60話 試験案内⑤
「…ラディ?」
ラディは後方で、氷の棍を抱えて立ち尽くしていた。
何か不都合でもあったのだろうか、しかし今は理由を聞く時間も考える時間も惜しい。
「ラディはエンの近くで護衛を頼む。他の魔物の邪魔が入らないように。」
「は、はいです!」
本音2割方便8割の指示。こんな重圧のかかる中で、横やりが入るとは考えづらい。
この場を凌ぐには、一人で時間を稼がなければならない。
「関門の獅子」、情報は読んだ記憶はある。
四足立ちで高さ2メートル超えの巨躯、それだけでも十分な脅威。
特筆点には炎に関する記述があったが、覚えてるのはそこまで。
などと思考を巡らす内に、風景が揺らぐ。
陽炎だろうか、しかし炎のような輝きは見えない。
草が少なく土が露出してる地面が、音での判断を困難にしている。
「セイル、上!」
エンからの叫び声で咄嗟に飛びのく。
立っていた所に、橙色の輝きを纏う獅子が飛び降りる。
魔力で赤みを帯びた熱気が立ち上る。余波ですら直火で炙られるような熱、通り抜けるのは無理だろう。
近寄りがたき空間の中に、そいつは悠然とたたずんでいる。
ゆっくり歩きつつ、しかし熱気の空間は消えず。徐々に広げられていく。
こちらから斬り込めず、自分の火球なぞ意にも介さないだろう。だが時間をかけてくれるなら好都合だ。
一定の距離を保ちつつ、出方をうかがう。
いや、違う。
これは誘導されている。
気付けば迂回も半周過ぎ、背後にも熱気の塊。
自分も使うやり口だから分かる。包囲から脱出しようとした所を狙う算段だ。
それさえ分かっていれば、むしろこちらの優位。
ならばあえてと隙間に向かう。
ビンゴ、あまりにも素直な飛び掛かり。分かりやすい奴だ。
受けるのは容易。だが重い。内側に押し戻されそうになるが強引に踏み込み、弾かれるように外に脱出する。
崩しより回避に注力すれば、捌けないほどではない。
とはいえ一撃流すだけでも消耗が激しい。体力切れを起こす前に、こちらも手を打つ。
力ずくで体勢を立て直し、追撃に備える。
2撃目の爪を受け流し、今度は懐に踏み込む。
本来は回転の動きを基本に最低限の力で受け流すのがロンドラーレ流だが、足場の安定しない戦場。あえて簡略化をし短剣も扱う事で補う、独自さを加えた立ち回り。
まずは少しでも機動力を削りたい。着地前の後ろ足を狙い、短剣の剣先を振り下ろす。
しかしそう簡単に受けてはくれない。空中で身をひねり再跳躍、離脱。刃は辛うじて触れたが、外傷ひとつ無く空を切る。
そして着地地点に再び熱気エリアを発生させ、守りを固める。
そこから睨み合いの時間が続いた。
簡単に突破はできないと思ってくれたのだろう、再び歩きながら辺りを赤い魔力で染めていく。今度は包囲ではない、何かを仕掛ける準備だろう。
しかしその時間は、エンの合図で終わりを告げた。
「避けて!」
咄嗟に横へと退避。通り過ぎる雷の大玉。
弾は速くなく、避けられる。しかし轟音と共に炸裂。網目のような雷の奔流が、獲物を捉える。
「先に行って! 私なら追い付けるから。」
構えた3発の内1発を撃ち込むエンを残し、ラディの手を引き撤退する。




