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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第2.5章 サンクチュアリの子供たち
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9 玩具箱のカウンセラー

「……うん?」


 ドリップがどうたら、これなら豆の焙煎はこうたら。

 意気揚々と語るマーカスであったが、さすがに私たちの視線が自身の後ろへと向けられるのに気付いたようで後ろを振り返る。


「ども、ども~!!」

「ああ、君も昨日の難民キャンプにいたっけ。いや、昨日は世話になったね」

「え? ああ、キャタ君から話には聞いてますけど、それは違う個体ですね」


 マーカスは昨日の陽炎を奪取する際の助力に対して礼を言い、カウンターの奥のマサムネも一瞬だけ戸惑った様子を見せたものの、すぐに目を細めた作り笑顔を浮かべてそれは別人、いや別AIだと訂正する。


「私はAI『マサムネ・カスガイ』の一個体。私を呼ぶ時は『カス野郎』とでもお呼びください」

「ハハっ、それは止めておくよ。俺のよく知る人物もそう呼ばれる事があったが、それを許しているのはごく限られた者だとも知っているからね」


 どうやらマサムネの方も本気ではなかったようで、「カス野郎」だなんて下品な呼び方で呼べといった時の相手の反応を見て楽しんでいるようであった。

 現にマーカスの答えに対しては微笑の中にどこか詰まらなそうな影を見せたのに対し、私の唖然とした顔を見て満足そうな顔をしたのは確かである。


 ふと思ったのだが、このマサムネがキャタピラーたち3人のブラック・ユーモアの先生のような気がする。

 そらキャタピラーたちもこのマサムネとそんなに長い付き合いではないのだろうが、それでもそういう黒い笑いを表に出していいと教えてしまったのがコイツであるような気がしてならないのだ。


「まあ、こないだ登録プレイヤー数が10万を突破したと公式サイトに載っていたからな。補助AIが被るという事もあるだろう。で、君は誰の担当なんだね?」

「いえ、私は特に担当というのはいません。私はβ版の時のプレイヤーを担当していたので正式サービス開始後はこちらで余生を過ごす事にしたのですよ」

「ほう。そういうのもあるのか」


 私自身、詳しくは知らないがβ版で役目を終えたユーザー補助AIは正式版においても再利用される事もあるというのは知っていた。


 もちろん、β版のプレイヤーであっても担当AIの引き継ぎというのは正式版からのプレイヤーと差ができてしまうためにできないのだが、こういう施設の職員NPCとして利用されているのだろう。


 確かに元ユーザー補助AIならば、一般のAIとは違いこの世界が作り物の仮想現実であると理解しているために色々と融通が利くのだろう。


 おそらく彼の事を「カス野郎」と呼んでいたのはマサムネが以前に担当していたプレイヤーの事だろうが、一体、それはどのようなプレイヤーであったのだろうか?


 そんな酷い呼び方をされていたというのにその事を語るマサムネの表情はどこか懐かしそうですらある。

 彼のモチーフとなったマーカスの事を考えれば、そんな呼び方を許せるだけの認めた人物であったのだろう。


 そうであったならば彼は元の担当と会えなくなって淋しくはないのだろうか?

 仮面のように張り付いた作り笑顔からはその辺りの感情は読み取る事ができなかった。


「あ、そうそう。君たち、事務所の西原さんがお客さん用のビジターパスを用意したから後で取りに来てって内線がきてたよ」


 マーカスもマサムネも互いに向け合う視線からは何を考えているかは分からない。


 マーカスはマサムネが自分をモチーフとしたAIだと気付いているのか。

 マサムネは自分のモチーフとなった人物が歳を重ねて自分の前に現れたと気付いているのか。


 結局、先に視線を外したのはマサムネの方。


 キャタピラーたちに対して視線を動かした後で伝達事項を伝えた。


「了解ッ!? それじゃマーカスさん、わ~はちょっとひとっ走りしてパスを貰ってくるさ~」

「おっ、悪いね。俺たちも行こうか?」

「別にいいさ~! それに事務所なんか見ても面白いものなんか何もないさ~」

 」


 そういうと少年は人懐っこい笑顔を浮かべてそのまま走り出していってしまった。


 その笑顔は自分の足で走れるのが楽しくてしょうがないといわんばかりであり、カウンターの奥の青年が浮かべる冷たさすら感じるほどの作り笑顔とはエラい違いである。


「な~、な~! 話が終わったんなら陽炎見せてもらってきてもいいか?」

「はぁ~、ホントしょうがないわね……」

「お、いいぞ。ミサイルの換装作業とかやってるみたいだから危なくないようにな!」

「へへっ、あんがと!」


 頃合いと見たのかパス太も陽炎を見に格納庫へと戻っていき、カフェには私たちとパオングだけが残される。


 私たちはとりあえず雷電強行偵察型とは別の不審機の画像も見せてもらうが、それらを見ても特に新たに判明したという事もなく無為な時間が過ぎる。


 雷電強行偵察型のような偵察専門の機種というのは他にいなかったようだが、いずれも軽武装で高機動型タイプかバランスタイプに増加スラスターを取り付けた追手を振り切るのに適したアセンブル。


 ただわざわざランク2から4の機体を複数取り揃えるコレクター気質の者でもないかぎりは向こうは単独ではなく複数のプレイヤーであろうというのが分かっただけ。


「ま、そういう事はウチのAIたちの推測と一致って分かっただけね。……それより貴女、それってM&Hの新作よね?」

「うん、そうだったかな? まあ、昨日、新しくできたゲーム内コラボショップで買ってきたからそうなんじゃないか?」


 カフェ内に他に客はカフェオレを飲みながら計算ドリルに取り組む男児が1人だけ。

 手持ち無沙汰になったのかパオングは私が着ている服について聞いてくる。


 今日の私は「ピクニックに行こう!」と連れ出されてきただけあって薄手のニットにデニムパンツと別にブランドロゴなどが目立つような服装ではないのだが、それでも気付くあたりパオングも年頃の少女らしくファッションとかが好きなのだろうか?


「いいな~! ここにもショップ作ってもらおうかしら?」

「おいおい、作ってくれで作ってくれるモンなのか?」

「そうよ。ヨソはどうだか知らないけど、ここはそうなの。ほら、窓の外から見えるでしょう。サッカー場が欲しいと私たちが言えば作ってもらえるし、テニスがしたいと言えばコートを作ってもらえるわ。だから皆、ここを玩具箱(トイ・ボックス)と呼ぶの」

「……なるほどね」


 私がこの施設を外から見た時に感じた印象は間違ってはいなかったようだ。

 それにパオングの言葉からすると、そりゃ玩具箱をひっくり返したような見た目にもなるよなと感心してしまうくらい。


 最初からあった居住施設やらHuMoを運用するための施設の周りに子供たちから要望があればあっただけ節操もなく各種スポーツのコートを作ってもいればこうもなろう。


「それだけの意欲を現実の世界でも示してほしいものなのだがね……」


 ふと出入口の方から溜め息混じりの声が聞こえてきて、そちらに目をやると白衣姿の女性が立っていた。


「あら、先生。現実なんてクソでしょ? なんたって私は自分がクソ漏らしてても分からないんですから」

「はいはい。君はただ汚い言葉を使うだけでは効果が薄いという事を覚えるべきだね。……で、君たち2人がお客さん?」

「どうもお邪魔してます。マーカスです」

「コイツの担当AIのサブリナです」


 見るからに女医らしき女性はパオングの言葉にやれやれと首を振りながらウェイトレスにコーヒーを注文してからこちらに近づいてくる。


「心理カウンセラーの栗栖川だ。リョースケの勉強の様子を見にくるついでにビジターパスを持ってきてやったぞ」

「ん、あれ? キャタピラー君は?」

「ありゃ? 行き違いになったかな?」


 窓際の席で計算ドリルをやっている子の名はリョースケというらしい。

 もっとも、さきほどから彼は窓の外に目をやってはドリルに向かい、またすぐに窓の外に目を……、という具合に私の目から見ても自習が進んでいるとは言い難い様子。


 栗栖川と名乗った女性はリョースケとキャタピラー、2つの事で思い通りにいかなかったせいかポリポリと頭を掻いてみせていた。

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