140話 夏フェス①
「セイルさん! ほらこっちにも!」
駆けるラディを、見失わないよう追いかける。
今更ラディに対して迷子だとかそういう心配は無いが、折角なら一緒に回りたいし、なによりラディの方が逃してくれそうにない。
事は数分前。
当日配布のパンフを見た時だった。
屋台の並びの簡略図、大まかなタイムスケジュール。
そういった情報の面の裏に、様々なエンブレムの一覧。
勢力を表すものの他に個人のエンブレムを持つ人も多く、びっしりと記されている。
その中で明らかに書き加えられた配置の、「所属不明」の英傑のエンブレム。
紺色単色の駆ける人のシルエット、それを黒丸背景で包んだデザイン。
そもそも個人エンブレムがある事自体ここで知ったが、勝手にエンブレムが作成・登録されている事に、違和感は感じなくなっていた。ミレースさんならやりそうな事だ。
そしてそのエンブレムのステッカーが、他のエンブレムに混じって至る所に貼られている。
装飾に使われているほど支持されているとは聞いていたが、それを考慮すると……。
「なんだろ…ここまでなってると、逆に騙されてるような気もしてくる……。」
理屈の上では目新しさで一時的に話題になるのは分かる。が、それと実感とはまた別の話。
「…もっと素直に受け取ればいいのに。」
「そう思いたいのは山々なんだけどね。ただこれまでの暮らしから色々変わり過ぎて、分からないというか、戸惑いうというか……。」
迷走しかけたところで深呼吸ひとつ、気持ちを切り替える。
「…ま、気にしすぎても勿体ないか。
それで朝の部がえーと…?」
近くの時計を探し、タイムスケジュールと照らし合わせる。
開演予定は10時。時計はその直前を指していた。
「…ここから見えるかな?」
「さぁ…どうでしょう。」
この先進めない程の人の密集。塔付近の場所を取るには、どうやら遅すぎたようだ。