170話 代償の穴埋め④
方法はもう定めてる。
炎術で作った小さな火花玉、それを上空高めで飛ばす。
これくらい小規模な術なら、遠隔でもどうにか扱える。
それを3頭の中心に落とし、炸裂。
威力こそ無いが、脅しには十分。3頭が散り散りに逃げる。
その中央だった1頭に狙いを定め、逃げる先を追う。
どうせだからと、ひとつ試してみたい事の準備。
あの時の事を思い出し、意識の表面に浮かび上がらせる。
左腕を焼いたあの戦い。その記憶を、「現出の輪」で造られている左腕に投影する。
左腕の輪郭が揺らぐ。赤く曖昧になり、外との境界が薄くなる。
陽炎と共に、あの時とそっくりな「炎の腕」が現出する。ただ熱さは無い、見かけだけのものだ。
それでも、今は十分。
標的の逃げる先を、その炎で塞ぐ。
熱に魔力を使ってないからか、見た目にはいつもより激しく燃え上がる。
炎に怯み勢いが弱まった所に、炎の壁を通り過ぎながら短剣の一撃。相手の目の下あたりだろうか、浅いが大きな血の線が走る。
痛みに怯んだ緩みに合わせ、蹴りの一撃。無防備に土の上に横たわる首筋に、止めの一撃を突き刺す。
「手慣れて…ますね。」
面食らい言葉に詰まるニッグさんをよそに、獲物から短剣を引き抜く。
「見た感じいい食肉になりそうだが、どうする? 持って帰るか?」
「そうですね、ジュイドボアの肉は主食として扱われてますし、牙も安価な魔法道具の材料になるので多少の売値に……。」
話しながら、何か思い当たる事のある様子。
「どうかしたか?」
「あ、大した事ではないです。ただ実利を踏まえた上での選択が少し興味深い、と思っただけです。
過去に2回、同じように試験の担当もしましたが、どちらも実力を誇示する獲物を選んでいたので。」
「で、ラディの方まで驚いてるのな。」
後方、わずかな変化から、ラディの感情を汲み取る。
「いえ、ラディにとっても、セイルさんの初めてみる一面だったので。」
「まぁ、街じゃ依頼の要求に従っとけば、金を中継すればどうとでもなったからな。
けど村に居た頃は、買える物は行商人頼りだったからな。その時の品揃えに左右されちゃう。
だから最低限の自給は必要、その時の癖…みたいなものかな。」
「それもだけど、あんな技……。」
炎の腕の事を指してるのだろうか。確かに思い付きのいきなり本番でうまくいったのは、自分でも驚いてる。