40 ワークスモデル
「ちょっと! 姉さん、秘策ってなんなのよ!?」
「ふふふのふ~! まあまあ、すぐに分かるっスよ~!!」
私たちミーティングルームに集まっていた一同は姉に促されて作戦室へと移っていた。
照明の落とされたままの作戦室にいたのは傭兵組合のクールビューティーにローディーさんと彼の同業の傭兵NPCが2名。そしてトクシカ氏に彼の秘書。
トクシカ氏の私兵の生き残りは今も難民や建築作業員たちに歩兵用携行対HuMo兵器のレクチャーを行っているのだろうし、整備員は先の戦闘で傷付いた機体の修復だ。
ローディーの傍らにはテックさんの姿はない。
テックさんの他にもクルーさん、他にも私が名前も知らない人と先の戦闘で仲間を失った彼らは意気消沈して大きく肩を落としている。
項垂れているのはトクシカ氏も同様。
変な気を起こさないようにワイヤーで大型のデスクの脚に縛り付けられているが、そうでもしなければ1人でハイエナの元へと出ていってしまいそうな雰囲気で、依頼主とはいえ拘束は当然といえる。
「どんな具合っスか~~~!!」
「え、ええ。残存機の再整備に弾薬の補給には問題ありませんが……」
作戦室の暗さと同じくらいに陰鬱とした雰囲気を晴らすように姉はわざとらしいくらいの大声を上げてズカズカと室内に入り傭兵組合の職員へと話しかける。
職員の女性はその知的で落ち着いた見た目どおりに場違いな姉の問いに答えるものの、さすがに途中で口ごもってしまう。
「まっ! いくら整備と補給ができようと戦力が足りないのは変わらないっスよね~!!」
「…………」
わざわざ口を濁した事を言ってのけた事に対して女性職員はキッと睨みつけるものの、姉はそんな事など意に介さないようにミーティングルームでプリントアウトしておいた紙を地べたに座り込んだトクシカ氏に見せつけた。
「トクシカさん、これが現状の私たちの保有戦力っス。貴方にもこれで次の総攻撃には耐えられない事は分かるっスよね?」
「……ああ」
この基地に残っているのはランク5が1機、ランク3が5機、ランク2が6機。それと作業用の機体に即席の装備を加えてランク1相当とした物が4機だ。
ついでにいうならランク3の1機はパイロットであるプレイヤーが重症を負っているために出撃できるか分かったものではない。
「で、ちょっとトクシカさんに報酬の事で話があるんスけど……」
「そ、そうだ! 報酬はいくらでも上乗せするから、君たちは難民を連れて脱出を!」
トクシカ氏は現有戦力表を突き付けられて目から生気が抜けていくが、姉の口から「報酬」という言葉が出たのを聞いて一気にその目に希望の光が灯る。
だが姉はその希望を即座に否定。
「そうじゃない。そうじゃないんスよ。トクシカさんだって大多数の難民を見捨てる事になるのは分かってるだろうし、ハイエナだって黙って見逃がしてくれるわけがないって分かってるっスよね? さて、この基地に難民や作業員が何千人いて、生き残るのは何人くらいっスかね?」
絶望の淵にあって安易に飛びつきたくなるような希望は果たして正しいものなのだろうか?
世の中、「正しい」とか「正しくない」とかハッキリ分けられるものばかりではない事は分かるが、視野狭窄に陥って深い奈落に身を投げ込むのは間違いなく正しくないと言える。
これはゲームの中の話とはいえ、自分がゲームのNPCであると知らないトクシカ氏が陥っているのもこんな状況といえよう。
時には絶望の淵に踏みとどまって戦い続けるのが正解、いや、戦い続ける道しかないという時だってあるのだ。
「なら、どうしろというぞなもし?」
「私が言ってる報酬っていうのはクレジットの話じゃあないんスよ」
「うん? どういうことぞな?」
「トクシカさんが商っている物で『ワークスモデル改修キット』ってあるっスよね?」
「ああ、アレも今回の報酬で君たちに渡すつもりだったぞなが……」
姉が聞きなれない言葉を口にするとトクシカ氏も怪訝な顔をする。「報酬云々より、この状況を打破する事の方が先だろう」と言わんばかり。
「その『ワークスモデル改修キット』、先払いでもらう事ってできないっスかね?」
姉は軽い調子を崩さずに言うが、こういうゲームで報酬を先払いしろだなんていくらなんでも乱暴過ぎる話だろうと私は後ろで話を聞いていてヒヤヒヤさせられていた。
だが、意外にもトクシカ氏はゆっくりと、だが確実に少しずつ何かに気付いたように視線を目まぐるしく動かして、ついにはハッと立ち上がろうとして拘束されていたデスクごとひっくりかえる。
だがひっくり返ったデスクを背に仰向けになったままトクシカ氏は傍らにいた秘書に声をかけた。
「おい、アレは何機分あるぞな!?」
「はい。……12機分ですね」
「ハハッ! なんで、なんで今まで気付かなかったぞな!? ハハハハハッ!!!!」
我が身の不明を恥じるかのようにトクシカ氏は拘束されていない脚をもがかせて泣き笑いしていた。
今までの彼の心境を思えば精神的に参ってしまったのかと思うほどの異様な光景。
だが、姉はこれを狙っていたとばかりのしたり顔。
そしてしばしトクシカ氏は笑い続けて、やがて涙も枯れた頃、傍らの秘書に指示を出した。
「アレを現存している機体に全て使ってしまえ」
「もう、よろしいのですか?」
秘書の返答は雇い主からの言葉に対してのものではなく、トクシカ氏自身の様子を尋ねたものである。
「ふん、儂が自身の名を冠した『GT-Works Custom』と心中するなら本望ぞな!」
「はい。かしこまりました」
もはや腹が決まったトクシカ氏の言葉を聞いた秘書はタブレット端末を操作して整備場に作業指示を出すと雇い主の拘束を解きはじめた。
「あ、改修キットって1機につき3回まで使えるんスよね? だったら私の分はライオネスちゃんの機体に使ってあげて欲しいっス!」
「うん? お前さんが言い出した事なのに良いぞなもし?」
「なら私の分もライオネスに使ってやってくれ!」
「うむ。なら3段階強化の『GT-Works CustomⅢ』ができるぞな!」
「ワークスカスタム」だの「3段階強化」だの今だに私には何の事だか分からないというのに姉は自分の分を私の機体に使うとか言い出し、サブリナちゃんも姉に乗っかる。
トクシカ氏も私に確認することなく秘書に指示を出し、そのまま私のニムロッドはわけの分からない強化を最大限の3段階もさせられてしまう事になる。
「さ、サブリナちゃん、良いの!?」
「お前もさっき聞いたろ? どの道、私と向こうのボス格じゃパイロット能力に差があるんだ。だったら私はライオネスに賭けるよ!」
「そういう事っスよ! これが私の秘策『妹の勝負勘に賭ける』っス!」
「……おい、お前、ちょっとこっち来い!」
わけの分からない展開と姉の満面の笑みにイラっとした私は作戦室の隅の方に姉を引っ張っていく。
第一、先ほどあれだけ自信満々に「我に秘策有り」とか言っていたのが私に全賭けとか納得できるわけがない。
「説明して!!」
「何を、っスか?」
「ハナからケツまで全てよ! 洗いざらい白状なさい!」
姉は私の言葉に唇に人差し指をあてて考え込むフリをするが、そういうのはプルンとした唇をした“いい女”がやるものだ。純日本人的な唇の薄い姉がやってもあまりサマにならない。
「まず説明するとするなら……。ああ、さっきの『お膳立てされたミッション』と『世界がそうある事を望んだミッション』ってのは憶えているっスか?」
「ええ、それはまあ……」
「運営が用意した『お膳立てされたミッション』っていうのは報酬もきっかり決められているんスけど、じゃあ『世界がそうある事を望んだミッション』ってのはどうだと思うっスか?」
「……え?」
姉が語るには「お膳立てしたミッション」というのは運営がきっちり設定を行っているので報酬について交渉の余地は無いのだという。
報酬の額から報酬が支払われるタイミングに至るまで杓子定規。
大概はミッションクリア後に一括で機体の修復や弾薬の補給などの支出と合わせて算定され、その金額についても事前に設定されていたとおり。
仮に支出が多くて赤字になっても補填などはないという。
これは私も知っているとおり。この手のゲームはそういうものだろう。
特別な条件を満たした場合に支給される特別報酬もあくまで事前にそういうふうに設定されたものなのだ。
だが「世界がそうある事を望んだミッション」の場合はそうではないようだ。
そもそも運営が報酬を設定しているわけではないのだ。
つまり交渉の余地があるという事。
姉はそこをついて本来はミッションクリア後に支給されるべき報酬の一部を先渡しにしてもらう事にしたのだという。
無論、トクシカ氏のようなNPCは自分がゲーム内の存在だと知らないとはいえ思考の方向性は定められている。
故に彼は報酬のための改修キットを難民キャンプに用意していて、ハイエナにのっぴきならぬ強敵がいたとしても姉に言われるまでは改修キットを使う事を思い付かなかったのは思考の方向性を定められているからなのだ。
だが、姉の言葉は彼の思考の方向性を外した。
なるほど、改修キットがミッションの報酬のために用意された物だとはいえ、それを使わずにむざむざ死ぬというのは逆に不自然である。
「あ! でも他のミッションで報酬の上乗せを交渉しようとしても駄目っスよ! 『世界がそうある事を望んだミッション』なんてイレギュラーもいいとこなんスから、NPCに『金にガメついヤツ』とか思われて心証が悪くなっちゃうかもしれないっスよ?」
「……しないわよ、そんなこと」
確定じゃなくて、悪くなるかもしれないというのは命懸けの傭兵稼業ならではという事か。
ともかく心証が悪くなることで何か不都合があるかもしれないので大人しく姉の言葉には従っておく事にしよう。そもそもそんな事など考えた事もないが。
だが、まだ聞かなければいけない事がある。
「……で、例の『ワークスモデル改修キット』って何なのよ?」
「このゲームには戦力を向上させる方法って色々とあるっスよね?」
とりあえず姉の言葉で思いつくのは幾つかある。
まずは強力な機体の購入。それと新武装の購入。
また機体や武装はそれぞれ強化ポイントを消費する事で改造する事ができる。
さらにスキルポイントを使う事でパイロット自身の能力を上げる事も可能だ。
「今回のミッションでトクシカ氏が生存していた場合に解放される要素だった『ワークスモデル改修キット』っていうのは機体のランクを上げる事ができるっス!」
「え? 機体ランクを……?」
「もちろんランク相応に能力も上昇するっスよ! 私とあのAIサブリナの分のキットも使ってMAXの3段階強化されたライオネスちゃんのニムロッドはランク4.5の機体になるっス!!」




