41 進め! サブリナ探検隊!!
冷たいコンクリートの床に崩れ落ち、鮮血のしたたる右手を抑えて震える栗栖川に近づいていった少女が声をかける。
「……せ、先生、本当なの? 先生がここの情報を漏らして攻めさせたの……?」
少女はパオングよりもさらに幼く、年齢制限のために栗栖川が流す赤い血は見えていないのだろう。
それでも銃で撃たれた栗栖川がうずくまって震えていたら苦痛に苛まれていると想像はつきそうなものだが、少女の口から出たのは栗栖川の体を労わるものではなかった。
だが少女を情が無いと責めるのは酷であろう。
胸の前でぎゅっと両手を握りしめる少女の顔は深い絶望に覆われていたのだから。
「そ、そうだよ。私がやった……。知り合いに頼んで、知る限りの情報を伝えて、ネットで人を集めてもらって、ここを潰すつもりだった……」
「なんでッ!?」
少女の悲痛な声に栗栖川は震えながらも悪びれる様子もなくマーカスがいうように自分が今回の事件の黒幕だと自白した。
それどころか、少女のみならず子供たち全員を責めたてるような事まで言ってのけていた。
「なんで? 君はよくそんな事を言えたものだな!? 私はいつも言っているだろう。人間はたとえどのような境遇であろうとも現実を生きなければならないんだ! ところが君たちはどうだ。偽りの世界に籠って自分の病に将来、人生に向き合おうともしない! ……だから『VR療養所計画』をブチ壊してやろうと思ったのさ!」
そこかしこで子供たちが息を飲む音が聞こえた。
長い入院生活の続くここの子供たちにとって、栗栖川は実の家族の次くらいには信頼を寄せていた人物だろう。
その栗栖川が自分たちの居場所を奪おうと画策していたのだ。
「先生、その辺にしておいてくれよ。世の中には現実が辛くて受け入れられない人間なんてゴマンといるさ。俺みたいなオッサンもそうだし、ここの子供たちだってそうさ。俺みたいなオッサンならともかく、子供たちにただ『現実を見ろ』だなんて大人の傲慢じゃないか。違うかい?」
それはマーカスの命令ではなく、頼みであった。
銃を下ろし目を細めて懇願するように言葉を紡ぐマーカスの姿は、とてもつい先ほどまで八面六臂の大活躍をやってのけた男と同一人物とは思えないほど。
この自分の思い通りに生きてきたような男に一体、どのような辛い現実とやらがあったのだろうか?
……やっぱ、アレか?
離婚とかか?
「お前がそれを言うのか、粕谷正信! お前が諸悪の根源じゃないか!? お前が、お前が異星人ともっと上手くファースト・コンタクトをこなしていたら、ここにいる子供たちの内、どれほどの子が親元で暮らせていたと思う!?」
栗栖川の怒声が格納庫に響きわたった。
彼女の怒りは本物のようで、血走った目は狂ったようにマーカスを睨みつけ、怒りのために脳内に溢れたアドレナリンは銃で撃たれた痛みすら無視させている。
「……俺だって、何でもかんでもできるわけじゃないさ。それでも俺は俺の仕事をやりきって生きてきたんだ。先生にそんな事を言われるような筋合いはないだろう。俺は精神誠意、創意工夫をもって自分のやるべきことをやってきたよ。先生、それに引き替え、アンタはどうだ? 医者のくせに子供たちの病を治す事もせずにただ自分の主張を押し付けて、赤の他人に恨み言をぶつける」
マーカスの言葉は栗栖川を責めるものではあったが、その手に握られた銃が再び彼女へと向けられる事は無かった。
それどころか彼女の言葉がマーカスの胸の内を抉ったかのように彼は拳銃を腰のホルスターに収めてしまっていた。
しばし無言の時が流れる。
「栗栖川先生、この件は厚労省と病院に伝えさせてもらいますよ……」
やがて運営社員を代表して山下が1歩前へ出て彼らの意思を伝えるものの、彼らとてそれ以上の事は言えずに黙ってしまう。
マーカスもすっかり意気を折られたように猫背になってしまっていた。
「……俺にはアンタを撃つ事はできそうにないよ」
「……フン!」
「それに短い間とはいえ一緒に仕事してきた仲なんだ、社員の人たちもNPCの奴らもアンタの事を撃ちたくはないだろう。もちろん子供たちにアンタを撃たせる真似をさせたくはない」
「……で、どうするつもりだい?」
「だが、マモル君ならどうかな? カモン!」
「え……?」
マーカスがパチンと指を鳴らすと格納庫奥の幕の中から5人のマモルたちが飛び出してきて、栗栖川をワイヤーでグルグル巻きにしてから5人がかりで担ぎ上げて幕の内へと連れ去っていく。
「あっ! エミちゃん、こないだ言ってた花壇の件、肥料がたくさん手に入ったからいつでも作れるよ~!」
マモルたちの内の1人は幕の奥へと消える前にこちらを振り返って子供たちの1人に声をかけた。
……よく分からんが、なんで今、肥料が手に入ったって話をするんだ?
その肥料って何?
凍てついた山脈の中にあって雪降らぬ特異な場所には子供たちの楽園があった。
この場所でしか生きられない子供たちの聖域を守ったサブリナ探検隊。
だがサブリナ探検隊の冒険はこれで終わりではない。
次は絶海の孤島か、それとも重力嵐渦巻く小惑星帯か。
行け、サブリナ探検隊!!
止まるな、サブリナ探検隊!!
明るい明日が君たちを待っている!!
「おい、マーカス。マイク持って何してんだ? ってか『絶海の孤島』も『小惑星帯』も実装されてね~よ!!」
機体の整備を待つ間、いつの間にか調子を持ち直したのかマーカスは整備場のマイクでナレーションの真似事をしていた。
うん、なんというか、コイツの打ちひしがれている様子を見ているよりかはトンチキなとこを見ている方がまだマシな気がしてくるから不思議なものだ。
そんな私たちの元へと現実世界への連絡を終えた山下が疲れた様子でやってくる。
「言いたい事もないわけではないがね。今日のところは礼を言わせてもらおう。ありがとう。防衛の指揮を執ってもらったばかりか、今回の件の黒幕まで暴いてもらったおかげでなんとかなりそうだよ」
動き出したばかりのプロジェクトの障害の原因は栗栖川だった。
VVVRテック社側に責任が無いと分かっている状態でお役所に話をすれば、計画が頓挫させられる事もないだろう。
とはいえ前途は多難だろうが、ここの子供たちのためにトイ・ボックスは末永く運営していってほしいものである。
すでに格納庫の一角には一般隊員仕様のホワイトナイトが1機、転送されてきていてマサムネ用の調整がされているところ。
ホワイトナイトもノーブルほどではないにしても一般プレイヤーが手を出せないような機体であるのには違いがない。
再びここが攻撃されるような事態が起こっても持ちこたえる事ができるハズ。
「礼代わりではないがね。上級AIに掛け合って、君たちがここの防衛ミッションを受けていたという事にしてもらって報酬を支払うよう取り計らってもらった。それと1つ……」
山下の顔は疲労の色が濃いものであったが、同時に一仕事終えた後の達成感のようなものも見て取れる。
そんな朗らかな顔を崩して苦笑いしながら山下は話を続けた。
「粕谷さん、いや、マーカスさん。私は君に感謝している。私のチームも皆それは同様だ。だがウチのチーム以外、……特に獅子吼ディレクターには気をつけろ? 彼女はホワイトナイト・ノーブルにご執心だ。何をするか分からんぞ?」
それは警告と言ってもいいものだったが、その内容に反して山下が笑っていたのはマーカスならばどのような困難であろうと鼻歌混じりに蹴とばしていくのだろうと分かっているからだろう。
ミッションクリア!!
基本報酬 6,000,000(プレミアムアカウント割増済み)
修理・補給 0(依頼主負担)
合計 6,000,000
取得:特別エムブレム「ウロボロスの杖」
☆カーチャ隊長が称号「聖域の守護者」「蒼穹の覇者」を取得した!
なろうにいいね機能が実装されたんですけど、初期設定だと「受け付けない」になってるんですね。
「受け付ける」に設定変更したので、よろしかったらお願いします。