33 ジャッカルの牙は折れず
『傭兵諸君、これ以上の戦闘は双方の人命を無駄に消耗するだけではないか?』
サブリナちゃんの機体とともにローディーの烈風を支えて大型エレベーターへ向かっている途中、不意に通信が入ってきた。
オープンチャンネルだけではなくありとあらゆるチャンネルが、私たちの長距離通信を阻んでいた妨害電波に乗せられてその男の声はコックピットに響き渡る。
『無論、重駆逐機を有する我々が負ける道理など無いのは君たちも分かっているだろう?』
男の声は穏やかで小さな子供を諭しているかのように穏やかではあったが、低く影のある声は自分の提案が受け入れられない場合には非情な決断を躊躇わないであろう事を示しているかのよう。
『そこで君たちには少し考える時間をやろう。……4時間、4時間だ。4時間以内にゲスイカオ=トクシカの身柄を我々に差し出したまえ。トクシカの生死は問わないが、さすがに遺体の判別ができないほどに損傷しているのは困るがね、ハハッ!』
ユーモアで自分の懐の広さを示そうとしたのだろうか?
むしろ笑えない冗談は逆効果である。少なくとも私にとっては。
『個人傭兵と武装犯罪者、同じ肉食獣同士、少しは仲良くしようではないか? 諸君らの賢明な判断を期待するよ。それでは4時間後……、ああ別に決心がついたのなら早くても構わないぞ?』
言いたい事だけ言うと唐突に通信はノイズへと変わる。
「ハッ、アホらし……」
ついでスピーカーから聞こえてきたのはサブリナちゃんの声。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑う気にもならないとでも言わんばかりの口ぶりであったが、そりゃあユーザー補助AIである彼女ならばそう言うだろう。
サブリナちゃんだけではなく、ウチのマモル君だってそうだろうし、トミー君にジーナちゃんもそうだ。
なにせ彼らは自分がゲームの中の1キャラクターである事を知っている。
そしてプレイヤーのサポートを行うユーザー補助AIは戦闘で死亡判定をもらってもガレージでリスポーンする事も知っているし、依頼主であるトクシカ氏を裏切ってしまってはミッションが失敗となりプレイヤーの不利益となることだって理解しているのだ。
ユーザー補助AIが敵の口車に乗るという事は無いハズ。
だが彼ら以外のNPCならばどうだろうか?
ローディーの他、傭兵NPCにトクシカ氏が連れてきた整備員に建築作業員、あるいは難民たち……。
彼らは自身が仮想現実の世界に作られたキャラクターであるという事を知らないのだ。
ならば自身の命を守るためにトクシカ氏の身柄を渡そうと考える者も出てくるのかもしれない。
となるとゲーム内時間で4時間という時間はあまりにも長いのではないだろうか?
命に係わる機器が差し迫った中で過ごす4時間。
これは心変わりには十分な時間だろう。
「これは第2ウェーブとやらの前に一波乱来るかもね……」
敵と再び相まみえる前に味方であった者と戦わなければならないかもしれないという不安を抱えながら、機体を大型エレベーターに乗せて地下の駐機場へと下りるとそこはすでに戦場のような喧噪に包まれていた。
とはいっても私が予期していたような、裏切者が蜂起して戦闘状態に陥っていたというわけではない。
4時間後に再開される敵襲に備えて整備員たちがせわしなく動き回ってすでに運び込まれていた機体たちを整備し、その整備員たちを撥ねてしまうのではとヒヤヒヤしてしてしまうほどにスレスレの位置を資材を牽引したタグカーがあたりを行き来している。
見れば先の戦闘の序盤で損傷したトミー君の雷電陸戦型もすでに脚部は元通り。
他に戦力の不足を少しでも補おうというのだろうか、作業用のキロや雷電の機体に他の機種用の装甲板を張り付けて即席の増加装甲のようにしているし、その傍らにはライフルが置かれている。
中山さんの双月はその機体の代名詞とでもいうべき両肩アーマーから伸びるエンジンポッドが取り外されている所であった。
「双月を陸戦用にするつもり!?」
「そうでごぜぇますわよ!!」
私はニムロッドを降りて機体を整備員に預け、双月の現状に気付いて驚いた声を上げると第一ウェーブで出番が無かった中山さんがかけよってきてフンスと息巻く。
さらには広大な駐機場の片隅では傭兵なのか私兵の生き残りなのかは分からないが、数名の男たちが難民たちを集めて携行ロケットランチャーの操作方をレクチャーしている。
「へぇ……、やる気マンマンってところかな?」
パイドパイパーから降りてきたサブリナちゃんも駐機場の喧騒を見て小生意気な笑みを浮かべるが、やはり私と同じ危惧を抱いていたのかどこかホッとしたような顔にも見える。
一方、泡を食ったような顔をしてあっちに行ったりこっちに来たりを繰り返しているのはトクシカ氏だ。
「トクシカさんッ!!」
「おお! 君は無事だったぞな!? そっちの子は君が呼んでくれたお仲間ぞな、君のおかげで助かったぞな!!」
「いいって事さ。それよりそんなに慌ててどうしたんだ?」
トクシカ氏はその肥満体で走り回ったせいで全身を脂汗で濡らし、元から悪かった顔色が心労のせいかよけいに青ざめて見える。
「君たちもせっかく助かった命ぞな! 機体の整備が終わったら、とっとと脱出した方がいいぞな! その時にできるだけでいいから他の者も……」
「どうする、ライオネス?」
「メンド臭いわねぇ……、邪魔だし縛っときましょう!」
「おっ、手っ取り早いのは好きだよ!!」
私がマモル君のズボンからベルトを抜き取り、サブリナちゃんがトクシカ氏に足払いをかけて転ばせた隙にトクシカ氏の両手を後ろ手に縛り上げ、私たちが何をしようとしているのか察したトミー君も自分のベルトを使って両脚を縛り上げた。
「な、何をするぞな!! 縛られんでも自分で出ていくぞな!?」
「そんな馬鹿な真似したり、次の敵襲に備える準備の邪魔をされないように拘束させてもらうわ!!」
「自分の人徳に感謝しな!」
「いや、僕のベルトを勝手に使うのは止めてもらえませんか……?」
マモル君のタキシードはサイズがあっていなかったのかベルトを抜き取られたズボンはずり下がり、白いブリーフが丸見えとなっていた。
……人類が宇宙全体に活動の範囲を広げる時代でもまだブリーフってあるんだ。
「みんなぁ、持って、持って!!」
「あ、そぉ~れ、そぉ~れ!!」
まあ、それはともかくとして、折角、難民や作業員たちまでトクシカ氏のために戦う覚悟ができているわけなのだから、後はトクシカ氏に猿轡でもかまして作戦室の隅っこの方にでも放り込んでおこうかと手近の者たちでお祭りの神輿よろしくトクシカ氏の体を持ち上げたその時であった。
「トクシカァっ!! 往生しぃやぁッ!!」
駐機場から他の区画へと続く通路から難民たちを押し寄せて、数名の男たちが手に短銃や刃物などを持って飛び出してくる。
「チィっ! すでに敵の手の者が紛れ込んでいたか!?」
「死ねやぁ~~~!! ……ひでぶ!?」
「キンシャサっ!!」
私はトクシカ神輿を乱入者から守るために反射的に飛び出していた。
突き出されてきたナイフを避けるようにしながら敵の首へと蹴りを叩き込み、続いてピストルをこちらに向けた者の引き金が引かれる前にブラジリアンハイキックで仕留める。
さらに次の標的に狙いを定めると私が距離を詰める前にその者の額にナイフが突き立ち、何者の仕業かと後ろを振り返るとそこには細身のナイフを数本持ったマモル君の姿が。
パンツ丸出しでナイフを投擲しているのはさすがにちょっとカッコ悪い。彼には悪い事をしたと思う。
また別の敵はトミー君が綺麗なボクシングスタイルのアッパーカットで仕留めて、私も彼らに遅れは取るまいと1人の敵の後ろに回り込んでから両腕をとってフルネルソンの状態から後ろへと放り投げる。
投げ捨てられた敵の頭蓋骨が駐機場の硬いコンクリートにぶつかる音に被さるようにして銃声が響き渡り、私のすぐ隣にいた乱入者の懐に黒い影が飛び込んできた。
黒い影の小隊は長身の女性。
長身ながらも細身の女性を侮ったのか大男は女性と殴り合おうとするが、男の振り抜かれた腕に絡みつくようにして女の手足は次々に男へ叩き込まれていった。
次々、次々と……。
「これは……、骨法……!?」
知っている。
私はこの技を知っている。
ペチペチペチペチ敵を手数で圧倒していく、別に弱いわけではないのに圧倒的なショボさのこの技を私は知っている!!
「虎姉ぇ!? なんでここに姉さん、が……!?」
「久しぶりっス! やっぱり『ライオネス』ってのはレオナちゃんだったんスねぇ!!」
私が真に驚愕する事となったのは今この場で姉と再会したからではない。
短銃で次々と乱入者を倒していった優男は恐らく姉さんの担当AIだろうというとこまでは想像がついたが、私が言葉を失ってしまったのは姉の姿を見た時。
現実では私と違って超身長ながらも私と同様の家系の呪いを受けている姉が、頭と同じくらい、いやそれ以上のサイズ感の乳房を2つもぶら下げて目の前に現れたのだから驚いて当然だろう。
コイツ、一体どんだけアバター弄りまわしとんねん……。




