぱいです」
「ほら、ほらほら! 悪いこと言わないからフローサノベルドにしなさいって、ちょっと性格は不思議ちゃんだけど、ツンツンしてるけど、そうよ、ニッキーだけは溺愛してたから!」
「だから、私はニッキーではありません」
少なくとも家の男どもを思い浮かべて胸がキュンなんてすることはない。
体を鍛えることに特化した男に魅力を感じたことはないからだ。
だからと言ってカザーレン様は……まあ、確かに美男子で、男くさくない感じがいいとはいえる……かも?
しかし……カザーレン様の態度を思い出す。
『お友達』なんて昨日は口にしていたけど、人に向かって枝を持ってこいとは何事だ。
私は喜んで枝を拾ったりしない。
たとえ私が犬のような性格であったとしても……外見が犬に似ていたとしても、私はまぎれもなく人間なのだ。
実は今朝のデザートをこっそり尻尾を振って食べたとは気づかれたくなかった。