55 作戦室にて……
少年は走る。
暗い廊下をごった返す難民たちをかき分けて、目指していた一室の自動ドアのセンサーの反応を待つのももどかしいとばかりにその場で足踏みして、ドアが開ききるよりも前に室内へと飛び込む。
「戦況は……!? って、なんで虎Dが縛られてるさぁ?」
少年の目にまず飛び込んできたのはパイプ椅子にダクトテープでグルグルに縛り付けられた髪の長い女性の姿であった。
両腕も両脚も一緒くたにテープでグルグル巻きにされた女性の姿を見て自分のハンドルネームのようだなと思いながら周囲に目をやると作戦室内で手伝いを行っている難民や作業員たちはその場にうずくまったり腕や腹などを押さえて苦悶の表情を浮かべている。
「な、何があったさぁ?」
「ええ、あのビームの火線を見た途端、けるべろすさんが急に乱心されて……」
「ええ……?」
けるべろすという名のプレイヤーはこのゲームの運営チームの一員であり、広報活動の一環として動画投稿サイトや各種イベントでも登場する機会も多く少年もよく知った顔であった。
少年にとってはむしろ、ここしばらくに限っては実の両親よりも見た顔といってもいい。
そのけるべろすこと虎Dはこのミッションの成否が今後のゲームの運営に係わるために失敗させるわけにはいかないという理由で介入してきたわけで、その彼女が一体どんな理由で乱心して20人以上の男たちをここまで痛みつけるほどに暴れる理由など想像が付かなかった。
「いや~、ちょっと取り乱してしまったっス! もう大丈夫だから拘束を解いて欲しいっス!」
「んなこと言って、拘束を解いたらまた飛び出していこうとするぞなもし? いいからしばらく大人しくしてるぞな」
「チィッ……」
うずくまる男たちの中で意識のある者たちは地獄を見たかのように震え、あるいはなんとかけるべろすを取り押さえる事が奇跡であったかのように呆けた顔をしているというのに乱心を働いた当の本人はケロリとした顔で答える。
ミッションの依頼主であるトクシカ氏も傭兵組合から派遣されてきた職員の女性もなんとも疲れ果てた表情で彼女を見ていた。
「それよりキャラピラー君と言ったかぞな。 君はどうしたぞな?」
「わ~はあのビームに意識を取られたとこを敵にやられて修理のために戻ってきたのさ~! それより戦況はどうなってるさ~?」
陽炎が戦場に姿を現してしばらく、突如として大空を切り裂いた大出力のターボ・ビームの青白い奔流に何事かと半ば思考停止の状態に陥ってしまったのが運の尽き。少年の駆るHuMo、ズヴィラボーイは両の腕部を敵に破壊されて戦闘できる状態ではなくなってしまっていたのだ。
幸い、共に連携を取って戦闘を行っていたベテラン傭兵の助けもあってなんとか後退する事はできていたが、少年の機体はミサイルを撃ちきり、後は手で持って扱う武装のみとなっていた事もあってこれ以上の戦闘は不可能となっていた。
いわゆるロボットゲーでいうところの「クソムシ」という状況だ。
「トクシカさんの改修キットのおかげでまだHPに余裕はあるさ~! なんとか片腕だけでも直してくれたらまだ戦えるハズさ~!」
「おう、なんにせよ君が無事で良かったぞな! それに、もうそんな慌てて不完全な機体で再出撃する必要もなさそうぞなよ?」
「残念だったっスね~。敵の主戦力がいなくなった今、及び腰になって撤退を始めた敵なら用意に撃破できる、言わばボーナスタイムだったんスけどねぇ」
「うん? どういう事さぁ?」
トクシカ氏とけるべろすは言葉では答えず、代わりに視線を揃って作戦室の大型ディスプレーへと送る事で少年の疑問に答える。
「え……、これは……」
戦況はすでに一変していた。
少年が片腕だけでも修理を終わらせて騙し騙しでも戦闘を再開しようと思っていたほどにこちらの戦力には余裕がなかったハズである。
それに大型ディスプレーに表示される情報を見る限り、すでに現在の苦境の一因となった妨害電波はもうなくなっているようなのだ。
「どうやら妨害電波の発生装置はキャンプを取り囲んでいた陽炎に搭載されていたようですね。あのビームで3機の陽炎が撃破された後、レーダーも電波通信も機能を回復しました」
少年が機体を後退させている時はどうだっただろうか?
どのみち戦う事のできない機体で大型エレベーター孔まで後退する緊張で妨害電波が無くなった事に気付く事はできなかっただろう。
それよりも少年の目を引いたのは大型ディスプレーに表示されている1つの赤点である。
「陽炎が……、敵を次々に倒してるさ~?」
赤い点で表示されているのは敵のハズ。
現にマップに表示されている味方機の表示は青。
赤点の横に表示されている情報を見るとこのミッションで散々に少年たちを悩ましてきた重駆逐HuMo陽炎である事が分かる。
だが、その陽炎は難民キャンプ中を動き回り、そして陽炎が近寄った敵機はあっという間に反応を消失していく。
討ち漏らしは無い。
まるでロボット掃除機が室内を掃除していく様子を見ているかのようであった。
「どうやら戦闘中にミッション参加者が新たに到着して陽炎を奪ったようですね」
「それにしても、あんな小回りの利かない機体でようやるぞな」
組合の女性職員もトクシカ氏も先ほどけるべろすに向けていたものとは別種の呆れた表情で陽炎を示す光点を見ていた。
確かにトクシカ氏の言うように戦線突破用とかいう重駆逐HuMoの巨体は見るからに大質量で、それが次から次へと敵を追いつめ、時には体当たりまでして敵を屠っていくのを見るとそう言いたくなる気持ちも分からないではない。
第一、自分たちが見ているディスプレーに赤点として表示されているという事は機体こそ奪えど、未だにシステム的には陽炎は敵のまま。
つまりは陽炎のFCSでは完全なマニュアル照準で敵に射撃を加えているという事になる。味方機相手に照準補正は働かないのだからそういう事になるハズ。
それが疑わしいほどの射撃精度を出し続けている陽炎のパイロットとは一体、何者なのであろうか?
「陽炎が4機も出てきた時にはどうしたものかと思ったっスけど、もう勝確ってトコっスかね~?」
「……となると問題は」
「ええ」
女性職員がパソコンを操作すると大型ディスプレーに小ウィンドウが開かれる。
ウィンドウに表示されていたのは味方機から送られてきた映像であった。
そこに映されていたのは廃墟の中で戦闘を続ける2機のHuMo。
1機は敵。ステルス機である月光だ。
そしてもう1機は味方。スカイグレーで塗られた機体、ニムロッドだ。
縦横無尽に機動性を活かして動き回る月光に対してニムロッドはビームソードやHuMo用拳銃で対応するものの後手後手に回っている印象。
少しずつ、だが確実にHPをすり減らしていくニムロッドに対して、何故か映像を基地へ送ってきているパイドパイパーも、時折、視界に映る双月に雷電陸戦型も手を貸す様子は無い。
ただただ見守っているだけ。
「……ライオネスさん」
少年には何故、ニムロッドを駆る少女が1人で戦っているかは分からなかったが、それでもこのままむざむざと敗れる事はないだろうと思わざるをえなかった。
その理由も今は分からない。
だが、そう思わせるだけの何かがあった。
機体のあちこちを撃たれて穴が空き、その装甲のいたるところを切り裂かれたニムロッドはまるで少女の闘志が乗り移ったかのような気迫が感じられて、少年に確信めいた予感を感じさせるのだった。




