34 2戦目の相手は……
「さあて、それじゃそろそろ行こうか?」
ブリーフィングルームの壁掛けテレビに表示される「整備終了まで」というカウントがゼロになると同時にヒロミチさんは参加申請ボタンをタッチする。
「おっし! と、次も勝つぞ~!!」
前回の出撃でもっとも準備が遅かったのを気にしてか、クリスさんは誰よりも早くブリーフィングルームを飛び出していき、中山さんも続いていく。
私も2人の後を追おうとしたところをヒロミチさんに呼び止められる。
「あ、ちょっと……」
「はい?」
「さっきのリプレイ見たけど、敵ニムロッドに攻撃を集中させるように指示を出したのは良かったと思うよ」
さっきまでの反省会では敵チームの失態を我が事のように眉間に皺を寄せていたヒロミチさんが顔を綻ばせて満足気な笑みを浮かべていた。
「ダメージが避けられないものとして被弾覚悟で敵のダメージソースを潰すという判断もそうだし、オデッサよりも装甲の劣るニムロッドを先に倒すという判断も間違っていない。何より判断が早い」
さらに付け加えるというなら、敵チームのニムロッドはミサイルポッドをゴテゴテと付けまくったせいで重量が嵩んで、装甲とトレードオフで手に入れたハズの機動力が落ちているために射撃を命中させ易いだろうという判断だったが、もちろんヒロミチさんだって言われなくともその辺は理解しているのだろう。
ヒロミチさんが満足気に頷くのを見るといちいち言葉を付け加えるまでもないだろうと思えた。
私の判断の理由を十二分に理解してもらえた上で評価されて嬉しいやらこそばゆいやら。
「あ、ありがとうございます……」
「まっ、“俺たちの敵”を相手にするにはまだまだなんだろうな。俺も君も」
そういうと彼は私の肩をポンと軽く叩いて自分の機体に乗り込むためにブリーフィングルームから出ていった。
輸送機に揺られて数分、再び私たちは戦場へと舞い降りていた。
今回のステージは廃都市。
かつての戦災により完全に放棄されてしまった都市の残骸である。
理路整然と区画整理がなされた廃墟群は碁盤の目のように走る道路によって仕切られていて、道路上には瓦礫などが散らばっているもののHuMoの行動には支障が無いようだ。
周囲に立ち並ぶビル群は一般的なHuMoの全高を越えるほどの高さで、ところどころ半壊して視界が通るようになっている箇所こそあるものの、私としてはどうやって中距離支援役としての役割を果たそうかと思案していた。
公式サイトに上げられていた各ステージの画像ではところどころに射線の通せそうな箇所もあったものの、実際は各ビル群が思ったよりも高くて援護射撃ができそうな場所がないように思える。
馬鹿正直に味方の後ろをついていってというのもあまり効果があるものとは思えない。
自分と敵との間に味方がいる状態では動き回る味方機が邪魔で射撃の機会が限られてくるだろうし、最悪、味方を背中から撃ってしまいかねないのだ。
「さて、どうしたものかしらね……。って、皆、どうしたの?」
「いえ、敵チームの輸送機が私たちが乗ってきたものとどうも型が異なるものでして……」
ふと私以外の3機の頭部が同じ方向を向いていたのに気付いて聞いてみると、おずおずとながら中山さんが答えてくれたものの、どうにも要領をえない。
敵チームが乗ってきた輸送機がおかしい?
輸送機が戦闘に参加してくるわけでもあるまいにと思いながら私もマップ画面に表示されている輸送機に目を向けてみると確かにそれは異様とも言えるほどに不自然であった。
「こ、高度12,000m!? なんでそんな高度から降下を……?」
私たちが乗ってきた輸送機は高度1,000メートル前後を飛行していて、そこから私たちは降下してきたのだ。
だというのに今回の対戦相手が乗ってきた輸送機が飛んでいる高度は高度12,000m。
このゲームの舞台である惑星トワイライトの環境はどうかは分からないが、地球ならば成層圏と呼べるような高度である。
そんな高度から降下したら機体にどれほどの負荷がかかるものか。
本来ならば、今回のイベントの対象であるランク4以下の機体ではあまりやりたいものではないハズ。
そんな高度からの降下ともなれば落下速度を殺すためにスラスターを吹かし続けなければならず、それで推進剤を使い果たすという事にはならないだろうが、冷却器系統に多大な負荷をかけてしまうであろう事は間違いないのだ。
降下してしばらくはスラスターを使ったホバー移動はできないのではならないのではないだろうか?
もちろん降下してすぐに戦闘という事にはならないよう、それぞれのチームの降下位置はマップの対角線上近くになっているのだが、だとしても意味がある事だとは思えない。
そして、敵チームの輸送機が異様であったのは飛んでいる高度もさることながら、その大きさもである。
私たちが乗ってきた輸送機もHuMo4機が立った状態で搭載できるように巨大な格納庫を持つものであったのだが、それに比べても遥かに巨大。
まるで大型のタンカーが空を飛んでいるかのようである。
「……ありゃあ輸送機じゃないな」
「それじゃ何だってんだ?」
さすがに経験が長いだけあってヒロミチさんにはその巨大な輸送機に心当たりがあるようだ。
「ありゃ空中空母だ。あの中で整備できるようなデカい格納庫を持ってるんだが、今回はそれが目的じゃあないな……」
「それじゃ何のためにあんな大きな物を持ち出してきたって言うんでごぜぇますか!?」
「多分、カタパルトを使いたかったんだと思うけど、ランク4までの機体でカタパルトが必要な機体なんてあったかな?」
ヒロミチさんの疑問の答えはすぐに私たちの目の前へと現れる。
私たち、そして敵チームの武装のロックが解除されるその直前、悠々と高高度を飛ぶ空中空母の腹から飛び立つ機体の姿がレーダーに捕捉された。
すぐに敵機体はニムロッドのカメラによって拡大されてコンピューターによる補正がなされてメインディスプレイ上に別ウィンドウが開いて表示される。
「なんだコレ……? 飛燕? 違うな……。いや、この機体は……!?」
「ええと、つい先日、同じような機体をどこかで見たような……」
「おいおい、嘘だろぉ……?」
「…………」
それは一般的なHuMoが持つ人型のシルエットとはあまりにかけ離れた姿であった。
というよりもそれはただの航空機に見えた。
しかも旧式のだ。
飛燕のようなSFチックなシルエットの機体ではなく、あくまで無骨な旧式の戦闘機。
白と黒の2色に塗られた旧式の戦闘機。
機体下面が黒、上面が白というその塗装は大昔に地球上と宇宙への往還に用いられたスペースシャトルに似ていた。
白と黒に塗られた双発の大型ジェット戦闘機。
それはつい先日、姉さんとこのマサムネさんから見せられた動画で異星人の円盤をバッタバッタと撃ち落としていた機体と同じ物である。
「なんで『愛しのサブリナ号』がッ!?」
「う~ん、一応、ランク0って扱いなんだろうけど?」
「……っクッッッソ! 降りてこいやァッ!!」
「く、クリスさん!?」
なんでこのゲームに21世紀の地球の戦闘機が? と私たちは困惑を隠せないでいたが、ふと傍らにいたクリスさんのカリーニンが大空目掛けて手にしたアサルトカービンを乱射し始めて我を取り戻す。
「降りてこぉいッ!! こンのクソカス野郎ォォォッ!!!!」
ライフルを悠然と空を飛ぶF-15戦闘機目掛けて乱射するものの、悲しいかな敵の高度が高すぎて途中で砲弾が垂れて届く事はない。
そんな事も構わずに声を張り上げて喉も裂けんばかりに叫ぶクリスさん。
あのF-15とやらは彼女の知り合いなのか?
もしかしてクリスさんの怨敵とやらか? いや、私とヒロミチさん、クリスさんが宿敵と思い定めている相手は同一の人物という話だから違うのか?
「お、おい! クリス、止めろ。弾の無駄だ」
なおも天高く銃を撃ち続けるクリスさんを見かねてヒロミチさんの烈風がドカドカと重い機体を引きずりながら歩いてカリーニンの肩を叩いたのとほぼ同時。
ヒュ~ンと何やら軽い音と同時に重い砲声が轟いてきて私たちの周囲で爆発が起きる。
「チィッ!? クリスの射撃でこちらの位置を割り出されたか!?」
「す、スマン!」
爆発はいくつも続いた。
敵チームが降下した方角から飛来する火球が私たちの周囲の道路や廃墟へと着弾する度に爆発が起きて周囲に爆風とともに破片を撒き散らしたり高い火柱を巻き上げるのだ。
「破片榴弾に特殊焼夷榴弾。それにこの遅い弾速。敵にいるのはオライオン・キャノンか!?」
「た、多分だが敵チームにいるのは他に紫電改とズヴィラボーイだ!」
敵チームはやはりクリスさんの知り合いだったのか。
だがヒロミチさんとは違い、今回の対戦相手はどうもクリスさんとは友好的な関係とはいえないような間柄であるようだ。
先ほどのF-15に対する狂ったような射撃をみるにそうとしか思えないのだが、自らの失態で一方的に射撃を加えられている状況にしょげている様子の彼女を責める気にはなれず、ひとまずはその話は後回しにすることにしよう。
「移動しましょう。このままだとHPを削られるだけだわ!」
「きゃっ! この炎なんですの!? まるで機体表面にへばり付いてるみたいでごぜぇますわ!?」
「よし、行くぞ!」
幸いにも周囲にそびえる廃墟群が邪魔をして敵の砲撃の直撃は無い。
だが味方各機はそれぞれにHPを削られていた。
周囲に砲弾や廃墟の破片を撒き散らす榴弾はあまり脅威ではない。
至近弾でも削られるHPは二桁程度。
厄介なのは火柱を作る特殊焼夷弾の方だった。
粘っこいゲル状の燃料を浴びて引火してしまえば消火する事は容易ではなく、燃料が尽きて火が消えるまでHPを削られ続けるしかない。
中でもすぐ近くにあったビルの廃墟に着弾した焼夷弾から降り注いだ燃料を浴びてしまった中山さんの機体はすでにHPを3割近くも削られていた。
私たちはたまらず移動を開始するものの、会敵する前から敵にアドバンテージを取られた形。
強敵との出会いの予感に私は気を張りつめさせていた。