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Dependence Ghost  作者: 琴羽
夜に沈む旧校舎
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もう一人の侵入者

 田村は呆然としつつ、床に倒れた犬塚を見て、俺を見て、そして、さっきまで塵霊のいた場所を見た。

 誰も何も言わなくて、しばらくの間、静寂が漂った。


「何してるの? こんな時間に、こんな場所で」

「え……」


 今の俺は、夜の見回りに来た教師だ。徘徊する生徒を咎めることは何も不思議じゃない。


「誰かが侵入した跡があったから来てみたけど……。まさかこんなところでも会うなんてね」


 田村はまだ状況が掴めないのか、表情の読めない顔で辺りを見回している。


「この人は……?」

 

田村は、犬塚を視線で示す。


「田村と同じ、不法侵入の生徒だよ。なんでも、ホラー映像が撮りたかったんだと」

「は、はい。ホラー映像が撮りたかったんです」


 犬塚はやっと起き上がりながら、言葉を繰り返すだけの下手な演技をした。黙っていてくれた方がマシだった。

 この話を田村がどこまで信じてくれたかは分からないけど、決定的な疑いを向けられなければそれでいい。俺が塵霊を消した瞬間さえ見られていなければ、まさか誰かに話したりもしないはずだ。


「それより、なんでこんなところに入ろうと思ったの?」

「それ、生徒に興味がない先生に話さなきゃいけないことですか?」


 田村は冷たく言い放つ。まさか、昼の出来事が今になって効いてくるとは思わなかった。

 本格的に嫌われたのか、それとも、咎められて機嫌が悪くなったのか、田村はやけに教室で話した時と雰囲気が違って見える。

 今朝や昼の時の笑顔の面影はなく、周りを拒絶するような冷たい空気を纏っている。


「そうだったね。もう旧校舎には来ないって約束してくれるなら、わざわざ理由は訊かないよ」


 否定も肯定も田村は反応を示さない。心ここにあらず、といった表情で、まるで俺のことなんて視界に入っていないみたいだ。

 面倒になって、思わず小さく息を吐いてしまった。


「もういい時間だし、さっさと帰ろう」


 犬塚から懐中電灯を受け取って、来た道を引き返す。田村はおとなしくついて歩いてきた。

 無言のまましばらく進むと、やがて玄関が見えてくる。窓のガラスからは外の明かりが差し込んで、心なしか、来た時よりも明るくなって見えた。


 まだ少し余力はあるけど、今日の仕事はここまでだ。


 旧校舎を出て、そのまま学校の正門まで犬塚と田村を連れていく。犬塚のことも旧校舎に侵入した生徒という設定にした以上、田村と一緒に見送らないと不自然だ。


「今日はこのまま、まっすぐ家に帰るように」


 二人に向けて言いながら、言葉に含みを持たせる。犬塚は意図を理解したのか、目配せとともにうなずいた。

 田村は最後に「それじゃあ」とだけ言って、駅の方角へ歩き出す。犬塚はそれと反対側へ歩いて行った。

 二人の背中が見えなくなって、俺は後ろの旧校舎を振り返る。

 今日一日で倒した塵霊の数は、十体とそこらだろうか。小さな施設ならこの程度の数で済むこともあるけど、この旧校舎にはまだ数えきれないほどの塵霊が潜んでいるはずだ。

 長い歴史と規模の大きさを誇るこの学校で、簡単にいかないことは分かっていた。きっと、今まで経験してきたどの任務とも比較にならない。

 それに、犬塚が感じていた違和感の正体もまだ分からない。


「これは、かなり長くなりそうだな」


 つぶやいて、旧校舎に背を向けて家を目指して歩いた。



 学校から今の家までの距離は、歩いて十五分ほど。マンションの三階の角にあるその部屋は、今回の任務のために上から与えられた住宅だ。

 数日で済むような任務の時は適当なビジネスホテルでの寝泊まりになるが、今回みたいに長い日数が必要なケースは、マンスリーマンションで過ごすことが多い。

 玄関のドアを開けて中に入る。家に帰った俺を出迎えるのは、いつも冷たい空気と静寂だけだ。

 家の中は、入居してきた時からほとんど変わらない、簡素でつまらない空間だ。ベッドがあって、トレーニングのための器材があって、暇つぶしのために少しの本が置かれているだけ。もう五年間、こんな空虚な世界の中で自分一人生きている。

 そして、きっとこれからも。

 疲れた身体に鞭打って、シャワーを浴びる。髪を乾かすのも面倒で、そのままベッドに飛び込んだ。

 初日の仕事を終えて、想像以上に疲れが溜まっていたみたいだ。意識が遠のくまで、それほど時間はかからなかった。


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