5話 奇妙な「それ」④
「じゃあ、何でこんな遠くに来てまで、薬草採取を?」
レミレニアへの歩みを再開しつつ、情報収集。この森の事、街の事、そしてラディ自身の事とか、色々と。
「…なんででしょうね。じぶんでも、よくわからないです。」
ただ、それでラディの事が分かってきたかというと、語弊がありすぎる。ラディ自身でも分からない事が多い、という事が分かった。
曰く、気付いたらレミレニアに居て、どこから来たか、自身が何者なのか、一切不明。
とはいえ名前を聞いた時みたいに、全く何も覚えてない、という事ではなさそう。
現状で知れる情報はもう限界だろう、と今後何かを思い出す事に淡い期待を抱きつつここら辺にしておく。
だが分かった事もいくらかはある。
途中で密かに確認したが、体温は相変わらず冷たく、脈や呼吸も無い。
だからどうというつもりではないが、ラディはやはり人間ではない。水が人の姿を模った何かだ。
だが、理屈や証拠で分かっても、つい人と思って接してしまう。
ともあれ、ラディからの話でも道が合ってる確信は取れた。
オンボロ地図情報の不安もなくなり、あとはただ目的地への到着まで、まったり進むのみ。
…という訳には行かなさそうだった。
背後から迫る音、大柄の脅威。あまり相手したくないような相手が、音を立ててやってくる。
おそらく先ほど追い払った大熊。怒って追ってきたのか獲物とされてるのか、はたまた偶然なのかは分からないが、明確に距離が近付いている。
さっきはラディの事で驚いたりで即席の対応しかできなかったが、今度は違う。
剣に手をかけ、立ち止まる。数歩ののち、ラディも立ち止まる。
思い付きで目線で合図を出し、雰囲気で察したのかラディも身構える。
中途半端に追い払っても、大熊のタフさ次第ではまた追われかねない。
ここで仕留めてしまった方がいい。
音の主が姿を表すまで、そう時間はかからなかった。
先手必勝、小型の火の玉を、大熊の顔面にかます。威力は低くとも派手に火花を散らし、視界を奪い次に繋げる。
踏み込みと重力での勢いを乗せ、大熊の脚に斬りかかる。
が、堅い。
表面上は斬れたようにも見えるが、体制をなおす動きにダメージが見られない。
一旦距離を取ろうとしたが、踏み込みで寄り過ぎた。2mを超える大柄のリーチもあり、反撃の右腕をよけれそうにない。
…が、その腕はセイルには届かなかった。
見ると、枝の間に巡らされた紐状に細長い水が、大熊の腕や胴を縛り付けている。
拘束力としては弱かったのかすぐ振りほどかれるが、間合いを詰めた上でのこの時間稼ぎは、十分過ぎるアドバンテージだった。
右に握った剣を、大きく引く。
棒立ち相手への斬り込みは、飽きるほど藁束相手に慣らした。拘束から逃れ崩れた姿勢は、丁度狙いやすい高さ。
踏み込み、腕力、全ての力を乗せて首を狙い振るう。相手は成す術なく、その刃を受け入れる。
血しぶきが飛び、巨体が地に崩れ去る。
まだ辛うじて息がある喉に、念の為と剣を突き立てる。
そして、助力ありとはいえ格上魔物の討伐成功に気が緩み、セイルも地に腰を落とす。