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任務はお手柔らかに4

 西の森の調査は一年に一度行われる。


 ドラゴンなどの大きな生き物が生息していない西の森には小型の魔獣が多く生息しており、爆発的に増えて里へと下りてこない限りは問題はない。

 要は危険な状態でないかどうか見て調査書をあげるだけの仕事である。


 ただ、様子を見るだけの簡単な仕事だとしてもそれは「高位の闇魔術師」という前置きがつく。


 なぜかというと一つは魔獣の知識がないといけないことと、もう一つは魔力を多く保有している者がいないと森の入り口にできている魔獣たちが自然に作りあげた魔力のゲートを開けることができないのである。

 一人でゲートを開けられるのは魔塔でも長とカザーレン様だけらしい。


 カザーレン様がこの調査に行くのは今回が初めてで、今までは闇魔術師三人で調査を行っていたと聞いていた。

 昨年までは塔の闇魔術師三人、医療魔術師、に護衛騎士の計五人が行動していた。


 それだけ聞いても従者を連れて行けないことを考えると、護衛騎士にみんなの世話をする役目が回ってくるのは当たり前に思える。


 とどのつまり、この西の調査の一週間、私はカザーレン様とリッツィ姉さんの従者のような役割である。

 去年任務に参加した先輩は『足を使って心を無にせよ』とアドバイスしてくれた。カザーレン様が無茶を言ってこないことを祈るのみだ。


 馬車が宿に着くと先に下りて宿の手続きをした。ここで御者は待機、明日からは西の森の手前にある屋敷に移る。そちらには屋敷を管理する老夫婦がいるらしい。


「食事は部屋で取りますか?」

 カザーレン様は人嫌いだと聞いていたので、気を使って部屋まで運ぶ手配をしようと声を掛けた。

「君たちはどうする?」

 しかしカザーレン様は私とリッツィ姉さんを見てそう言った。


「私とジャニスは食堂で食べるわ。私たち、仲良しなの」

 リッツィ姉さんが私の腕に絡めてそう言った。それを見たカザーレン様の目がちょっと怖く見えた。まさか私に嫉妬するなんてないだろうな。

 聞いていたよりもカザーレン様は気安い感じで声をかけてくる。

 リッツィ姉さんとは幼馴染なので気心が知れているのだろう。


「じゃあ、僕も一緒に食べる」

「え、一緒に?」

 思わずといったふうにリッツィ姉さんが聞き返していたがカザーレン様が頷いた。

 もしかして、カザーレン様はリッツィ姉さんが好きなのだろうか。

 出発時に諦めきれない騎士団の男たちが『邪魔してくれ』とギャーギャー言っていたのを思い出した。


 この二人の関係に介入するつもりはないし、面倒ごとだけは起こして欲しくない。

 ここは邪魔をするよりカザーレン様に協力した方がいいのではないだろうか。

 恋のキューピッドは恋愛経験ゼロの私には無理だが、息を殺して見守るくらいはできる。

 だいたい騎士団の男たちにとってリッツィ姉さんは高嶺の花過ぎる。

 身の程を知れ。 


「では、お二人でお食事しますか? 幼馴染でいらっしゃるんですよね」

 カザーレン様が食事に参加するなら気を利かせて身を引こうかと思ったが、私がそう言うとなぜが二人に信じられないものでも見るような顔をされた。


「ジャニス、私はあなたも一緒がいいわ」

 リッツィ姉さんの顔がひきつる。

 これは、リッツィ姉さんは脈無しなのかな。

 余計なことを言ってしまったっぽい。

「では、ご一緒に……」

 カザーレン様に恨まれなければいいけれど。


 しかし、三人でする食事での会話はほとんど私とリッツィ姉さんだった。

 私たちが話している間もカザーレン様は黙々と食事をしている。

 一緒の意味あったのかな……。

 二人の目の前で嫌いな芋を残すわけにもいかず、ほとんど噛まずに飲み込んだ。

 その日の夕食は楽しい食事であったとは到底思えなかった。




 さて従者としては宿についても休む暇はない。食事が済むと一応危険がないか各部屋の点検を行った。

 ついでに体を清めるかどうか聞くと、バスタブがあればお湯を張ると二人が言うので驚いた。

 騎士団の遠征ではタライに湯を張って体を拭くくらいしかできない。

 魔術師はすごいなぁ。

 問い合わせると宿にバスタブがあると言うので用意してもらうことにすると、リッツィ姉さんが私の部屋にも用意するといいと言ってくれた。


「え、私のお風呂のお湯も沸かしてくれるんですか?」

「これでも光の魔術師だよ。お湯くらいは沸かせるよ。それこそ、フローサノベルドに頼めば一瞬だろうけどね」

「カザーレン様に頼むなんてとんでもないです……それに、リッツイ姉さんだってお疲れでしょう。もう寒くはないし、私は水をかぶればいいですよ」

「水って、正気なの!? お湯くらいなんてことないからいつでも言ってよ。さ、始めるわよ」


 色々言いつけれられると思っていたのに、二人ともなにか頼んでくることはなかった。

 それどころか私の部屋にリッツィ姉さんがきてくれて、なんとバスタブにお湯を張ってくれるという。

 旅先の部屋でお風呂に入れるなんてなんて贅沢なのだろう。


「……ジャニスはそんなことを喜ぶの?」

「え……?」

 部屋でわいわいやっていることろに後ろから声が聞こえた。

 するとひょいとカザーレン様が現れた。

 バスタブを運んでもらっていたので部屋のドアが開いていたのを忘れていた。うるさくて気になったのだろう。


「フローサノベルド、女の子の部屋に勝手に入っちゃだめよ」

 リッツィ姉さんがカザーレン様をたしなめたが彼は気にしていないようだった。

 まあ、気にされるような私ではない。


「でも、僕の方がすぐにお湯を作れる」

「……あなた、本気?」

 二人のやり取りを黙って眺めることしかできなかった。

 お湯をつくるってどうするのだろう。ふつうは水を張ってからお湯にしてもらうのだと思うのだけど。

 私は魔術のことはさっぱりわからないので、どうやってお湯を張るのか興味深々である。

 カザーレン様がバスタブの縁に手を入れて何かを唱えた。


「わっ」

 するとバスタブの底から湯気の立つお湯がざばざばと現れた。こ、こんなの始めて見た!


「これ、嬉しい?」

 驚いてその様子を見ているとカザーレン様に聞かれる。

 興奮した私は首を大きく縦に振った。


「こんな凄い魔術を初めてみました! カザーレン様ってすごいんですね!」

「ふうん。このくらいで喜ぶんだ」

「……ん?」

 私の反応に口をとがらせるカザーレン様。

 なんだか私に不満があるように思っていたが、私が褒めたことにはちょっと嬉しいようだった。リッツィ姉さんの目の前でいい格好したかったのかな。

 そう思ったがカザーレン様の興味を引いたのは別のものだった。


「ねえ、ジャニス、君の髪の毛、触らせて欲しいんだけど」

 髪の毛? 私の灰色のパサパサの?

 そう思った時にはもうカザーレン様の手が私の髪に伸びてきていた。

 何か魔術的な意味があるのかな? 

 そう思ってじっとしていたが、なでなでと後頭部を撫でられただけで大して何も起こらなかった。


「もしかして、ジャニスを気に入ってるの?」

 そこでリッツイ姉さんが聞いた。気に入ってるってなに?

「灰色の髪にブルーの瞳はニッキーと同じだから」

 ニッキーというのは確か、カザーレン様の亡くなった愛犬の名前だったような。


「……そう言われてみれば、ニッキーを人間にしたら、ジャニスになりそう」

 それを聞いてリッツィ姉さんも感心していた。

「は?」

「お休み、ニッキー……」

 チュッ……。

 私はその場で固まった。カザーレン様がひと房とった私の髪にキスをしたのだ。


 は、はあ?

 いきなりのことに目だけでリッツィ姉さんに助けを求めた。


「か、軽いスキンシップは許してあげて! フローサノベルドがこんなに打ち解ける人を見たのは初めてよ。是非お友達になってほしいわ! ね?」

  まさかリッツィ姉さんがカザーレン様の援護してくるとは思わなかった。

 そのままギギギ、と目線を戻すとカザーレン様が私を見てほほ笑んでいる。

 ひーっ。


「いいね、お友達。では僕のことは『フロー』と呼んで」

 呼べるか! と心の中で叫ぶ。


 もしかしてそれで私に親近感を持ってたの?


 色味だけでカザーレン様とお友達になれるなら、髪の色と目の色を変えるご令嬢がごまんとでてくるだろう……。

 愛犬への未練なのかなんなのか。


「……お湯を張ってもらって嬉しいです。ありがとうございました。では、私はこれで。なにか不都合でもあればお呼びください」

 色々なことをぐっと飲みこんだ私は、追い払うように開いていた部屋のドアから二人が出て行くように促した。

 お友達とか冗談じゃないぞ。


 とにかく平穏に任務を終わらせたい。

 考えるのは得意じゃないので冷めないうちにお湯に浸かった。

 もちろんお風呂はとても気持ちよかった。

 そのままいい気分でベッドに入ると頭を空っぽにして目を閉じた。


 きっと明日になれば何かが解決しているに違いない。


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